嫁のポリゴン数が日増しに落ちているんだが

ちびまるフォイ

美しければそれでいい

「……あれ? 化粧やめたのか」


「なんで? そもそも家で化粧する必要ないじゃない」


「……そうだな」


結婚生活3年目に突入した。

新婚のような熱は収まり熟年夫婦のような空気を感じ始める。

妻の服装もラフな格好が多くなっていく。


しばらくしたころ、妻の顔がぼやけはじめた。


「……おかしいな」


「あなた、どうしたの?」


「なんかぼやけるんだ。君の顔がハッキリ見えない」


「眼鏡の度が合わなくなったんじゃない? 一度見てもらったら?」

「そうだな」


眼鏡屋さんにチェックしてもらうと店員は首をかしげた。


「うーーん、私が見た限りでは度は合っているようです」


「そうですか? でも妻の顔がぼやけてみえるんですよ」


「でしたらもう少し強めの度にしますか?」


「あーーいえ、それは結構です。あまり強い度にすると目が疲れてしまうんで。

 普通にメガネをかけていても目が疲れるくらいだからときおり外してるんです」


「そうですか。調整するときはまたいらしてください」


眼鏡の異常ではないとお墨付きをもらった。

このことを伝えようと家に戻ったところ、妻がカクカクのポリゴンになっていた。


「あなたおかえりなさい。どうだった?」


「いや君こそどうなってんだ!?」


「どうって、なによ?」


「初期のプレイステーションのゲームキャラみたいになってるじゃないか!」


「ああ、なんか高ポリゴンでいるの疲れたからポリゴン数減らしたのよ」


「なんで!?」

「別に問題はないでしょう?」

「ま、まあ……」


板を継ぎ合わせたような妻はこれまでとなんら変わりなく過ごしていた。

自分としても結婚生活3年目にして妻に恋人の頃のような状態を求めてはいなかった。

これはこれでいいのかもしれない、と思った。


妻がドットになるまでは。


「お、おい! いったいどうしたんだ!?」


「あなたこそどうしたのよ。そんなに朝から慌てちゃって」


「ドットになっているじゃないか! 初期のマリオみたいだよ!?」


「こっちのほうが楽なのよ、別にいいでしょ?」


「う、うーーん……」


いいのかこれで。

自問自答はしたものの妻に「俺の前ではキレイにしていろよ」と言えるほど

自分は妻の前で整っているかといえばそうではない。

一方的に相手にばかり求めるのはフェアではないと思った。


そして、ついに妻は点になった。


「おはよう。朝ごはんできてるわよ」


「いや、それどころじゃないよ! ドットに! ただの点になってるじゃないか!」


「こっちのが楽なのよ。髪型も服装も整える必要ないし」


「人としてどうなんだ!?」


「私がいいと言っているんだからいいでしょ別に」

「お、おう……」


もはや妻を妻と扱える自身がなくなってきたので、既婚の友達に相談してみた。


「嫁のポリゴン数が落ちている、ねぇ


「なあ、いったいどうすれば元に戻るんだろう」


「お前の奥さんは女性として扱ってもらえるのを待っているんじゃないか?」


「それはどうかな……。前に聞いたら「別にいいでしょ」と言われたよ」


「そりゃ相手にキレイでいろって求めているものだからな。

 自発的にキレイでありたいって思わせれば良いんだよ」


「……というと?」


「付き合いたての頃を思い出してみろよ」


友達からのアドバイスもあり自分の普段の行動を改めることにした。


「おはよう、朝ごはんできてるわよ」

「ああ、今日もありがとう。いつも感謝してるよ」


朝食のテーブルに点と向かい合って座る。


「今日はどこか出かけようか。前に言っていたショッピングモールとかどうかな」


「え? あなた人混み苦手じゃなかった?」

「君とでかけたいんだよ」


特に妻に容姿を求めることはしなかった。

ただ、妻を女性として妻として尊敬し感謝するようにした。


数日後に効果は出始めた。


「……あれ?」


「どうしたの?」

「ああ、別に。今日もキレイだよ」


ただの動く点Pのような存在だった妻はドットに戻った。


「ポリゴン数増えたね」などと言えば

「頑張ってキレイにしている私」を伝えることになりそうなのでスルー。


気づいてはいるが別のことばで褒めるように努めた。


日増しに妻のポリゴン数は戻っていった。


「すごい……」


「どうしたの? そんなに人の顔をじっと見て」


「いや別になんでもないんだ。PS3って画質がキレイだなと思ったんだよ」


「……?」


妻のポリゴン数は実写レベルまで戻った。

あとはこれをキープするだけだと、意識的に乗らせる行動はしなくなった。


自分からはもう何もしなくなったが、妻のポリゴン数はますます増えていった。


「ま、またキレイになったね」


「ええ、ちょっとテクスチャを変えてみたのよ」


「そうなんだ……」


「女性はいつまでもキレイでいたいからね」


妻は自分の手を離れてより高精細の道をひた走る。


肌の輪郭はくっきりと4Kな高解像度。

髪の色も微細な濃淡も区別できるほど色彩豊かになっていった。


皮膚のわずかなシミから髪にまじる1本の白髪すらも区別できるほどに--!




「あなた、どうしてわたしの前ではメガネを外すようになったの?」


「美しすぎる君を直視できなくて……」

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