すごくモテないひどくモテない
楽人べりー
第1話 女性から隔離された男
ネットの掲示板で「45年間誰とも両想いになっていない」と語ったら、その場にいた女性らしい人達が一斉に驚いていた。
小中高とフォークダンスで女役をやっていたので、「生まれてこのかた一度も女性と手をつないだことがない」と大学で告白したら「私が一番手」と人懐っこい同級生が手をつないでくれた。そしてそれが最後だった。同級生はインドア系サークルを辞めて流行のテニスサークルに移った。
今は認知症になった両親の介護でおちおち外出もできない。せっかく参加したSNSも地元の人間は一人もいなかった。いや一人いたのだが、その娘は海外に出て行ってしまった。
女性運から見放された男。
「なんだか怖い」
浅妻に対する女性の評は「怖い」と「キモい」が大多数だった。なにせ無駄に身長が高くて180センチもあるが、スタイルは悪く下半身デブなのだ。おまけに髪の毛は天然パーマでメガネのレンズは牛乳瓶の底のように分厚く、上を向いた豚鼻と人差し指を日本重ねたようなたらこ唇がとどめを刺す。おまけに彼は乱杭歯なので笑うと黄ばんだ歯が海岸のテトラポッドのようにバラバラに並んでいた。
彼は生まれつき腋臭で、近くに寄ると洗っていない犬の匂いがする。風呂に入っても汗をかいたら終わりだ。サイズが分からないのか小さめの服を着ているのでボタンがはちきれそうだ。ベルトはいつも先端の穴で止めていて格好が悪い。どこかのスーパーで母親が買ってきたような子供っぽいワンポイントのついたポロシャツを着ていた。色はどぎつい原色の青がより年相応でない幼稚っぽさを引き立てる。靴下は程よく黄ばんだ白でワンポイントはバラバラだ。そして小学生がはくような真新しい多機能シューズ。
彼はファッションには疎いのだが独自のこだわりというものがあり、赤いベレー帽を片時も外さなかった。そしてなぜか胸元には水玉模様の蝶ネクタイが、ここ一番という時に燦然と輝いていたのである。皮がむけまくった古びた樹木にとまった悪趣味な蛾にしか見えないが、出会いの期待があった時に付けるファッションアイテムだった。なぜか彼がそれをつけると必ず豪雨になる。下手な天気予報よりも当たるのだ。腕時計はウケ狙いで女子供に人気のキャラクター時計で決めていた。皆からはバカにされていたが、相手にされることでいやらしい笑顔で答えていた。ニタニタという活字が蛍光イエローで踊っていた。
緑色のショルダーバックをたすきにかけて、今日も彼は街を闊歩している。サイズの合わない靴は、昭和のギャグ漫画のような音を立てている。ひたすらダサい。常にまだ見ぬ異性との出会いを求めて。そしてその出会いは57年間一度も訪れなかった。
今はもう鏡に映る染みだらけの地肌が透けて見える胡麻塩頭の自分を見て意気消沈し、気力を振り絞って街中の有名占い師に相談に行った。彼は方向音痴だったので目指していたビルの隣に来てしまった。お目当ての凄腕占い師とは別のまったく知らない占い師がいる建物に。
古めかしいビルの一室に、節操のない占術をカタログのようにちりばめた入り口があり、中に入るとアクセサリーをたくさんつけている中年女性が獲物を狙うような笑顔で待ち受けていた。さすがの浅妻も占い師にはときめかなかった。むしろのけぞってしまった。使ってない背骨がコキリと音を立てた。彼女はなにやら表を見て計算を始めると
呆れたような表情で彼に告げた。
「恋愛や結婚をすると不幸になる命だね。相手は鬼婆だよ。それから出会い運は40年後だね」
アパートに着き、彼は人知れず号泣した。暖かいぬくもりも、安心感を得られるハグもとろけるような口づけも全て経験する事が出来ない人生だったのだ。「なぜだ。なぜなんだ」
彼は何度も同じことを呟いて床を叩く。隣の部屋から警告のノックが安普請の部屋を揺らす。集めていたフィギュアが棚から床に落ちた。
彼は何度も泣いた。モテない悔しさを燃やして水蒸気に変えて。そんな彼を憐れんでくれる異性は一人も現れなかった。そう一人も。彼は鏡に映る自分の無様な姿を見て全てを悟った。「ぶさいくに彼女はできないよね。ははは」と力ない笑いを漏らしてふと外を見ると、自分よりぶさいくな中年男性がギャルを連れてデートしていた。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
彼は慟哭した。57年間の気持ちを集めた叫びだった。
あまりモテなさすぎた彼は今は立派なLGBTクィアだ。残念なことにパス度が低くて目も当てられない。でも本人は楽しそうだった。やけくそと言うべきか。ショッキングピンクのフレアスカートが風に舞う。
すごくモテないひどくモテない 楽人べりー @amakobunshow328
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます