(15)
アルフレッドは上機嫌だった。ララタがちょっと不気味に思うくらいに。
アルフレッドはその理由を問われても妙に語りたがらなかったが、ララタにはそれなりに想像はつく。
恐らく、アルフレッドもララタと同様に未来の自分に会ったのだろう。
そしてそれはララタが出会った未来の自分と横軸――世界軸――を同じくする、大人のアルフレッドであったに違いない。もしかすると、ララタと違って子供にも出会ったかもしれない。
アルフレッドはララタのことが好きらしい。あの偶然にも見てしまった日記の内容にウソがなければ、そういうことになる。
だから未来の自分がララタと結婚して子を儲けているという事実を目の当たりにしたアルフレッドは、上機嫌なのだ。
一方ララタもアルフレッドのことが好きだ。しかし今は喜びよりも困惑の方が勝っているし、なんなら予想外の事実に呆けていると言った方が正しい。
しかし予想外と言うのも少し語弊がある。あの未来を予想することは、別に難しいことではないからだ。このまま自然にコトが進めば――たぶん、ララタはアルフレッドと本当に結婚してしまう、と空想することは容易い。
なぜならアルフレッドはララタが好きで、その逆もしかり、であるからだ。
けれども一方で両思いだからといってそのすべてのケースが結婚に至るわけではない、ともララタは思う。
もしアルフレッドとララタが実際に結婚するとなれば、障害はそれなりに想像できる。ララタが平民の出であるとか、そもそもが異世界人であるとか、アルフレッド以外には対処のしようがない古の技術である「魔法」を使うとか、単純に性格が彼にはふさわしくないとか……。
挙げようと思えばいくらでも挙げられる。
アルフレッドは王子であり、いずれは立太子され、次代の王となるのだ。これは大変な責務である。そしてその妻はその「大変な責務」に寄り添い、支えるのにふさわしい人間である必要があるだろう。
ララタのアドバンテージと言えばアルフレッドに惚れられていることと、「魔女様」としてこの世界の人々をちょっとだけ助けていることを除けば、無きに等しい。
ララタはそこまで推測して、自分自身がなんだかものすごくみすぼらしい人間のような気がした。
ララタの考えを総合すれば、ララタはアルフレッドには「あんまり」ふさわしくない。
アルフレッドがどうしても結婚しなければならなくなったときは、貴族の令嬢たちの中から妻を見つけてくる方が、遥かに楽だろう。……アルフレッドが実際にそれを望むかどうかは置いておいて、きっと彼の周囲の人間はそう思う。
アルフレッドだって、もうなにも知らない子供ではないのだ。ララタを思い続ける、ということにどれほどの障害が待ち受けているかは、理解しているハズだ。
それでもアルフレッドは無邪気にララタを慕ってくる――表面上は。そこにどんな深謀遠慮があるのかはわからない。……もしかしたら、ないのかもしれない。
ララタはアルフレッドのことをそれなりに理解できている、と思っていた。それはある程度までは事実だろうが、ある程度までは事実とは言い難かった。
恋は盲目。この場合、ララタはアルフレッドの真の心を見抜けなかったことを指す。
アルフレッドに好かれているのは自惚れ抜きにわかっていたが、そこに恋愛感情があったことまでは見抜けなかった。否、見抜こうとはしなかった。
アルフレッドが自分を好きになるなどありえないと――素直じゃない心でララタは早々に断じてしまっていたのだ。
そんな思い込みは不意の出来事で打ち壊された。アルフレッドが雑な隠し方をしていた日記の中身をうっかり見てしまった。そして、そこに綴られた想いを知ってしまった。
アルフレッドはそのことを知らないハズである。
ハズ――であるのだが。
「ねえララタ、子供の名前を考えようよ!」
「はあ?」
「子供の名前。ねえ、これ以上ないほど夫婦っぽいでしょう?」
こんな提案を無邪気に「お試し妃」にぶつけられるとすれば、アルフレッドは悪魔に違いない。悪意はなくても、ない方が数倍はタチが悪い。「お試し妃」はしょせん「お試し」。期間が終われば放逐されるハズの立場の人間なのだ。そんな人間に自分の子供の名前を考えようなどと持ちかけるとは……。
しかし、現実にはそんな提案をぶつけられたのはララタだった。アルフレッドのことが好きで、アルフレッドも好きな。
だからララタは無邪気にきらめく瞳でそんな提案をするアルフレッドを見て、自分をどういう位置に置けばよいのか、迷った。
だって、こんな提案をするなんて、ララタとの未来を真剣に考えているように見えてしまう。少なくとも、ララタはそう感じた。
「お試し妃」の立場にそんな言葉をかけるのは不誠実な気もしないでもないのだが、それがララタにかけられたとなると、途端に彼女には真剣な態度に映ってしまう。恋心とは不可思議なものである。
――けれどもアルフレッド、それで恋心を隠しているつもりなら、それは片手落ちってやつじゃないかしら?
