【EAの壁】 (5)

 トレーニングを終えた俺は自宅に戻ってきた。時間は夜の十九時。この時間は家族との夕食になっている。帰宅してからシャワーを終えると夕食をとるためリビングへ向かう。キッチンでは母親が夕食の準備を進めており、テーブルにはサラダとカレーが置かれていた。

「フミ君、トレーニングお疲れ様〜。今日は栄養満点カレーです! 早速みんなで一緒にご飯食べましょう! お父さんは今日帰り遅くなるから先に食べてだって……」

 そう言った母親は年甲斐もなく「むぅ~」とか言いながら頬を軽く膨らませて父さんが一緒にいないことをブゥーイングするかの如く、声を出し不満を表す。歳を重ねても仲良いのは分かるけど息子の前ではちょっとは自重して欲しいと思ってしまう。

「うん、分かった。それで何か手伝える事はある?」

 もうそんな風景も慣れっこだ。何事もなかったかの様に手伝いを申し出る。

「ううん、大丈夫ですよ。食器も全部並んでいるし、美愛ちゃんを待つだけ!」

 母さんは自分の食器が並んだ椅子へ着席する。俺も同じように着席した。

「ここに来る時、美愛ちゃんに声かけましたよね?」

 俺は料理の並んだ食卓を軽く眺めながら返す。

「声かけてあるよ。すぐに来ると思う」

 そう言った間際、美愛がリビングの扉を開けて入ってきた。

「お母さん、おにぃちゃんお待たせ! もうお腹ペコペコだよ! 今日の晩御飯はなになに~?」

 美愛は自分の食器が並んだ椅子へ腰掛けると今日の夕飯が並んだ食卓を見てカレーである事を認識すると嬉しそうにした。

「カレーだ! おにぃちゃん、お母さん早く食べよ!」

 美愛は料理を前にして前のめりで捲し立てる。

「美愛ちゃん慌てないの。さて、全員揃ったし頂きましょうか」

 母親は手を合わせると「頂きます」と言い、続いて俺達も同じように一言「頂きます」と手を合わせてから食事を始めた。食べ始めると美愛はカレーを頬張り、家庭の味に頬を緩ませる。それを傍目に母さんが俺に最近の学校について訊き始めた。


「フミ君新しい学校は上手くいってる?」

 杉田先生に訊かれた内容と同じ事を母親に尋ねられる。だから返す返事は決まっていた。

「ボチボチかな」

「とゆうことは……ハッ‼ 上手くいってないのですね⁉」

 母さんは上手くいってないことをズバリ当ててくる。十六年間、一緒に暮らしてきただけのことはある。それとも母親の勘と言う奴なのだろうか。とりあえずここははぐらかそう。

