あなたはまだ本当の悪役令嬢を知らない
椎乃律歌
あなたはまだ本当の悪役令嬢を知らない
ブリタニア王国王都ロンディニウムにある王宮で挙行された第一王子誕生祭。第一王子エドワードの婚約者であるモイセーエフ公爵令嬢エカチェリーナもエドワード王子にエスコートされて赤い絨毯が敷かれた会場に入場した。
会場である大広間の中央には豪華なシャンデリアが、そしてそれよりも小さめのシャンデリアが幾つも周囲に吊るされており白基調で統一された室内を綺羅びやかに照らしている。奥には一段高くなった高座には玉座があり左右には王族が座るための椅子が備えてある。そして給仕が忙しそうに動き回っては飲み物や軽食を配っている。
エカチェリーナの衣装は深い真紅の薔薇をイメージした真っ赤なドレスだ。エカチェリーナが通り過ぎるだけで周囲の男性の鼻が伸びるのでエスコートされている女性陣はヤキモキしているところだ。
当初は和やかに進行した祝宴だったが、エドワード王子が側近達と、とある女性を連れて会場奥にある高座の前の床の上に立った。
「会場にいる諸侯の方々に私から重大な発表がある」
黙っていればイケメンで巷ではカリスマ的な魅力があると言われている王子である。残念ながらエドワードをよく知るものには駄目王子としても広く認知されている。とりあえず王族の発言なので周囲は王子に傾注した。
「私は婚約者であるエカチェリーナ嬢との婚約を破棄する!そしてこちらのマリー嬢を新たな婚約者とする!」
会場は一瞬凍りついたが再びざわつき始めた。
「まぁ、殿下お戯れも程々に」「殿下のことだ場を盛り上げようとしたのだろう」「まぁ、お可愛こと……」などと誰も聞かなかったことにしようとした。
しかしながら王子は再度言葉を繰り返した「私はエカチェリーナ嬢の婚約者として許しがたい行状を確認したのだ!なので婚約を破棄する!そしてこちらのイモー男爵令嬢であるマリー嬢を新たな婚約者とする!」誰も聞いてくれなかったのでちょっと荒れ気味である。
その言葉にエカチェリーナの周囲に居た人々がモーセが海を割るように下がりエカチェリーナの為に道を作る。エカチェリーナは当然のごとく出来た道を静々と歩いてエドワード王子の御前へと進み出た。
「殿下、本当にその言葉に違いは有りませんか?」
刺すような鋭い眼光に慄くエドワード王子だが隣に居るマリーに男を見せねばと奮い立ち言葉を発する。
「そうだ、その方がマリー嬢に嫉妬して数々の醜い嫌がらせをしたことは調べがついておる!この場で謝罪して許しを請えば罪を見逃してやっても良いぞ!」
エドワード王子は啖呵を切った。
「殿下!私のためにありがとうございます!マリーはどこまでも殿下に付いていきます!」
マリー嬢は感激したようにエドワード王子に縋り付く。
「マリー、これからは婚約者なんだエドワードと呼んでくれ」
「エドワードさま……」
エカチェリーナは婚約者と寝取り女との様子を冷ややかに眺めながらエドワード王子の訴えを一通り聞いた後、暫く考えてから切り返した。
「嫉妬?私はそのような娘に嫉妬などしておりませんが?それに嫌がらせなど全く記憶に有りませんね」
「白々しい嘘を付くな!証拠は上がっているのだ!アルバート、証拠を出してやれ!」
「はっ!」
アルバートと呼ばれた側近は宰相の長男である。宰相の長男でイケメン好男子とあって縁談の話が引っ切り無しに届くという。そんな見合い話に疲れた所にマリーと出会って惚れ込んだようだ。アルバートは懐から紙を取り出すと読み上げ始める。
すべてエカチェリーナには記憶のない罪状だが罪状の中身は実は既にとあるルートから調べて知っている。大人しく聞いた上で返答する。
「どれも記憶にありませんね。私にはアリバイもありますし」
「アリバイだと!?ピエールも言ってやれ!」
ピエールと言うのはエカチェリーナの実の弟である。そのピエールは両親に似て麗しいベビーフェイスで年上のお嬢様方から絶大な人気を誇っているので何時もチヤホヤされて調子に乗っているところがある。近頃は真の愛を見つけたとか言ってマリーに首ったけのようだ。その愚弟は殿下を諌める事もせずに愚かにも姉に敵対することを選んだのだ。
