第11章 波乱の住民説明会

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 芝生の上に白いシーツが何枚か敷いあり、その上には少なくとも三十人ほどの男女が、あぐらをかくか、背筋を伸ばして正座している。薄緑色のハチマキをしており、ハチマキには「パーカー町長は即刻辞任せよ」と書いてあった。全員の頭から怒りの湯気が立ち昇っているかのように、その場所は異様な空気に包まれている。


「こいつら、大半は役人か、今回の事業に反対派の議員なんだ」


 ヒックスがひそひそ声で言った。


「それ、本当?」


「ああ、ほら見ろよ、ラルコがいるぜ」


 ラルコは一番後ろに座っている。緊迫感漂う空気の中、一人だけだらしなく頬を緩めて、酒瓶から琥珀色こはくいろの液体を飲んでいた。


「あいつだけお祭り気分だな。他の奴らは、ハリス副町長みたいに虐められたのかも。左遷覚悟だぜ、きっと。これ見てみろよ」


 一番前に座っている男性の前に、二つ折りにされた木の看板が立っていた。「不屈! 座り込み1日目」と書かれている。


「これは……! ちょっとやりすぎでは?」


 マトリは思わず苦笑いする。しかしこれから自分たちがやることを考えて、この人たちはそれほどでもないと思い直した。


「ねえヒックス、本当に私がやるの? ヒックスがやる方が上手くいくと思うんだけど……」


「その話はもう何度もしただろ!?」


 ヒックスが急いで言った。


「俺よりマトリの方が向いてる。俺は熱くなりすぎるところがあるし——まあその点はマトリもそうだけど。でもマトリの方がここにいるみんなの印象に残るぜ、可愛い女の子が勝利のシンボルになった方がいいんだよ。俺はどっちかというと裏で動く方が好きだし」


「それはそうかも知れないけど、上手くいくか自信がないかも……。説明会をぶち壊すなんてハレンチなこと、私の性に合わないわよ」


 これを聞くとヒックスは大きくフンと鼻を鳴らした。


「ついこの間、スカビオサばばあをぶん殴ろうとしたのはどこのどなたさんでしたっけ?」


「スカビオサさんと言えば……」


 その時、マトリの視界に本物のスカビオサが現れて、マトリは口をつぐんだ。


「ヒックス! あれ見て!」


 スカビオサは真っ直ぐに一点を見つめて、杖をつきながら歩いている。その先には誰であろう、あのジャドソンが台のすぐ脇に立っていた。ジャドソンはどことなく機嫌が悪そうに見える。後ろにいる部下らしき男たちに何やらゴニョゴニョ話をすると、ぺっと地面に唾を吐いた。


「ふん、機嫌が悪くて当然さ。あいつはもう知ってるのさ」


 ヒックスは意味ありげにニヤッと笑った。


 スカビオサはジャドソンに話をしようとしたが、相手にされなかった。ジャドソンの部下によって人混みに戻され、集団にのまれて台から離れてしまった。スカビオサはジャドソンへ苦々しい一瞥いちべつをくれてやると、公園のベンチまで歩いて行って、そこで腰を下ろした。


 マトリたちは町長の台からちょうど向かい側の、少し離れた芝の上を陣取った。人混みの苦手なラフィキはフードを被ったまま、木陰に隠れている。


 町民たちがざわついた。パーカー町長が庁舎から現れたからだ。パーカー町長は数人を引き連れて人混みをかき分け、狭い隙間に突き出た腹を押し込んだ。ようやっと舞台にたどり着いたときは、人々に揉みくちゃにされて髪や服が乱れていた。


「さあ、始まるぞ」


 ヒックスはパンチを手の平に叩き込んだ。


「俺たちの役割は時間稼ぎだ。パントフィ先生とハリス副町長が来るまでのな。パーカー町長には楽させないぞ」


「わかってるわ」


 周りの熱気につられて、マトリまで気持ちが昂って来た。パーカー町長が巨大なメガホンを持つと、一瞬辺りがシーンと静まりかえった。


「えー、ゴホン……。本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。本日は他でもない、『カイコウラ誘致活動支援事業』の必要性について、未だご納得いただけない町民の方々のためにこの会を開きました。では担当者から事業の内容について説明させていただきます——」


