第40話 別にいいじゃない隠さなくたって

「ねえ、健吾」

「何だ?」


「健吾って、お姉ちゃんのこと好きなの?」

「☆×△?!」


 よく分からない反応をされた。

 図星、という風にも見えるし、何言ってんだお前? という風に見えなくもない。

 

 だから、あたしは自分の思うところをぶつけて様子を見ることにした。


「だって、お姉ちゃんが倒れてすごく動揺してたし、お姉ちゃんにはすごく優しいし、先輩のことは『鹿島』って呼び捨てなのにお姉ちゃんには『優紀さん』ってさん付けだし。前にも何回か聞いたけどいっつもはぐらかすし」


 健吾は、呆れたように頭をかいて、


「あのなあ……、動揺って、幼なじみが目の前で倒れたんだぞ? そりゃ、誰だって驚くし心配するだろ」


「ホント? あたしが倒れても同じように心配するの?」

「……知るかよ、そんなこと」


「ほら、やっぱりお姉ちゃんだけ贔屓じゃない」


 なんだかおかしかった。

 そうして見てみると色々なことが説明つく気がした。

 たとえばお姉ちゃんの冗談みたいな告白を受けたのだって、健吾は「面白そうだから」って言ってたけど、本当はウソでもいいからお姉ちゃんとつきあいたかっただけなのかもしれない。

 そう考えるとなんだか健吾がすごく健気でカワイイ奴に思えてくるから不思議だ。


「なんか、とんでもなく誤解されてる気がするんだが……」

「アハっ。照れちゃって……。別にいいじゃない隠さなくたって。お姉ちゃんは綺麗だし、おしとやかで優しいし、好きになっちゃうの当たり前だもん。なんなら応援してやってもいいんだよ? 健吾も、お姉ちゃんにはいじわるしないみたいだし」


「……だから違うって言ってんだろ」


 健吾の無駄な抵抗が面白かった。

 いつもからかわれてばかりだけれど、今度こそはイニシアチブをとれた気がしてあたしは心の中でケラケラと笑う。


「ねえ、いつから好きだったの? 中学? 小学校? それとも幼稚園から? 健吾が贔屓し出したのなんて、もう覚えてないくらい昔だったよね」


 懐かしい記憶を辿りながら、あたしは確信を深めていったのだけれど、健吾はまだ認めようとはしなかった。


「だから勝手に話を進めんな。この勘違い女!」

「な~にが勘違いよ。ネタは挙がってるんだから、さっさと白状しなさいっ」


 いつもの仕返しに、あたしはからかうように笑って見せる。


 胸がスカッとした。

 苛立たしげに髪を掻きむしる健吾の姿が心地よかった。


 あたしって、根はけっこう意地悪なのかもしれない。

 そう考えて不安になるけど、相手が健吾だからだと自分を納得させる。


「ああくそっ。お前ってホントに……」

「ホントに、何よ?」


「……なんでもねえよ!」


 まったく。

 往生際が悪いというか何というか。

 普段は飄々としてるくせに変なところで煮え切らない奴だ。あたしはほんの少しだけ攻める方向を変えてみることにして、


「じゃあ、ホントに違うっていうなら、何でお姉ちゃんだけ贔屓なのか言ってみなさいよ」

 健吾は、いまいましげに顔を歪めて、低くうなり声を上げる。


 やはり図星だったのだとあたしは確信していたのだけれど、健吾の口からはポツリと意外な答えが返ってきた。


「……怖いからだよ」


「へっ? 怖いって何が?」


「優紀さん」


 思わず笑ってしまった。

 おしとやかで優しいお姉ちゃんが、怖い?

 ってコイツは一体何を言っているのか。適当なことを言って誤魔化そうとしてるのが見え見えで、あたしは「もっとマシな嘘をつきなさい」と言おうとして、でも、


「くそっ。やっぱ笑ったな。だから言いたくなかったんだ」


 健吾の表情はけっこうマジだった。

 だから、もう少し話を聞いてもいい気がしてきて、

「ねえ、ホントに怖いのお姉ちゃんが?」

「そうだよ」


「ずっと子どもの頃からずっと?」

「……ああ」


「バカじゃないの?」


 思わず口をついて出た。

 健吾は口を尖らせて抗議の声を上げる。


「仕方ねえだろ。怖いモンは怖いんだから。けど、お前だって最近の優紀さんを見てたら少しは分かるだろ。俺の気持ちが」


 笑い声がしぼむ。

 確かに、お姉ちゃんはあたしが思っていたよりずっと無茶をするし、そういう意味では何をするか分からなくて怖いところもあるかもしれない。


「俺はお前よりず~~~っと昔に、優紀さんのメチャクチャさを体験しちまったからな」


 そう言って健吾が語り始めたのは、本当にずっと昔の話だった。


「いつだったか、もう10年くらい前かな。俺がお前のリボンを盗っちまったことがあっただろ。覚えてるか?」


 忘れるわけなんてない。


 もうかなり昔のことだけど今でもときどき思い出すとムカムカするのだ。


 あのころのあたしは、お母さんが死んでふさぎ込んでいて、毎日毎日、そのリボンを抱きしめては泣いてばかりいた。

 それはお母さんの形見だったのだ。

 それなのに、健吾は悪戯半分にリボンを取ってどこかに捨ててしまった。

『あ~もう。めそめそうるせえな、そんなのすてちゃえよ』

 あの時の健吾の言葉は、今でも『むかつく言葉ランキング』の一位を独走中だ。


 あたしは頭が割れそうなくらい泣き叫んだけど、健吾はちっとも聞いてくれなかった。


 それから、何日も泣いてばかりで、泣き疲れて目も頭も痛くてしょうがなくて、ずっと探したけど見つからなくて、健吾も絶対教えてくれなくて、もう諦めかけたときに、リボンはあたしのところに戻ってきた。


 見つけてくれたのは、お姉ちゃんだった。


 あの時の言葉は、今でもはっきり覚えている。『嬉しい言葉ランキング』の第一位をぶっちぎりで独走中だから。

 

 ――ミキちゃん、リボンあったよ。だからなかないで。わたしがミキちゃんを守ってあげるから。ミキちゃんがなかないように、わたしがずっとお母さんになってあげるから。


 嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 

 でも、ホントを言うと、少し怖かった。


 幼いあたしの中では『お母さん』というのは『死』に直結していたから。

 いつかお姉ちゃんまで、お母さんみたいに死んでしまうんじゃないか、そう思ったら居ても立ってもいられなくなって、だから、あたしはお姉ちゃんを護れるくらい強くなりたくて合気道を始めたのだ。


 そうして健吾の家で合気道を習い始めて、けど、それからずっと健吾とは口も聞かなかった。


 健吾も健吾で、あたしを避けているみたいで、お隣さんで道場も同じなのに、あのころの健吾と話した記憶はほとんどない。

 だけど、それから何年もするうちにだんだんわだかまりが解けていって、小学校の高学年に上がる頃にはすっかり仲良しになって……。

 思い出す。

 あの頃のあたしたちは何をするにも一緒だった。


 あの頃の健吾は、今よりもずっとイイ奴で……


 と、それは今は関係ない。

 それよりも、今のどこにお姉ちゃんが怖い要素があるのか?


 (つづく)

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