「姉上!証拠はあるのです!大人しく観念してください!」
「実の姉を売るとか育て方を間違ったかしら?」
「私は姉上に育てられた覚えはありません!」
この場は一向に収まりを見せないで混迷が深まるばかりである。では発端は何だったのであろうか?それでは発端から説明しよう。
そもそもエカチェリーナが三歳の時に高熱で倒れたことがあった。その高熱が三日三晩続き医者も手の施しようがないと諦めた翌日。奇跡的に病から復帰した。
エカチェリーナは目覚めた時に思ったのは「ここはどこ?」だ。全く見知らぬ部屋。寝ていたのは高級ホテルのスイート・ルームにあるような大きな天蓋付きのベッド。それに自分を囲む見知らぬ人々。何より彼女自身の小さな身体に戸惑う。
彼女の記憶では東京都内に住む二十七歳のOLだったはずなのだ。昨夜は高田馬場にあるイタリアンレストランで行われた会社の忘年会でタダ酒とイタメシうめーと酒をしこたま飲んだ後、西武新宿線に乗って一人で帰る道までは覚えているのだが……、そこからは記憶がない。
目覚めたら体は小さな子供になっており何故か自分とは違う人生を歩んだ子供の記憶も持っている。夢か現実かの判定をする定番の頬を抓ってみたが確かに痛かった。その子供の最後の記憶を考えると病気で死んだのは確実と思える。考えられるのはOLだった私も帰り道に何らかの形で死亡して
「何?このご都合主義なラノベ展開」と彼女は思った。
体が元に戻るまでに記憶が混乱しているからと養生している間に侍女達から聞いた話を纏めると驚いたことにこの世界はどうやら元の世界とも違うことが判明した。そしてまさかと思ったが元の世界でやり込んだゲームにこの世界は酷似しているのだ。
そのゲームの名前は『ロード・オブ・プリンセス』通称
そのゲームのプレイヤーキャラのデフォルトネームがマリーで恋敵として登場する悪役令嬢がエカチェリーナだ。
つまり彼女はOLから悪役令嬢に転生したのだ。
OL時代の彼女はゲームをしながら疑問に思っていたことがあった。それは「この悪役令嬢の嫌がらせは温くね?」だった。『悪役』と言う割には物を隠したり、制服を切り裂いてみたり、靴の中に画鋲入れたり、下剤を飲ませようとしたり、ロープを張って転ばせようとか実に下らないものばかりだった。
昨今流行りの悪役令嬢物ラノベも読んで見れば悪役令嬢は実はいいヤツで誤解されていただけという作品が多くて悪役とは一体何なのかと作者に小一時間ほど問い詰めたいと思ったほどだ。
元々ダークヒーロー、ヒロイン系が好きな彼女としては物足りない。貴族社会では公爵と男爵では雲泥の差である。財力は言うに及ばず権力にも逆らうことが出来ない格差社会だ。そんな社会なら高々平民上がりの娘など軽く捻り潰して闇に葬り去るのも簡単なもの。何故ベストを尽くさないのか?そんな事を思いながらもゲームを完全攻略したのだ。
そしてエカチェリーナとして転生した彼女は思った。ゲームの脚本が気に入らなければ自分で書き直せばいいじゃないと。
「ふふふ……。私が本当の悪役令嬢を見せてあげようではないか!」
その様子を見ていた侍女は「まだお嬢様は体調が悪いのかしら?」と思ったと後に述懐している。
ここからエカチェリーナの快進撃が始まったのだった。
まず、周囲の侍女を教育して諜報組織を作り上げた。その諜報網を利用してあらゆる王族や貴族の弱みを握り今後のために温存していく。さらに前世の記憶を頼りに中世ヨーロッパ文明レベルに革新的な商品を次々と投入してエカチェリーナが自由に使える財政基盤を確保。カザリン商会を立ち上げて他の商会を次々と買収しては傘下に収めて経済界を牛耳った。
同時に武器の開発を始めた。OL時代にサバゲーにものめり込んでいて銃器にも詳しかったエカチェリーナはこの剣と甲冑の(魔法はない)中世ヨーロッパ風世界に銃を持ち込もうと決めた。銃こそが力のすべてだ。
銃といえば某一流スナイパーも使うM‐16またはAR‐15が有名で米軍が全く新規の変わった小銃を開発しても結局はAR‐15ベースの銃に落ち着いてしまうほどの名銃だ。