アルフレッドはララタに対して「愛してる」とは言っていない。言ってはいないが、態度から気持ちはダダ漏れと言ってよかった。――だというのにララタは例の日記を見るまで、アルフレッドの本心に気づかなかったのだが……。
「子供の名前を考えるのは……夫婦っぽいかもしれないけど」
「でしょう?」
「……わたしは『お試し』なのよね?」
ララタは返ってくる答えを半ば理解しながら、意地の悪い心でアルフレッドにそう問うた。
アルフレッドの表情は明瞭で、一瞬動きを止めたかと思うと、まるで夢から覚めたかのような顔になる。今しがた、ララタが「お試し妃」であるという事実を思い出したかのような顔だった。
それがあまりにもわかりやすくて、ララタはちょっとおかしくなった。クスクス笑いが喉から出てきそうになるのを抑える。我ながら性格が悪いと思いつつ、しかしやっぱり、ララタの前ではくるくると表情を変えるアルフレッドに対して、愛情のようなものが湧いてくる。
意外に思うかもしれないが、アルフレッドはララタの前以外ではそんなに表情を変えないし、わかりやすくもない。王子として相応の教育を受けてきたのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
けれどもその事実をときどきララタは忘れそうになる。ララタの前にいるときだけは、アルフレッドは王子ではなく、ただの「アルフレッド」だった。
ララタから――彼にとっては――思いがけない言葉をかけられたアルフレッドは、しばらくもじもじとしたあと、「うん」とだけ言った。
目が泳いでいるし、顔色もそんなによくない気がした。
ララタは、自分が手酷い質問をした気になったが、悪いのはアルフレッドだ、と思い直す。率直に好意を示さずに、「お試し妃」になってくれなんて言うから――。
ララタは素直じゃない心でそう言い訳をした。自分のアルフレッドへの想いは棚に上げて。
「――でも、まあ、仕方ないからつき合ってあげる」
「え?」
「アルの子供の名前……それもまあ、『お試し妃』の仕事のうちでしょ?」
ララタは素直じゃなかったのでそう答えた。ただ、それがララタの精一杯であることには違いなかった。
ララタは未だにアルフレッドが自分を好きらしい、という事実の置き場に困っていた。
素直に応えるのが一番なのか、身を引くのが正しいのか……。こればかりはララタに答えを与えてくれる書物は存在しない。ララタが自分で答えを出さなければならないのだ。
ララタはもういたいけな子供ではない。だから、それはちゃんと理解できている。できているが、それを実行できるかどうかは、また別の問題であった。
「ところでララタの名前ってなにか由来があるの? 僕の場合は王族によくある名前ってだけなんだけれど……」
「えー……大した由来じゃないよ。昔にそういう偉大な魔法使いがいたってだけ」
「やっぱり魔法使いは魔法使いの名前をつけるんだ!」
「別に珍しい名前じゃないし、魔法使いもそもそも珍しくないんだけど……」
「僕の名前ってララタからするとどんな感じなの?」
「わたしの世界にも似たような名前があったから、別にすごくヘンな響きってことはないよ」
「へええ」
そんな雑談を交わしているあいだにアルレッドがそこらへんにあった紙とペンをテーブルの上に用意した。
「リストアップしていくの?」
「そんな感じ。やっぱり男の子だと強そうな感じが良いかなあ? アルバート、アレグザンダー……」
「じゃあ王族っぽい女の子の名前って?」
「エリザベスとか? 花の名前でもいいかもしれない。かわいいし」
「かわいいだけじゃダメだって。おばあちゃんになったときのことも考えなきゃ」
こうしてふたりは自分たちがかりそめの夫婦であることなど忘れ、あれやこれやと激論を交わす。
それはアルフレッドの休憩時間の終わりを告げるアンブローズ
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