 冴えない顔の担当者が町長に変わって登壇し、メガホンを受け取る。担当者は事前に用意したカンペを取り出し、いかにも気持ちのこもらない棒読みな口調で話し始めた。


「皆様もご存知の通り、カイコウラ町はその美しい景観と、イルカ、クジラを観察するのに最適な場所として観光客に人気の場所です。さらに将来的にはカイコウラ町にも鉄道が伸びると思われますので、観光客が増加することは間違いありません。であるからして、我々はリゾート施設を誘致することにより雇用の確保、税収の増加を計り——」


 メガホンを持っているにも関わらず、担当者の声は小さく聞き取りづらかった。情熱は一切感じられない無味乾燥な説明に住民のフラストレーションはみるみる溜まり、ついに何人かは怒りの極致に達したようだ。


「パーカー!!! てめぇーー!」


 くるくるとしたパーマ頭の男性が町長の前に躍り出た。マトリが庁舎を訪れた時にゴミのことで文句を言っていた、あの男性に見える。


「てめえが『汚物掃除おぶつそうじに関する条例』を変えやがったせいで、俺は毎朝十五分もかけて森のはたまで生ゴミを埋めに行ってるんだぞぉ! これで森まで無くなったら、うちの生ゴミをどう処理してくれるんだ! 考え直せぇ!」


 突然出て来た男性を前に、パーカー町長は頭に血が上ったようだ。耳が真っ赤になり、それが次第に頬に広がった。


「どちらさまか存じかねますが、生ゴミなら庭に埋めるか燃やすかすれば良い話ではないですかな?」


「うちの妻はガーデニングデザイナーなんだよ! 庭に生ゴミなんか埋めたら、俺まで埋められちまう!」


 マトリはプッと吹き出してしまったが、町民たちは真剣そのものだ。パーカー町長の表情は変にゆがんだが、言い返すだけ無駄と判断したらしく、担当者に続けるよう促した。担当者はほうけた顔でパーマの男を見ていたが、突然我に帰った。


「で、であるからして、町の発展には森林の開発は不可欠であります。これは町の産業の振興を図るとともに、地域経済の健全な発展と、町民生活の向上に間違いなく貢献できると我々は確信しており——」


「私たちの『春に山菜を楽しむ会』はどうなるんだい!?」


 どこからか、女性の甲高い声が聞こえた。見ると、痩せて筋張ったエプロン姿の女性が、手に持ったプラカードを振りかざしながら叫んでいる。


「私たちの楽しみを奪って町民生活の向上と言えるのかい? どうなんだい!」


 パーカー町長は顔を真っ赤にして聞いていたが、ついに我慢できなくなったらしく担当者からメガホンをもぎ取った。


「リゾート施設を誘致すれば、税収が増えるのですぞ! 行政サービスの質を上げることができるし、初等学校の先生の給与も上げることができる! 観光客が増えれば、飲食店や宿泊施設の売り上げは間違いなくアップします。森林がなくなって不便になったり、ささやかな楽しみが無くなるかもしれませんが、間違いなく皆さんの生活が豊かになる! 皆さんに還元される! それで良いではありませんか」


「みんな、騙されるな!」


 ひとりの青年が立ち上がって聴衆を見回した。それを合図に「カイコウラ町の森と緑を守る会」と書かれた腕章をつけている団体が一斉に立ち上がった。


「豊かになるように思えて、失われる物の方が多いんだ! フェツの大森林は手付かずの貴重な原生林だ。原生林は川が氾濫するのを防ぎ、雨水を浄化して海に注ぐ役割をしている。浄化して大海に注がれる水には、海の生き物たちを育てる栄養素がたくさん含まれているんだ。

 もし原生林を更地にしてしまったらどうなる? カイコウラ町付近の海には魚が寄ってこなくなるし、貝も育たなくなる。水が浄化されないから川の水が汚くなるし、その汚い水が海に流れ込んでますますの悪循環だ! もし森林を破壊したら、この町の漁業は衰退するぞ!」


 この青年の発言に、広場の右手にいた町の漁業関係者からどよめきが起こった。


「それじゃあ本末転倒だ!」


 漁師たちが立ち上がり、拳を突き上げながら叫んだ。


「中止だ! 開発は中止! 町に元からある産業を衰退させるんじゃお話にならない!」


 漁業関係者たちが騒然とする中、パーカー町長は目を細めて青年を見た。


「君はこの町の住人なのか?」


 青年は胸を張り、はっきりとした声で答えた。


「僕はこの町出身の学生です。今はチュロスフォード大学の野生生物学研究室の研究に参加しています。森林開発による影響については、マーチン教授から町長宛に手紙が送られているはずですよね?」

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