容疑者Bの述懐 探偵の真似事に救いはあるか?

 クロード・デュヴァルが戦を生業と定めたのは、もう随分と昔のことだ。

 この平和なヴィエルジェ島では想像もできないような地獄が、焦土と化した町や村が、大陸中にはびこっていた頃。彼が村を飛び出し傭兵としての生活を始めたのは、そんな時期だった。きょうだいの中で兄を除き唯一の男だった彼がそうしなくては、焼野原の村から命からがら逃げてきたばかりの家族は、生きていけなかったからである。


 幾度も死地へ赴き、何度も死ぬような思いをしてきた。初めの頃は恐怖もあったのだろうけれど、そのうち痛みの記憶すら思い出せないほどになり、少年として当たり前の感覚はすっかり麻痺してしまった。今や身体中どこもかしこも古傷だらけで、実際に何度か死んだのではないかとすら自分で思うほどだ。

 余計なことは何だって覚えているくせに、笑えなくなったのがいつからかは、もう覚えていない。

 気づけば、鉄面皮だの魔王だのと揶揄われ、困ったと眉を垂れたつもりが、真っ青になった相手に土下座で謝られるような有様だった。


 それでも、クロードは戦火の時代を生き延びた。

 生き延びて、功績を評価され、軍人となった。肩を並べて戦った友も、守るために置いてきたはずの家族も、皆死んでしまったというのにだ。


 ともかく、クロード・デュヴァルという青年は、人生の半分近くを戦場で生きてきた。それゆえ、死というものに慣れ切ってしまっていた。

 そんな彼が口を覆い、顔を顰めるほどに、「それ」はおぞましいものだったのだ。


「……彼女を連れてこなくて正解だったな」


 部屋の中心に置かれた、空っぽの画架の足元にあるのは、キャンバスではない。

 血の染み出した頭陀袋から飛び出す、無残に焼け爛れた顔面だった。


 人間であることは確かだが、肩幅が異様に狭い。腕が両方とも肩の骨ごとぶつりと切り落とされているのである。この分では、袋の中の脚だって、胴体に付いているかどうか怪しいものだ。袋からごろりと出てきた左手の中指に、硬く膨れた胼胝のようなものがある。鼻を削がれ目を抜かれ焼けた顔からは何一つ分からなかったが、ずんぐりと短いこの腕は、おそらく男の腕だろう。そして、部屋中至る所に散乱しているのは、描きかけのまま放棄され、キャンバスの真ん中を裂かれた海の絵だ。


「画家の男……部屋の主か?」


 クロードは独り言ち、眉を顰める。

 これまでの犠牲者は、花冠の乙女と巻き込まれた少女のみだ。犯人の目的が伯爵令嬢の死であるならば、「彼」の死は、ジョゼの友人への警告といったところか。


「……」


 解せぬことは幾つかある。けれど、どれも「分からない」が多すぎる。

 自警団の到着を待ち、ジョゼには見るべきでないとだけ伝え、クロードは下宿を去ることにした。



 戦場を生き延びてしまったクロードを、王太子が拾ってくれた。

 ただでさえ戦しか知らずに生きた男は、愛想の悪い顔つきが災いし、何だってろくにできはしない。失った友や妹たちの顔を名をいつまでも忘れられず、けれど、それをこそ長所と恩人は言ったのだ。


 探偵の真似事に救いはあるか。

 ヴィエルジェという島にやって来たことで、何かが変わるのだろうか。


 この血腥い事件が終わる頃、その答えは出るのだろうか?

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