11-3

 広場中が一層騒がしくなった。ジャドソンは歯を食い縛り、ギリギリと歯軋りしているような表情をしている。


「全て戯言たわごとです! プロックトン・グレイビアードの強盗事件に関しては目撃証言と物的証拠も揃っています! そもそもこの人は先日、庁舎の門衛を唆して庁舎に押し入った不届きものですぞ! 建造物侵入容疑で警察に届け出たはず。今にも逮捕されておかしくない輩です!」


 パーカー町長は近くにいる部下らしき人に何やら合図をする。部下が数人動いた。


 舞台の左下にいるヒックスをチラリと見ると、ヒックスは小さく親指を立ててみせる。大丈夫だという合図だ。


「今すぐここから去ってもらおう! いや、このまま警察に引き渡してくれる! 今は森林開発とカイコウラ町の未来について話す時間なのだ! 戯言たわごとに付き合っている暇はない!」


 パーカー町長が怒れる猛牛のような勢いでマトリに迫り、肩を掴んだ。これほど怒った顔のおとなに迫られたのは初めてだったが、マトリは腹に力を入れて踏ん張った。ここで引き下がるわけにはいかない。もう少しだけ……。


「その娘の言うことは本当だぞえ!!」


 広場の後ろの方から大声が聞こえた。見ると、スカビオサが杖を振りかざしながら叫び声を上げている。


「町長の言うことはみんな嘘っぱちだぞえ! パーカーめ、町民をバカにするのも大概にせい! 確かにプロックトンは毎日キテレツな奇行に明け暮れている野蛮人だぞえ。じゃが、お前みたいに浅ましいゲス野郎とは違うぞえ!」


 マトリは呆気あっけにとられてスカビオサを眺めた。スカビオサはプロックトンを褒めるどころか、お世辞一言たりともくれたことは一度もない。


 しかし町民たちは突然持ち出された強盗事件への話題について行けずにいる。まだ町民のざわつきが収まらないでいるうちに、敷地内にある警察署から数人の警官がこちらに向かって来るのが見えた。マトリは胃がざわつき、背中がヒヤリとした。もしあの警官が町長側の人間だったら……。


 その時、舞台の右側にいた黒い人物が動いた。見ると、醜悪しゅうあくな顔つきだったジャドソンに、ゆっくりといやらしい不適な笑みが広がっていく。マトリは妙な胸騒ぎを覚えたが、次の瞬間、ジャドソンはその場所から消え失せていた。


「ラフィキ!」


 マトリはヒックスのそばにいるラフィキに声をかけた。


「ジャドソンが逃げたわ!」


 ラフィキは一言も言わずにその場を離れると、ジャドソンを探して姿をくらました。


 警察がやって来ると、パーカー町長は勝ち誇った表情になった。


「さあ、この不届きものを連れて行って——」


 しかし、一番年配の警官が町長の前に進み出た。


「パーカー町長、住民説明会の最中に申し訳ありません。実はこの度騒ぎになりました連続窃盗・強盗事件ですが、盗品を売買している現場を抑えることに成功しました」


「なんだって!?」


 パーカー町長は素っ頓狂な声をあげた。町民は今やほとんど全員が立ち上がり、何が起こっているのかのぞこうと爪先立ち、首を伸ばせるだけ伸ばしている。パントフィ先生が密かにヒックスの隣に現れ、マトリに向かってウインクしてみせた。


「密売の現場にいたのはこの町の町人でした。押収した盗品は全てこの町の住人たちから盗まれたものです。つい先ほど裏が取れました。密売の現場にいた被疑者が言うには、売買の指示はプロックトン・グレイビアードではなく、ジャドソン町長補佐官から出ていたとのことでして、失礼ですがジャドソン町長補佐官に警察署まで同行願いたいのです。お前たち、ジャドソン町長補佐官を探すんだ」


 控えていた警官たちが一斉に散らばった。


 パーカー町長は酸欠の魚のように口をパクパクさせている。クロユリがざわつく町人たちをき分けて、密かに正門へ移動するのが目に入った。


「パーカー町長にも後ほど事情をうかがいに参ります。何、大丈夫ですよ。ジャドソン町長補佐官の仕事ぶりがどうだったかを聞かせてもらいたいだけですから。捜査にご協力お願いします。では」


