難解なタワー

 この建物は何階迄続いているのだろうか。生まれてからずっと登り続けている。今、何階(なんかい)なのかも、それすら難解(なんかい)だ。何回(なんかい)あきらめようとしたことか。父は南海(なんかい)の孤島にできた天を突き抜けるタワーだと語った。


 が、一緒に登っていた父はとうの昔に倒れ、母も年老いて下層(かそう)に残してきた。スマホに妹からメールが届いた。母は今頃、火葬(かそう)されている頃だ。これはもしや仮想(かそう)現実なのか。尽きることのない階段を眺めて溜め息を漏らした。


 僕は開放(かいほう)された窓から首を出して下を見る。遥か下から煙が立ち上ってくる。あれが母なのか分からない。母は妹に介抱(かいほう)して貰っていたが病は快方(かいほう)に向かうことなく、僕が天辺に辿り着いたと言う快報(かいほう)を聞くことなくあの世に召された。僕は階段を登ることから解放(かいほう)されることはない。何故、登るのか。その答えを知る解法(かいほう)は何処にあるのか。


 僕の思考(しこう)は堂々巡りを繰り返す。色々な登り方を試行(しこう)してみたが効率は上がらない。僕の生まれ持った指向(しこう)性の問題か。それとも嗜好(しこう)そのものの問題か。僕は階段を登ることを志向(しこう)せずにはいられない。タワーの頂に辿り着けば至高(しこう)の幸せが訪れると父が語ったからだ。


 遠くに環礁(かんしょう)が見える。僕は下界を観賞(かんしょう)して感傷(かんしょう)に浸った。もう僕に干渉(かんしょう)するものは誰もいない。登ることを断念することを勧奨(かんしょう)するものもいない。このまま完勝(かんしょう)するまで突き進むだけだ。癇性(かんしょう)を起こすことも無くなった。人生を観照(かんしょう)するのだ。


 ある登山家はなぜ山に登るかと問われ、そこに山があるからと答えたと言う。僕はそこに難解なタワーがあるからと答えたい。






おしまい。

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