「そんなことないって」

「だってフミくんが曖昧な返事をする時は悩んでるか上手くいってない時しかないんですぅ!」

 さすが母親と言わざるを得ない。家族専用のエスパー怖い。俺の部屋に如何わしいものがなくて良かった。


「ずばりその悩み、お母さんが言い当ててあげましょう」

 母さんは少し眉間にしわを寄せながら目をつぶり、数秒経ったかと思うと、

「友達作りね」

「成績の心配とかは思いつかないのね」

「それは入学してすぐに悩むことじゃないですからね~」

 母さんは両手を組むと胸を張る。豊満な胸を見せつけないでくれ。

 確かに高校生成りたての十六歳青少年が最初にぶつかる事案なんて十中八九、友達作りくらいだろう。

「高校生成りたての人は大体悩むことだから分かって当然。むしろ自慢できる程の事じゃないね」

「ふーん、お母さんはさらにその先まで分かりますもんねー」

 ドヤ顔で母さんは言い捨てる。なんだその先とは。一体何か気になる。

「なにその先って?」

「言い当ててあげましょう。ズバリ、好きな子が出来ましたね?」

 飲み込みかけていたカレーを詰まらせかける。苦しい。

「ゲホッゲホッ……‼ 今なんて⁉」

「好きな子出来たんですねフミ君?」

 突拍子もなくとんでもないことを言い始め、カレーをむせらせた。同時にどうしてその質問が出たのかすぐに確認する。

「なんでそうなったの⁉」

「ふっふっふ、伊達にフミ君の母親をしてませんからね~」

 答えになっていない。先ほどは驚いて咽たが、少し冷静に考察してみる。

 ふと、ある答えに行き着く。

「……もしかして俺のスマホ見たな」

「ギクッ……!」

 分かり易っ。

「……母さん? 見たでしょ?」

 気付けば、食べていたカレーのスプーンを置いて俺は問い詰めていた。母さんも母さんで分かりやすい反応し過ぎだろ。てか隠す気ないだろ。

「俺の部屋を掃除したときに勝手にスマホ見たでしょ⁉」

「だって机に置いてあったから……」

 答えは簡単だ。俺は可憐と出会ってから連絡先を交換していた。困った時は相談して良いとか天使みたいな提案をしてくれたからだ。それから何度か連絡を取っていて、現在のニューマンのことを少しでも知ろうとしていた。元々、ニューマン専門課程教育を受けている可憐に教えてもらうのが効率は良い。

 それを掃除などで部屋に入った際、机に置いてあったスマートフォンを母さんは勝手に盗み見たのだ。

「俺の携帯を勝手に見るのはやめてって前にも言ったじゃん」

「だってたまたま画面が見えて気になっちゃったんです……」

 両手の人差し指を合わせながら可愛らしくイジけてみせる。

「可愛らしく言ってもダメだから。それと可憐は友達だから」


 ここまで聞いていた隣の美愛が、急に反応を示しだす。

「おにぃちゃん友達出来たのー? ねぇねぇどんな人?」

 おにぃちゃん友達がいない残念だった人みたいな聞こえ方になっているからヤメて。純粋無垢な美愛の事だから興味本位で他意のない質問だと信じていいだろうけど……。少し傷つくよお兄ちゃん。

「うーん、可愛くて、儚くも粗暴な言葉遣いの金髪で茶髪な美少女かな?」

 美愛は小首を傾げる。言ってなんだが、小学五年生に伝わらないだろうな。理解しやすいように要約しておこう。

「あ、えーっと、カワイイ時はリスみたいな小動物的な人だけど、突然ライオンみたいになっちゃう人かな?」

「カワイイけどライオンなの?」

 確かに色々矛盾しているが、しっくりくる例えがそれしかない。小学五年生にデュアルフェイスを説明するのは難しい。

「フミ君、その女の子詳しくお母さんに説明して下さりますか?」

 そこで先ほどまでいじけていた母さんは表情を変え、笑顔でこちらを見ていた。明らかに目が笑っていないのが恐いんですが。

 恐らく息子が素行の悪い不良娘と交流を広げているのでは、と懸念したのだろう。あながち間違いではないが、半分間違っている。不良風、娘なのだ。

「恐らく母さんは、凄く大変な勘違いをしています」

 何故に敬語になってしまったかわからないが、母さんの表情と普段とは違う無言の圧力に気圧されてだろう。

「では説明して下さい」

 俺は可憐がニューマンの中でも変わった特異能力デュアルフェイスを持った女の子であることを説明した。もちろんその内にいる憐可の存在も包み隠さずに。話しを聞いて理解してくれたのか角が取れ、母さんはいつも通りの穏やかな表情へ戻ってくれた。


