第25話 少年と決戦 (後編)
『この決闘、ヴィルトガント・ズヴィエーリが見届け人とさせて頂く。双方よろしいか』
三時間前まで両軍がにらみ合っていた、ヴィーゼ平原の中央でヴィルトガントはふたりに告げる。
『はい』
『身に余る光栄。我が全力、とくとご照覧あれ』
ゼクレティアの口上に、ヒビキは自分もなにかカッコイイこと言ったほうが良かったかな、と思ったが、きっとうまくいかないだろうから、とすぐにその思いをねじ伏せた。
『では、始め!』
弾かれたように二機が飛び出す。
ヒビキの武装は変わらず拳のみ。
対するスキアーは、刃渡りだけでも自身の倍はあろうかという長大な太刀。
防御を捨てた破壊力一点突破の武装は、むしろやりやすくていいとヒビキは思う。
向こうの間合いに入る。左から、胴を狙った大振りの一閃が迫る。ギリギリまで引きつけ、跳んで回避。足元すれすれを通る刃を一瞬の踏み台に、高くジャンプ。太陽を背に、全体重を乗せた蹴りを見舞う。
『ふっ!』
返す刀でスキアーは迎撃に入る。やはり遮光しておったか、とダナエは感心する。ギリギリで身を捻って回避。遅れた左手首が切り落とされる。けれど蹴りは左肩に入った。双方バランスを崩し、どうにか受け身を取って距離を、
「離れてはならぬ!」
ダナエの叱責にヒビキは弾かれたように前へ。立ち上がっていたスキアーの懐に飛び込み、タックル。
『遅い!』
束と両手をひとつにして、アンドレイアの背中へ打ち込む。
『がっ!』
操縦席ごと全身を揺さぶられ、危うく意識を失うところだった。間一髪、両手を地面についてダウンだけは免れる。諦めず
『遅いと言った!』
背中を踏みつけられ、今度こそ地面に突っ伏してしまう。
「すまぬ。懐に入ればあの大太刀も使えぬと判断したのじゃ」
「謝らないでよ。ぼくだってそう思ってたんだから」
操縦桿を握る手に、ダナエはそっと自分の手を重ねる。
伝わる温もりに勇気が湧いてくる。
「ありがと。まだやれるか、ら!」
アンドレイアは急速に海老反りになってスキアーの顔面に蹴りをぶち込む。
『なっ!』
たまらずよろけ、たたらを踏む。その隙を逃さず立ち上がって加速。瑠璃色の軌跡が赤い光の粒に彩られ、実に美しい。
『正しいのは、美しいのはきっと、お前達のほうなんだろうな』
顔を押さえながら、どこか悟ったようにゼクレティアが言う。
アンドレイアが拳の間合いに入る。
防御も迎撃もしようとしないスキアーの胸部へ、躊躇なく渾身の一撃を放つ。芯を捕らえたはずの一撃は、数歩下がらせただけで止まり、右手首をがっしりと掴まれてしまった。
『わたしはそれでも! レイナ様の無念を晴らしたかった! 城を街をいたずらして回っているあの子に、もう一度げんこつをあげたかった! そう願うことは間違いなのか……?』
ヒビキも、ダナエでさえも、なにも言えなかった。
『間違ってはいないと思います』
答えたのは、カーラだった。
『あたしだって、船のみんながいてくれて、ヒビキが生まれてくれなかったら絶対、世界を怨んで憎んで、どうにかなってたはずです』
『良かったこと、なのか……? わたしがやってきたことは……』
『いいえ。それだけは、私怨が原因で無垢な子供を使役するなんて、絶対に許されることじゃないです。法律がなんて言おうと、あたしは絶対に許しません』
『そうか。ありがとう』
掴んでいたスキアーの手から力が抜け、だらりと下がり、ゆっくりと天を見上げた。
強い日差しと、紺碧の空。アクセントのように点在する白い雲。
『世界は、こんなにも美しいことを、私は忘れていたのだな』
深呼吸の音を、マイクが拾う。
『この勝負。私のま、』
『ちょっと待ったあああああああっ!』
誰とも知らない、野太い大音声が草原に響き渡る。
声のする方へ視線をやれば、残っていたパライオンのガウディウム約五〇機が、各々武器を手にずらりと並んでいる。
