JKメイド様とDK執事くん
安芸空希
前編 響と奏
「ブサメンはともかく、フツメンをイケメンにするのは簡単よ」
そう言って、同級生の
「女がメイクで化けるように、男もメイクで化けられる。そう、イケメンは作れるの」
場所は高校の教室。先生もいるのだが、咎める気配はない。
文化祭という建前があれば、化粧くらいはセーフのようだ。
「皆は私がハズレを引いたと思っているみたいだけど――」
音奏は片頬を釣り上げてなお、文句なしの美少女であった。
それがなんだか悔しくて、
「少なくとも、俺はハズレを引いたと思ってるからな?」
俺はつい余計なことを言ってしまう。
「男女平等なんてクソ食らえだ」
ことの始まりは文化祭の出し物。
クラスでメイド喫茶をやることに決定した後、
「悪い。今年は男女平等ということで、表も裏も男女が半々になるようにしてくれ」
担任の遅すぎる勧告であった。
「じゃぁ、女装?」
クラスの誰かが冗談交じりに漏らすと、
「いや、LGBT問題があるからそれも駄目だ。心の底から着たいのであれば、話は別だが」
本気の返答。
おかげでネタ枠の立候補者すらいなかった。
「じゃぁ、メイド&執事喫茶?」
散々苦労して決まった内容を変えるのが面倒だったからか、妥当な変更。
しかし新たな問題発生。
「嘘? 執事役が足りない」
「先生、完全に半々じゃないと駄目なんですか?」
「駄目だ」
融通のきかない担任の所為で、深刻なイケメン不足。
「ちょっと男子ー」
そうして我先にとメイド役を手に入れた、容姿と威勢が良い女子たちによる選別が始まった。
「アウト、アウト、セーフ、ギリ……アウト、論外」
高校生ともなれば自分の容姿レベルがどの程度なのか、それなりに自覚はある。 が、面と向かって指摘されるのはさすがに堪えるようだ。
何人かは去勢された犬猫のように虚ろな瞳を浮かべている。
続いて、俺の番。
女子たちは食い入るように見て、
「ギリ……セーフ」
やれやれと言わんばかりに呟いた。
すなわち、執事役の中で一番の不細工。
視界の片隅では暫定ワーストだった
それがまた辛かった。
彼らとの違いなんて、背の高さくらいしかない。肌は汚いし、髪型もオシャレじゃない。二重でもなければ、鼻筋も通っていない。
ただ、細身で背が高いだけなのに……。
実際に後日――執事服を着た際、醜いアヒルの子の気持ちを痛感した。
更に司会進行を務める
指相撲やビンタを止めてくれた担任も、
「撮影くらいならいいか」
今回に限っては役に立たない。
「一つ提案っていうか、条件があるんだけどいい?」
そんな折、現れた救世主が音奏であった。
正統派ではないが、文句なしの美人。
茶色く染められた長い髪は編み込まれ、まるで花冠のように仕上がっている。スカートも折られて短く、白い夏服に透けるブラはピンク色。
「ソロ撮影は無しにしない? 悪用される危険もあるし」
「確かに。じゃぁピンチェキは無しで、お客さんとのツーショだけで」
俺にとって小林の台詞は意味不明だが、
「ううん、それも駄目」
音奏は理解しているようだった。
「あくまで男女平等という建前があるでしょ? それをやると絶対に偏っちゃう」
「そりゃね」
メイド姿の女子高生と執事姿の男子高校生。どちらに需要があるかと言われれば、明白である。
「それに容姿をあからさまな商品にすると、NGくらう可能性もあるじゃん?」
音奏の言い分は一理あった。
担任の言質は取ってあるが、それだけでは心もとない。きっとこの教師は親子の仲良し写真などを妄想している。
間違っても、若いアイドルに群がる中年の男女は想定していない。
なので当日の現状を見るなり、発言を翻させる可能性はおおいにあった。
「だからメイドと執事をペアにして、お客とのスリーショットにするの」
妙案だと、俺は感心する。
若い男女――生徒二人に混ざる構図となれば、犯罪臭はだいぶ和らぐ。
また、注文する側も頼みやすい。
「つまり、抱き合わせ商法ね」
小林は相変わらず酷かった。
「となると、一番人気とドベを組ませる?」
「言い方は悪いけど、それが平等じゃない?」
そうして、熾烈な争いが始まった。
今回は女子たちも参戦だ。
――誰が一番人気かどうか。
男女平等を訴えるあまり別の問題が発生している気がするのだが、担任は止めようとしない。
美人度を決めるなんて、心理学でも禁止された実験だぞ?
「駄目だ。絶対に決まる気がしない」
案の定、小林が匙を投げる。
全面戦争を避けてか、女子たちの話し合いは一向に進まなかった。
「じゃぁ、男女でお互いに指名しあわない?」
するとまた、音奏の提案。
「それで一致して、周囲からも反論がなければ決定みたいな?」
それはそれで自意識過剰と叩かれる危険性があるものの、
「うん、それでいこう」
小林は納得した。
おそらく、疲れていたか馬鹿なのだろう。
そうして再び、俺にとって地獄が始まる。
ただ幸いにも、女子たちの視線はイケメンに集中している。
この選択で、どういう系統が好きで嫌いなのかが明らかとなるので当然だろう。
逆もまたしかり。
明らかな不細工が除外されている為、本人の好みが色濃く出てしまう。
「そう簡単に一致しないか」
この件に関して言えば、俺は美男美女に同情していた。
そうでない人は美男美女を選んでおけば謙虚アピールができる。
が、逆は許されない。
本当に謙虚であったとしても、目が不自由だの馬鹿にしているのだと叩かれる。
「あっ! 一組だけで成立している」
そんな中、小林の視線が俺を捉えた。
次いで音奏を――
「響と奏でプ〇キュアみたいって感じで決めたんだけどマジ?」
小林が何か言う前に彼女は冗談めかして言った。
「ごめん、私プ〇キュア好きだからつい」
それを聞いて、巧いなこいつ、と俺は感心する。
執事の中で一番顔面がアレな俺を選ぶということは、自分が一番可愛いと誇示するようなものだったが、それをギャグに塗り替えた。
「あー、なる」
その結果、周囲からの異論もなく――俺と音奏のペアが決定したのだった。
ちなみに、俺が音奏を一番可愛いと思っていることに対しては誰も興味を持っていなかった。
「――どう?」
メイクが終わったのか、音奏が鏡を向ける。
鏡に映っている俺は、確かにいつもより格好良く見えた。
「へー、凄いじゃん」
周囲のクラスメイトたちも感心する。
だが、その口調からしてまだまだ俺を舐めていた。
つまり、いつもよりマシというだけで全然イケメンではないということだ。
俺は不満げな顔をするも、音奏は気にも留めない。
ただ、他の生徒に気づかれないよう小声で命令した。
「放課後、付き合って」
俺が断るとは微塵も思っていない尊大な態度。
当然、俺は応じる。
あちらが俺を選んだ理由は様々だろうが、俺があいつを選んだ理由は単純かつ明白――可愛いと思ったからだ。
そのことがバレている以上、余計な強がりや言い訳は恥の上塗りにしかない。
となれば、ここは役得を楽しむに限る。
そうして放課後、俺は音奏の家へと赴くのだった。
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