10-3
家の脇の小道から小さな足音が、ゼイゼイという荒い
痩せた男が、家の脇から現れた。月明かりが、ペスカードの飛び出そうな目と、こけた頬を映し出す。ペスカードは脇に何かの包みを抱えているようだ。
ペスカードはマトリ達から少し離れた木の裏に消えると、何やらゴソゴソやり出した。よく見ると、その木は少し斜めに生えており、地面から木の根が一部浮き上がっている。しばらくしてペスカードは用が済んだらしく、裏口から家の中に消えた。
二、三分待ってから、マトリとラフィキはその場所へ素早く移動した。斜めになった木の陰に入ると、土を掘り返したようなわかりやすい跡がある。
少し土を払うと、しっかりした麻布が出てきた。布をめくると、跳ね上げ式の大きな木の箱が姿を現した。木の箱には鉄の枠がついており、頑丈そうだ。
この中にもしかしたら盗品の品々が……。マトリは興奮を抑えきれないまま箱に手をかけた。しかし、箱は開かなかった。よく見ると、重い南京錠が二つ、鉄枠の部分にぶら下がっている。これでは確認するのは難しい。マトリは絶望感に襲われた。
「だめだわ、開けられない。なんとかして中を確認できないかしら? ラフィキはどう——」
マトリは顔を上げたが、ラフィキの姿が見つからない。
「ラフィキ……どこへ行ったの?」
マトリは不安になって木の陰から芝生の上に出た。すると、すぐ近くにあるボロボロの物置小屋からラフィキが出て来た。腕から見事な銀色の毛皮が
「シンリンオオカミの毛皮だ。かなりの上物だ」
「毛皮……?」
マトリは近づいて、毛皮を触ってみた。しっかりした
その時マトリはあることを思い出してハッと息を呑んだ。
「確かラフィキの知る毛皮問屋さんが、一番上等の毛皮を盗まれたって言ってたわよね?」
「ああ……。あの毛皮問屋は狼の毛皮も扱っている。物置の中にまだある。どれもかなり高価な物だ」
絶望していた沈んでいた心が、再び急浮上した。ついに見つけた、証拠となり得るものを。
「そっちはどうだ?」
ラフィキが首を伸ばして木の箱を見る。
「だめだった。南京錠がつけられてて開けられない」
「……そうか、しかしこの毛皮だけで十分証拠になる。毛皮問屋の主人に盗まれたものか確認してもらえばいい。持ち出すのは一枚だけにしておこう。もし明日までに気づかれたら……」
ラフィキが毛皮を丸めていると、窓の明かりが再びパッと灯り、二人の人影が窓に映し出された。
「こっちへ!」
マトリはラフィキの
すると、明かりの灯る窓から話し声が聞こえてきた。
「今日は何してたんだい?」
サニラの声だ。話しかけられた主は、怒ったようにゼイゼイ息を吐いた。
「新しい事業の計画を仲間と立ててると言っただろう。お前には関係ない」
「あんた、明らかに前より痩せたよ。……それに顔色も悪いよ。ほら、きちんと食べな」
サニラの声に刺々しい響きはなく、明らかにペスカードを労っていた。しかし次の瞬間、ガチャンと何かが壁にぶつかる音が聞こえ、サニラが悲鳴を上げた。
「俺に指図するな! 俺は前と何も変わってないぞ!」
「何言ってんだい! 食べなって言っただけじゃないか! 私がいつ指図したんだい?」
ドスドスと大きな足音が聞こえた。ペスカードが台所から出て行ったようだ。しばらくして、台所の明かりは消えた。
「……行こう」
ラフィキがマトリの手を引いた。二人は柵が壊れている場所から表の通りへ出た。
人目を気にしながら通りを走る間、マトリはサニラの悲鳴が頭の中をぐるぐる回っている気がした。この毛皮を使ってペスカードの悪事を暴けば、どん底状態のマトリたちは再び日の出る場所に戻れるかもしれない。
しかしサニラはどうなるのだろうか? 犯罪者の妻として、町人に指差されることになるだろう。魚屋は、もしかしたら閉めないといけないかもしれない。今の自分たちのような息苦しさを、今度はサニラが味わうことになる……。
いや……それは違う。マトリは頭を振ってこの思いを振り払おうとした。ペスカードは犯罪に手を染めた。自分たちとはそこが決定的に違う。プロックトンは
証拠を手に入れて嬉しいはずなのに、マトリの心は
パントフィ先生の家に戻ると、部屋に明かりが灯っているのが見えた。
「お戻りになったのね!」
二人が玄関に近づくと、ヒックスが玄関脇の暗がりから姿を現した。
「待ってたよ!」
ヒックスの顔は興奮ではち切れそうだ。
「どうだった?」
「黒だ」
ラフィキが毛皮を掲げて見せた。
「やっりい! さすが! それに聞いて驚くな! 別の証拠を見つけたんだ。マトリ、お前の手柄だぜ!」
「私の?」
「そうさ、お前が町長室から持ち出したあの紙だ! あれが相当使える物だった。パントフィ先生は今日それを調べるために外出してたんだって!」
「ええ! あの紙が?」
あの用紙は『感染症の原因と予防法』のはず。マトリには何の役に立つのか検討もつかない。
「とりあえず中に入って今後のことを話し合うぞ。パントフィ先生はキッチンにいるぜ。チキンサンドイッチならすぐに作れるって」
興奮冷めやらぬまま、マトリたちはパントフィ宅のキッチンへ直行した。マトリはサニラに感じた感情をヒックスに言い出せなかった。言い出したところで、気にするだけ無駄と言われるだろう。
この問題はとりあえず棚上げすることにした。今はプロックトンを取り返すのが最優先だ。
* * *
マトリたちがシンリンオオカミの毛皮をザ・フィッシュの庭より見つけてから三日後、庁舎の敷地内にある芝生の広場は人で溢れかえっていた。
広場の中央付近にある池の近くには、マトリの胸くらいの高さになる木製の舞台が組まれており、上には紙を巻いて作った巨大なメガホンが置いてある。後ほどこの場所で、パーカー町長が住民のための説明会を開く予定だ。
「それにしても……思った以上に開発反対派が多かったのね」
マトリは改めて広場を見渡した。この町にこれほど人がいたのかと思うほど、広場は人で埋め尽くされている。中には団体参加と思われるような集団が、手にプラカードを持って広場の良い場所を陣取っていた。
プラカードだけではなく、抗議の文句を書いた紙や横断幕を持った人があちこちにいる。プラカードや横断幕からは、「開発計画、工事強行をただちに中止せよ」「怒りの抗議! 町の財産を守れ」「リゾート施設断固反対」「ゴルフ場NO! 住民を無視するな!」などが読み取れた。
「なんで私たちもあれを思いつかなかったのかしら!?」
マトリは興奮して色とりどりのプラカードを眺めた。この後予定している作戦がなければ、走って行って、あのプラカードを持つ団体の最前列に加わるところだ。
「だから言っただろ、町長の評判は良くないって」
ヒックスが満足そうに言った。
「マトリ、あそこにいる連中もう見たか? 多分ここにいる奴らの中で一番過激な連中だ」
ヒックスが笑いながらとある場所を指さした。マトリは帽子をしっかり被り直してから、そっとその団体に近づいてみた。
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