もう一つは今は亡きソ連が生んだ名銃AK‐47だ。もはやテロリストの定番。紛争地域の定番の銃と言っても良い。劣悪な環境でも生産出来て過酷な環境でも故障しない。露天で一山幾らで売られていて、お婆ちゃんから子供まで誰でも気軽に使える名銃だ。
この世界の技術レベルで作りやすいのはAR‐15よりAK‐47だろうと言うことで持ち前の情報収集能力をフルに使って技術者を集めた。幸い東方の国で銃もどきを発明した技術者を確保できたので秘密裏に工房を作り開発を進めた。
弾薬の開発にも苦労した。古いタイプの銃の弾丸は単に丸い金属の塊で、火縄銃のような先込め式の銃では一発毎に黒色火薬を銃口から流し入れ、そこに銃弾を詰め込むという手間のかかるものだった。東方で開発された銃も同じ先込め式だった。そこで近代銃で使われているガンパウダーに雷管と薬莢と弾で一体化された銃弾を開発することにしたのだ。
同時に装備品の開発も進めた。近代的な銃には全身金属鎧や鎖帷子は似合わない。デジタル迷彩柄の布を何パターンも作り戦闘服を仕上げていく。さらにボディアーマーの試作も開始した。鉄板とセラミック板等を積層して作る本格的なものだ。まだ鉄の板一枚鎧が普通のこの世界では画期的な仕様で技術者に理解してもらうのに苦労した。
初期のボルトアクション方式小銃が出来ると直ぐに私兵を集めて小銃を与えて訓練を始めた。訓練は海兵隊スタイルで厳しく仕込み。サバゲーでの経験が役に立ち近代戦術をとことん叩き込んだら意外とタフでどんな時にもへこたれない「ネバー・ギブアップ、ネバー・サレンダー」な特殊部隊が出来上がってしまった。
出来上がった特殊部隊を投入して裏社会の制圧に乗り出した。銃の威力は絶大でナイフ程度しか持っていない王国に蔓延る裏社会は精鋭特殊部隊の敵ではなかった。裏社会のボスをエカチェリーナが信頼する優秀な部下にすべてすげ替えて裏社会を完全掌握した。
そうやってエカチェリーナは忙しく毎日働いていたが、ついにゲームの進行通りにエドワード第一王子との婚約が成立する運びとなった。王族と貴族との婚約なので現状では公爵の娘でしか無いエカチェリーナも表面的には手出しは出来ない。しかしある程度貴族社会を裏から掌握しているエカチェリーナに取っては問題なく排除できる事態でもあったが敢えてしなかった。
そう、
そしてついにゲームでの舞台でもあった貴族学院への入学がやってくるのであった。
この世界には貴族の子女のみが通う貴族学院がある。大体十二歳前後で入学して五年ほど学ぶ。よくある乙女ゲーム設定では平民も入れる設定もあるが、この世界では貴族のみである。ゲームのプレイヤーキャラであるマリーが何故平民なのに入れたかと言うと男爵家の養女となったからである。その経緯はゲームでは詳しく書かれて無かったのでマリーの身辺調査を綿密にすることにした。マリーには二四時間の監視を既につけてある。
貴族院の五年間はあっという間だった。その間、表では勉学と社交を
エカチェリーナは改良型小銃の完成の報告を聞くとすぐさま秘密工房に出向いた。エカチェリーナが所有する秘密工房は王国内に十数箇所有り、全貌を知っているのはエカチェリーナだけだ。銃器を開発している秘密工房は一見すると普通の鍛冶工房に見えるがセキュリティーは厳重である。奥の区画には限られた関係者以外は立ち入れない銃器を製造する工房がある。その銃器工房の地下に防音された射撃場があり、エカチェリーナは出迎えてきた工房長と一緒に射撃所へと向かった。
射撃場には入口側に室内を区切るカウンターのような長いテーブルが有り。そのテーブルはブースのように間仕切りがしてある。そういった射撃レンジが十並んでいる。縦長の室内の奥には土が盛られている。天井にはレールとワイヤーが張ってあり、滑車を使って紙製の標的を前後に動かすことが出来る。奥行きは百ヤード程で試射するには十分な距離がある。
この射撃場はOL時代にグアム旅行で行った射撃場を参考にして作らせたものだ。OL時代に実銃の射撃は毎年グアム旅行に行く度に何回かやっている。部下達からは何で貴族のお嬢様が射撃や銃の取り扱いに慣れているのかと不思議に思われたが、「お嬢様だからな」と何故か一同頷いたのをエカチェリーナは心外ですわと思ったのだった。