『その勝負! 俺たちが引き継ぐ!』
何を言っているのか分からず、ゼクレティアを含めた場に居合わせた全員が唖然とする。
誰もなにも言えないまま数秒が過ぎ、それを肯定と受け取ったのか、中心の黄土色のガウディウムが一歩踏み出す。
そこでようやくダナエが吼える。
『そちたち見苦しいぞ!』
『ここまで来て働き場もなく、
『あ、姐さんて言うな!』
なんだ、かわいいひとじゃないか。
初対面の時は怖くて恐くて、自分一人だったらきっとおもらしもしていただろう。
でも。
戦っている間、ガウディウムを、魔素機関を通じて伝わってきたのは、彼女の深い悲しみだった。
まだ八歳の自分がどこまで彼女の悲しみを理解できているのか分からないけど、大切なひとを失うことは、こんなにも大きな穴が心に開くのだと理解できた。
その開いた穴を埋めようと、このひとは必死に動いていたのだ。
やっていたことは、決して許されることじゃないけれど。
『……そうさ。イースファニウムを発見し、治療ができないか頼んだのは、わたしだからな。レイナ様はきっとわたしを生涯許すまい。だから少年、』
何を言おうとしているのか、ヒビキにも分かった。
『イヤです。生きてください。ぼくみたいな子供に、そんなこと押しつけないでください』
きっぱりと言われ、ゼクレティアは絶句する。
『っ』
『でも、終わらせることはできます』
くるりと振り返る。
『姐さああああん!』
そこには、津波のように迫り来るガウディウムの群れがあった。
『ゼクレティアさん、あのガウディウムには魔素機関は積まれてないですよね』
『……ああ。あいつらの機体は従来型だ。乗っているのも軍人だから、覚悟はできている』
じゃあ、とスキアーが使っていた大太刀を拾い、腰だめに構える。
『ケガぐらい、がまんしてください!』
圧倒的だった。
迫り来る五〇機余りのガウディウムを、たったひと凪でおもちゃのように吹き飛ばしてしまった。
スクラップ工場もかくや、という具合に折り重なったガウディウムたちを見て、ゼクレティアは乾いた笑いしか出てこなかった。
『はは、これが、子供が使う魔素機関の力か』
観念したように座り込み、瑠璃色の背中をまぶしそうに見つめた。
『あなたの命は取りません。ですが、魔素機関だけは抜き取らせてください』
『お前にやった命だ。好きにしろ』
両手を後ろにやって腹部ハッチを解放した。
二度もやったことだ。躊躇なんかない。
『せえのっ!』
スキアーのむき出しの腹部にある赤い液体の満たされた筒を無造作に掴み、引きずり出し、丁寧に壊して閉じ込められていた少女を救出する。見たところ自分たちよりも幼い、まだ五歳ぐらいの少女だった。
水槽から解放されたことで、少女は穏やかな表情に変わり、呼吸も安定し始めた。
『あの! リングラウズのひと! この子をお願いします!』
駆け寄ってきた桜色のガウディウムに、救出した少女を預け、ヒビキはパライオンの本陣へと機体を向ける。
決闘に勝っても負けても、レイナと話がしたい。
イスファのたっての願いを、ふたりが受け入れたからだ。
スキアーから降り、ゼクレティアはアンドレイアの背中に言う。
「頼む少年。レイナ様を、止めてくれ」
身勝手すぎると思いつつも、願わずにはいられなかった。
「そんなもの、レイナの出方次第じゃ」
答えたのはヒビキではなく、アンドレイアに乗り込もうとしていたダナエ。
「……」
『じゃが、レイナもまたわらわの愛する臣民。無碍にはせぬ』
「あ、ありがとう、ございます。ダナエ姫殿下」
ふん、とダナエが鼻息をならすのを待って、ヒビキはアンドレイアを走らせる。
この戦いを、終わらせるために。
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