(次回完結)第49話 笑っちまう話をするとさ

「だから、ひねくれて悪戯をするの? ヤケになって諦めて?」


 健吾くんは、下を向いたまま苛立たしげに石ころを蹴飛ばす。

 そのまましばらくつま先でぐりぐりと地面を掘り返しながら、


「痛いトコつくなぁ優紀さん。確かにヤケになってたトコもあるよ。だって、あの馬鹿、どういう訳か好きになるのは昔っからいっつも独りっ子ばっかりでさ、美里には相談出来ないもんだから、いっつも俺のトコに来やがるんだぜ? よりによって、何で俺なんだよ」


 いつの間にか、健吾くんの口調はわたしと話す時の丁寧口調ではなく、美紀ちゃんと話している時のようなぶっきらぼうなモノになっていた。


 いじけるようにぐりぐりと地面を掘っていたつま先は、腹立たしげな舌打ちと共に力強く地面を蹴り飛ばして


「伊月の時も、宗司の時も。『今日は体育の授業でアイツがこうしてかっこよかった』とか『告白したいけどもっと仲良くなってからの方が良いのかな』とかそんな話ばっかり聞かされて、ほんっと、鹿島以上の鈍感女だよ。


 しかもアイツはどういう訳か色恋沙汰にはすごい奥手で、ぐずぐずしてる間に相手に彼女ができたり相手が卒業したりでいっつも失敗して、けど、そんな時に泣きつきにいくのはどうせ俺のトコじゃなくて優紀さんのトコ。もう、何か、むかついてしょうがなくてさ」


 頼られてる自分もイヤだったし、協力してる自分もイヤだったし、結局役に立てない自分にも腹が立ってしょうがなかった。

 健吾くんはそう言った。


「そんなこんなで相談されるのにイヤ気がさしてきて、ふざけてれば頼られないだろうとか思ってだんだん子どもじみた悪戯ばっかやるようになって、そうしてたら、いつの間にか、こんなになっちまった」


 健吾くんは両手を広げておどけてみせる。


「……ハハっ。笑っちまう話をするとさ、俺はもう十二回も、アイツに「好きだ」って言ったことがあるんだ。だけど、そのたびにいつも自分からふざけてうやむやにしてきた。最近じゃあ、もう美紀の方から『どうせ冗談なんでしょ』とかって言われる始末だよ」


 健吾くんはくるりと回って壁に寄りかかり、空を見上げて、疲れたように大きく息を吐いた。


「ま、俺が馬鹿なだけなんだけどさ」


 へらっ、と健吾くんは笑った。

 何も考えていなさそうな、軽薄な笑み。


 けれど、それは長い間気持ちを押し殺すために身につけてきた、仮面なのかもしれなかった。


 健吾くんは美紀ちゃんのことをよくわかっている。

 何に怒って何に笑って、何を悲しむのか。

 

 もしかするとわたしよりも。

 

 だからこそ、相談されるまでもなくわかってしまうのだ。

 美紀ちゃんが誰をどのくらい好きなのか。

 そして、自分がその役になれないということも。


 だから、健吾くんは本気で気持ちを伝えられなくなったのだろう。


 返事を聞くまでもなく、ダメだと分かってしまうのだから。


 けれど、そうではない。


 ――あたしはもう、自分じゃダメだなんて思ったりしない。


 美紀ちゃん言葉には確かな力があった。

 人の気持ちは変わるのだ。

 運命の恋も、永遠の愛も、まやかしで、だけれど、いや、だからこそ、諦めてヤケになる必要はどこにもないのだと思う。


 恋には不安がつきまとう一方で、片隅にはいつも希望が光っている。


 ――正々堂々、勝負するって決めたから。


 美紀ちゃんは、まっすぐな目をしていた。

 だから、わたしはそれに応えようと思ったのだ。

 そんなわたしの心の内を察したのか、健吾くんはやれやれと頭を振って呟く。


「……まったく、優紀さんといい、美紀といい、あの鈍感な坊ちゃんのどこがそんなにいいんだか。惚れた女の見分けも付かないんだぜ? アイツは」


 苛立たしげに頭を掻きむしり、健吾くんは思いの丈をぶつけていく。


「見分けが付かないクセに好きだの嫌いだの、バカみたいじゃねえか。

 だいたい、アイツが好きなのは誰なんだよ。優紀さんのフリをした美紀なんて、美紀でもないし優紀さんでもない。そんなフィクションみたいな気持ちのクセに……」


 そこで健吾くんは言葉を切って黙り込んでしまった。

 けれど、健吾くんが何を言いたいのかは聞かなくても分かった。


 確かに理不尽だと思う。


 健吾くんは何年もずっと美紀ちゃんが好きだったのに、美紀ちゃんはいきなり現れた鹿島さんのことしか頭にない。

 

 しかも、鹿島さんには誰が美紀ちゃんで誰がわたしなのかも分からなかったのだ。

 

 極端な話、鹿島さんはわたしでも美紀ちゃんでもどちらでも良いのかもしれない。二人を見分けられないというのは、そういうことだ。


 けれど、健吾くんには美紀ちゃんしかいないのだ。

 ただ、

 

 わたしは、いじわるだとは分かっていても、言わずにはいられなかった。


「だったら、健吾くんはどうなの? 今日の朝、わたしと美紀ちゃんを間違えたでしょう? 健吾くんは、本当にわたしたちの見分けが付いているの? 今はまだ分かるのかもしれない。でも美紀ちゃんがもっと練習して演技に磨きをかけたら、健吾くんだって、わたしたちを見分けられないかもしれない」


 それで健吾くんは沈黙してしまった。

 親に叱られた子どものように唇を尖らせて拗ねたような表情をつくり、けれど呟くように、

 

「……それでも、俺が好きなのはやっぱり美紀なんだよ」


 そんな健吾くんがかわいそうで、同時に、微笑ましくもあった。


「ふふっ。それは、美紀ちゃんに言ってあげてね。健吾くん」

「あたしに何を言うの? お姉ちゃん」


 !!!!!!!!

 振り向けば、そこには並んで立つ美紀ちゃんと鹿島さんの姿。


「って、ちょっと、お姉ちゃんはともかく、何で健吾までいるのよっ!!」


 健吾くんは、一瞬、頭が真っ白になったようにキョトンとしてしまった。きっと、呆然とした表情の下で複雑な感情が渦を巻いているに違いなかった。


「なによ、そんなマヌケ面さらしてないでさっさと答えなさいよ!!」

 

 たしかに、何も知らずにその顔を見れば、単なる間の抜けた顔だと思われても仕方ないのかも知れなかった。

 売り言葉に買い言葉と言うか、健吾くんは苛立たしげに舌打ちをして、


「んなの面白そうだからに決まってんだろ。だいたい俺だって関係者の一人なんだからな、くくくっ。お前の元彼氏だし?」


 きっと健吾くんは精一杯だった。


 口調は慌てているみたいに早口だったし、笑い方はわざとらしかったし、笑い終わった後には、苛立たしげに舌打ちをしていた。

「なにやってんだ俺」とでも言いたそうにしていたのは、多分わたし以外には分からなかっただろう。


(つづく)

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