ゲームの悪役に転生した少年の異世界英雄譚 ~五色の妖精と世界の終わり~

おかのヤギ

第1話 いきなり!? メンヘラヒロイン登場!

「あなたって素敵ね。とっても素敵。ねえ、一緒にいてもいい?」


 気が付くと目の前に、ゴスロリっぽい黒い服装の一人の少女が立っていた。


 目鼻立ちのはっきりとした美少女で、絹糸のように柔らかな、紫色の髪を左右で結んでいる。


 赤みがかった大きな瞳がこちらを見て不安げに揺れている。


 それを見て、彼は思わず答えた。


「ああ、いいよ。これからよろしくね」


 生来のお人よしゆえの発言。

 相手が見目よい異性ということもあるが、申し訳なさそうにされる頼まれごとは断れないのが性分だった。


 そしてこれが最初だったのだ。二人が交わした最初の約束。


 この一言を起点として、確かに彼らの物語は今、始まっていた。




 答えてから彼は、自分がどこに居るのか気が付いた。

 辺りは拓けた草原であり、そこに三人の少年がそれぞれ頭を押さえてうずくまっている。


(マッシュとクリスとハリーだ)


 彼らの姿を見た瞬間に、その名前が分かった。


 分かったというより、感覚としては最初から知っていたことを思い出したというのが近い気がする。


 マッシュは雑貨屋の一人息子で、一緒に暮らしている従弟を虐めている最低の奴だ。


 同時に、彼らがなぜ倒れているのかも理解できた。


 背後から頭を重い木の棒で思いっ切り殴られたからだ。


 しかし、なぜか目の前でモジモジしている少女の名前は思い出せない。


 見覚えがあるような気がするが、少年たちとは違って名前が出てこない。

 どういうことだろうか。


(あれ、そう言えばこの光景知っている気がするな。確かゲームで……)


 彼は眉をひそめ、考え込むように手の平を額に当てた。


 そう、RPG『ワールド・オブ・フェアリー』の特典ムービーである。


 初回限定版で付いてきたディスクに収録されていた、映像で見た光景だ。


(あれは悪役のルイのストーリーだったっけか)


 霞がかかったような、ぼんやりとした頭で考える。



 『ワールド・オブ・フェアリー』は、主人公が四色の可愛い妖精と契約し、黒を司る妖精とその契約者を退治する王道RPGだ。


 戦闘では、お金を払って道場で習得する『武技』と、一部のキャラクターのみが使える『魔法』を用いて戦うことになっている。


 魔法が一部のキャラクターしか使えないのは、先天的に決まる魔力量が多くなければ魔法使いにはなれないからである。


 しかし多くのゲームがそうであるように、主人公だけは特別であり、特殊な魔法を後天的に覚えることができる。


 主人公は選ばれし者として妖精と契約し、彼女たちとのシンクロ率(親密度)を上げることで、伝説の妖精魔法を使用できるようになるのだ。


 どの妖精とシンクロ率を上げるかで、使える魔法が変わるところが、ゲームの魅力の一つだ。


 そして、敵であるルイは口数が少なく、ゲーム内ではただ倒すべき敵としか描かれていない。


 これは『ワールド・オブ・フェアリー』が男性向けの作品であり、男キャラの登場シーンが少ないためである。


 彼がなぜ黒の妖精ココと契約し、最終戦の敵となったのかは、特典映像でのみ語られている。


 先ほどの『あなたって素敵ね』というセリフは、後ろから木の棒で人を殴りつけるルイを見たココが、その残虐性に惹かれて声をかけるシーンである。



(あれ、じゃあルイはどこにいったんだ?)


 やっと状況を理解し、その疑問を抱くと同時に、神経が体に同期するように馴染みだした。


 夢から覚めるような、スイッチが切り替わるような不思議な感覚。

 彼の手が確かな感触を伴って痺れ始める。


 右手に目をやると、見るからに固そうな、木刀のようなものが握られていた。


「あれ?」


 知らずに声が出た。我ながら随分と間抜けな声である。


 まさか、と笑い飛ばしたい気持ちとは裏腹に、覚醒した脳はどんどん回転を増していく。


 握られた木の棒。

 マッシュは自分の従弟だという認識。

 そしてココが自分へ話しかけた言葉。


 全てが一つの事実を示している。


「僕が、ルイ・ファントム……?」

「なに寝ぼけてんだよ」


 その時、少年の一人が頭を押さえながら立ち上がった。

 マッシュである。遅れて彼の二人の友人も起き上がり始める。


「よくもやってくれたな。イカレ女の息子」

「う、うるさい。お前らが昨日、僕に無理やり犬のうんこ食わせたからだろ」


 身に覚えが無いはずなのに、記憶にはあるという奇妙な感触と戦いながら、彼は咄嗟に反論した。


 彼らは昨日、嫌がるルイを力づくで押さえつけ、無理やり犬の糞を口に突っ込んだ。

 ルイはその報復をしたのだ。


(まあ、そのルイってのは僕のことなんだけど)


 ルイは今すぐにうがいをしたい気分になった。


「口答えしてんじゃねえよ。ぶっ殺してやるからな!」


 急な展開に動揺するルイの内心を慮るつもりはないらしく、三人組は怒りの形相でこちらを睨みつけている。


 目の前のいじめっ子たちから発せられる怒気に圧倒され、そっと一歩後ろに下がったところで、ルイの脳裏に一つのイメージが去来した。


(いや、待てよ。このまま原作通りなら……)