 警官はそう言うと舞台を下り、部下を追いかけて去って行った。


「じゃあ結局、プロックトンは冤罪えんざいだったってのかい?」


「俺はそうじゃないかと思ってた! プロックトンはいいやつだよ、あいつといると何か落ち着くんだよな」


「今度見舞いの品を持って行ってやらんといかんな」


「おーい、マトリ、疑って悪かったな! 今度うちの店に来いよ! ごちそうしてやるから」


 町民たちは口々にマトリへねぎらいの言葉をかけた。


 ついにお父さんを解放できる。マトリはこの数日間を思い胸が熱くなった。しかし、まだ大事なことが残っている。泣くのはまだ早い。マトリは満面の笑みでヒックスに小さくガッツポーズしてみせた。ヒックスも、こぶしを空に突き上げて勝利のポーズをしている。


 パーカー町長は頬を引きつらせ、呆然ぼうぜんとしながら立っていたが、突然我に帰ってマトリからメガホンを奪い取ると、聴衆に向かって大声で怒鳴った。


「ウォッホン、町民の皆さま、どうやら本日は森林開発と企業の誘致について建設的な話し合いをすることは不可能なようですので、これにてお開きにしましょう! いや、本日の説明会はこれにて終了です! 開発の件は、決まりましたら町民の皆様に後ほど必ずご連絡致します!」


 パーカー町長はメガホンを荒々しく放り投げると、その場を立ち去ろうとした。


「ちょっと待って!」


 マトリはパーカー町長の腕を取り、舞台から去らせないよう踏ん張った。今のままでは、道場の立ち退きまでは撤回できない。


「森林開発は中止するとこの場で約束してください! あの森はこの町の一番の財産よ。国中に自慢できる財産で、ずっと先まで残すべき貴重な財産なの。あの森を守って下さい、私たちみんなと森に住む動物たちのためにも」


「そうだぞパーカー! 逃げるなよ! まだ話は終わってないぞ!」


 「カイコウラ町の森と緑を守る会」の青年が叫んだ。町民たちは「怖気付いたか!」「説明責任を果たせ!」など口々に野次を飛ばしている。


 パーカー町長はため息をついて立ち止まり、マトリの方へ向き直った。


「そもそも君は、いや、今回の開発反対派たちは、どうしてそれほどまでに『変えないこと』にこだわるんだね」


 パーカー町長は目を三角にしてマトリに言った。変えないことにこだわる? マトリは町長の言いたいことが掴めず、そのまま黙って次の言葉に備えた。


「いいか、よく聞きたまえ。変化しないなどということはあり得ないのだ。今あの森を守ったとしても、いずれは無くなるだろう。この国はまさに今が成長期だ。誰もが土地を、資源を求めている。今森を切り開かない決断をしたとしても、いずれは誰かが農地転用するか、あるいは木材確保のために森へ踏み込むか……」


 マトリは、ハリス副町長が絶望して頭を抱えていた時に感じたあの怒りが再びよみがえってきた。パーカー町長の自分の価値観を受け入れられないマトリを、まるで汚らわしい便所虫を見るかのような目つきで見ている。


「とにかく、今切り開こうが開くまいが、結果は同じなのだよ。あの森はどうせなくなる。ならば今開発に踏み切ったとて、なんら問題はあるまい。そうだろうが」


 マトリは腹わたが煮え繰り返るような怒りを覚えると同時に、困惑もした。パーカー町長の目には何か得体の知れない、不気味な赤い光が宿っているのを確かに見た。


 いつも真っ直ぐで、純粋で、少し不器用なプロックトンの優しい目しか知らないマトリは、この自分本位で利己的な、それでいて自分が正しいと信じて疑わないパーカー町長が、気味の悪いの悪い怪物のように思えた。


「あなたみたいに自分勝手な人って、本当に見たことないわ!」


 マトリは怒り心頭に発して長い髪を打ち振った。

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