「そんな子がいるのですね。てっきりフミ君が不良娘と不適切な交流をしているのかと勘ぐってしまいました」

「勘ぐるにしてもそれはないでしょ。もっと自分の息子を信じようよ」

「逆に大事な息子だからですぅ~」

 そう言って母さんは自分のカレーを一口食べ、続けて話す。

「その子とはどうやって知り合ったのですか?」

 至極当然な疑問だろう。自分もカレーを一口食べつつ答える。

「学校で不良に絡まれているところを助けた」

 俺の言葉を聞いた母さんは何を思ったのか目を輝かせ始める。なんかめんどくさい雰囲気がしてきたぞ。

「そうだったんですね! ならこれも何かの縁ですからその子は大事にしてあげた方が良いでしょうね」

「今、自分の馴れ初めと重なったでしょ?」

 母親は食べかけていたカレーの手を一瞬止めたが、すぐに動かす。図星だなこれは。

「やっぱり」

 母親は観念して、本日二度目のイジけ顔を見せ、

「だって、フミ君がやっぱりお父さんと重なってしまうんですよ~」

 母さんは自分のなり染めの思い出を恥じらいながら語り出す。やめてくれ、息子の俺が聞くには辛い。


「お母さんもお父さんに助けられたのがキッカケで知り合って恋に落ちて、それはもう熱い学生時代を過ごして来ました。あの時のお父さんは凄く逞しくて頼もしくていつも私が困っている時に手を差し伸べてくれて……もちろん今だって……ごにょごにょ……」

 両手を頬に当てながら、目を瞑り、さらに思い出へと耽(ふけ)っていく。もう後半は早口と小声で何を言っているかさっぱり分からない。

 俺の横で様子を見ていた美愛が、カレーを半分ほど食べながら一言、「お母さんまた変になっちゃったね」と飽きれ気味に話しかけてくる。

「はぁ~~、父さんの事で熱くなるといつもこれだもんな」

 母さんはいつも父さんの事になると熱くなって周りが見えなくなる。息子の自分から見てもその熱の入りようは異常だ。以前、父親に聞いた事がある。

「母さんって学生時代もあんな感じだったの?」と。

 答えは一言、「いや、全然違う」だ。聞くと学生時代の母さんは今と変わらず学校一の美人に間違いはなかった。だが人柄は他人に冷たく、無関心で、何人もの男性がアプローチをかけたが玉砕したそうだ。そんなことも加味して、当時の学生達は〝氷結の令嬢‶とか呼んでいたそうだ。──そんな人がこんな風になってしまうなんて信じられない。一体何をどうしたらこうなるんだよ父さん。

 そこで独り言を呟いていた母さんは我に返ってくる。

「私としたことが、お父さんの事になるとつい──」

「戻ってきたね」

「とにかく、その女の子とは今後も大事に付き合ってあげて下さい!」

 すでにカレーを食べる手は止まり、興奮気味だ。

「結局、俺の友達作りは失敗したままなんですが……」

「フミ君ならなんとかなります! お父さんの子ですもの、きっと人の良さはゆくゆく理解されます。お母さんはそう強く信じています!」

「はぁ~、その自信を分けて欲しい……」


 結局、母さんと夕食を終えた俺は自室へ戻る。

 自室に戻る際、美愛が勉強を見て欲しいとねだってきたので、一度自室にある筆記用具を取りに戻ってから美愛の部屋へと行くことを伝えた。少しトレーニングの疲れで眠たいが、可愛い妹のためだと自分に言い聞かせ鞭を打つ。

 自室の扉を開け、何気なく机に置かれた自分のスマートフォンが目に映る。それはほんの一瞬の偶然だった。スマートフォンのディスプレイが点灯し、通知が画面に表示されたのだ。たまたま気付いた俺は机のスマートフォンに近づき手に取る。画面は可憐からのメッセージ着信を通知している。内容を確認するべく、メッセージを開いた。

 メッセージ内容は『こんばんわ史弥くん。明日のECT頑張ろうね! きっと能力発現出来るから焦る必要はないよ! リラックス! 憐可も私も応援しているから! でも無茶はしないで下さい……』

 明日、自分が涼と模擬戦を行うことは可憐に伝えてある。心配してメッセージをくれたのだろう。こんなメッセージを送られたら明日のECTに向けて気合いと闘志が湧いてくる。そのまま返信文を打ち込む。

『頑張ってみる。心配してくれてありがとう。あと憐可にもありがとうって伝えておいて。今日はゆっくり寝て明日に備えるよ。おやすみ』

 打ち終わり、送信するとスマートフォンを机に置いた。そのまま机に置いてあった筆記用具を手に取り、扉へ引き返す。さて、美愛の部屋に行くか。そういえば可憐の能力まだ聞いてなかったけど、どんな能力だろ? いくらでもタイミングはあったのに聞きそびれたな。まぁ、明日のECTで分かるか。

 俺は意識を妹の家庭教師に移行して部屋を後にする。

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