 ここからは原作でも指折りの残虐シーンではなかっただろうか。


 ルイが止めるよりも速く、隣の黒の妖精ココが動いた。


「邪魔しないで、ゴミ」


 冷たく言って、軽やかに人差し指で宙をかき混ぜるように一振りする。

 彼女の手の動きに合わせて黒い光が舞う。


 その直後、──


 ──パキンッ


「ギャァアアアッ!」


 木の枝を折るような音が鳴り響き、マッシュが鈍い悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。


 見ればギャグのように、右脚が途中から九十度に外側に曲がっている。


「ちょ、ちょっと、マッシュくん!」

「どうしたの!?」


 クリスとハリーが、慌てて駆け寄る。


 ココが使ったのは魔法だった。


 だがマッシュたちには何が起きたのか分からなかっただろう。

 今現在、ルイが居るような田舎の小さな村では、魔法を使える者は一人もおらず、そもそも指一振りで骨を折るような強力なものは、妖精であるココならではの技だ。

 彼らは魔法を見たこともないはずだ。


「てめえ……!」

「ふふふふ」


 こちらを睨みつけてくるマッシュに対し、嘲るような笑みを浮かべながら、再度指を向けるココ。


 このままでは原作通りになってしまう。


 原作では、この技を使ってココが、三人を鼻紙を丸めたようなグチャグチャの肉団子へと変形し、それを見てルイが大喜びをするという構成となっている。


 ココの凶悪さや、ルイの狂気をアピールすると同時に、視聴者のドギモを抜くための、いわゆるツカミというやつなのだが、目の前でそれをやられるわけにいかない。


 さすがに自分は、人間肉団子を生産されて大喜びはできない。

 そんな感性は持ち合わせていない。


「ま、待って。もういいから」


 ルイは振り上げられたココの手を捕まえると、大慌てで下げさせた。

 「え?」とココが驚いた表情になる。


 それはそうだろう。

 彼女はもともと、ルイの後ろから人を殴る時の残虐性を見て声をかけたのだから、原作のように大喜びするのが自然である。


 なにか適切な言い訳をしなければいけない。


「えっと、ほら、このまま殺すくらい簡単だけどさ、わざわざそんなことする必要あるかな?」

「何を言っているの?」

「いや、僕だったらいちいち小物は相手にしないからさ」


 言い訳として少し苦しい気がするが、咄嗟に出てきたのがこれだった。


 口調も恐らく本来のものとは違うだろう。どう考えても不自然な態度だ。


「あっ!」


 二人が話している隙に、クリスとハリーがマッシュを担いで逃げ出した。


「逃がすか!」


 後ろ姿に追い打ちをかけようとするココを再度抑え、ルイは声をかけた。


「だからいいって。あんなやつらのこと気にするなよ」

「どうして? ぶっ殺した方がスッキリしない?」


 殺戮を止められたココは、ちっとも理解できないという風に、形の良い眉をひそめて首を傾げた。


 猟奇的極まりない思考回路である。

 こんな子に目を付けられてしまったのは、不幸としか言えないだろう。


(絶対選択肢ミスったな……)


 彼は「ねえ、どうして?」と無垢な表情で尋ねてくる、ココの顔を見つめて思った。


 気が付いたあの瞬間、適当に了承したのが間違いだった。

 どこから来たのか知らないが、穏便に元居た所に帰ってもらうべきだった。

 とんだ疫病神である。


(いや、それもマズい、か……?)


 もしここで放り出したとして、棄てられた彼女はどうするだろうか。

 彼女は世界を滅ぼす力を持っている。事情を知っている自分が管理しなければ、何を起こすか分からない。


 なぜ自分がRPGの悪役になっているのか、地球のことは思い出せるのに、地球での自分の名前が思い出せないのはなぜなのか。


 そういった混乱もありながら、この時点でルイはとりあえずの方針を決めていた。

 とにかくなるべく平和に、悪役にもならず、ゲームのシナリオとは関わらない、平凡な人生を目指すつもりである。


 理由は単純。自分には過酷な冒険の世界など無理だからだ。

 殺される役などを演じる必要もない。


 そのためには、ココは邪魔である。


 しかし、ここで追い払った結果、世界をめちゃくちゃにされても困る。


 追い払うわけにはいかない。しかしこのまま一緒にいて自分に迷惑をかけられても困る。

 適度に教育していくしかない。


 ルイは精一杯の笑顔を作って言った。


「そ、そんなことより君のことが知りたいな。まだお互いに自己紹介も済ませていないわけだしさ」

「本当!? 私のことが知りたいの?」


 かなり強引な話題逸らしだったが、思いのほか上手くいったようだ。

 ココは喜色に満ちた顔で瞳をキラキラと輝かせた。

 そのままズイッと顔を寄せてルイの顔を覗き込む。


 不覚にも、ルイはその顔を見て可愛いと思ってしまった。

 悪役ではあるが、彼女もパッケージの表紙に載るような主要キャラクターである。ビジュアルが悪いわけが無い。


 そんな美少女に子供のような笑顔で、真っ直ぐに見つめられたら、誰だってドキッとするだろう。

 ただし、


「いいよ! 何でも訊いて! あ、名前はココ。ルイのためなら何でもするから! さっきの奴らを殺してこいって言われたらすぐにやるし、ルイの村の人間全員に『死んだ方がまし』って思わせることもできるよ!」


 こういうことを言わなければ、の話だ。


 無邪気な笑顔でとんでもないことを提案するココに対し、穏やかな笑顔を作ったままのルイは思った。


(絶対選択肢ミスったな……)


 さて、彼らの物語はまだ始まったばかりである。

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