それはさておき、技術主任から恭しく差し出された完成した小銃をエカチェリーナは受け取った。見た目はAK‐47を目指したので見た目はそっくりだ。
違うところは最初から銃の上面全体とハンドガード側面と下面にピカティニー・レールもどきを備えているところだろう。ピカティニー・レールとは銃に各種オプションを取り付けるための台座であって近代的な銃なら必ず付いているものだ。開発当初からピカティニー・レールは絶対にいるとエカチェリーナは開発陣を熱く説き伏せて採用させたのだ。ピカティニー・レールには別の工房で開発させた光学照準器と折り畳み式のアイアンサイトが取り付けてある。
AK‐47は木製ストックだが、試作品のストックは伸縮式だ。固定式のストックだとボディ・アーマーで増えた厚みの分だけ銃を持つ位置が変わるので扱いにくい。そこで伸縮式のストックで常に同じ姿勢で持てるように調節するのだ。
エカチェリーナは耳栓とアイウェアを装着して準備を整えて試射を始める。
バナナ型弾倉が空になるまで三十発全弾撃ち終えたので標的を寄せて確認してみれば綺麗に標的の中央に集弾している事が分かった。試射の結果は良好。エカチェリーナは満足気に頷いて、その小銃をAE‐47と命名すると同時に正式化してすぐさま量産化を命じた。奇しくも四七番目の正式化だったのだ。
そんな多忙なエカチェリーナとは対称的にエドワード王子とマリーは勉学も真面目にはせずイチャイチャするのに忙しいようだったが、エカチェリーナは生暖かく彼らを監視するのみに止めた。
そしてすべての準備が整った所で、ついに最終学年のあの日がやって来たのだ。
エドワード第一王子誕生祭。それは最初こそ和やかだったものエドワード第一王子の発言で会場すべてが凍りついた。
「私は婚約者であるエカチェリーナ嬢との婚約を破棄する!そしてこちらのマリー嬢を新たな婚約者とする!」
もちろんエカチェリーナは最初からすべてお見通し。動揺することもなく今か今かとイベントが起きるのを楽しみにしていたほどだ。
一応、茶番だとは思いながらも本心はどうなのかと色々と尋ねてみたがエドワード王子の心は変わらなかった。ゲームでは攻略対象であるアルバートやピエールも同様だ。完全にマリーに盲目的に心酔しているのをエカチェリーナは呆れながら見ていた。何だかんだ言ってもゲームヒロインのカリスマ性はチートレベルで効果絶大だ。
「残念ですわね」
エカチェリーナは一言だけ呟くと扇子で隠した首元に手をやってネックレスに偽装したトークボタンを押して囁く。
「コード、アルファ。繰り返すコード、アルファ。オーバー」
「アイ、コピー。オーバー」
その時にはエドワード王子と側近とマリー以外の他の招待客は何時の間にか会場からは消え去っていた。エドワード王子達は興奮して気が付かなかったようだ。
そして入れ替わるように迷彩柄の軍装を纏った兵士達が銃を持って会場内に突撃して来て王子達に銃の狙いをつける。それとは別に別働隊である狙撃班の準備はパーティーが始まる前に整っていた。狙撃兵にはAE‐47開発過程で出来上がった副産物であるレミントンM700ぽいボルトアクション・ライフルを持たせて常に王子達を御一行を照準に捉えてある。
兵士達はこの日のために鍛えた特殊部隊だ。数々の機密軍事作戦を
「よし、お前達エカチェリーナを捕らえろ!」
エドワード王子は兵士達をどうやら近衛兵と勘違いしたようだ。もちろん命令系統が違うので兵士達は微動だにしない。そもそも銃を見たこともないエドワードには銃を向けられている意味もわからなかった。
「何をやっている!王子が命令しているのだ!早くしろ!」
「おーほほほほほほほほほっ」
「エカチェリーナ!何がおかしい?気でも狂ったか!?」
エカチェリーナは口元を扇子で隠しながら高笑いをすると王子を一睨みして言い放つ。
「これは
「なっ、なんだと!?バカを言うなっ!!」
エドワード王子は怒り心頭で顔が真っ赤だ。側近達も想像外の事態のようで動揺を隠せないでいる。
「殿下、今回の企みはすべてお見通しということですよ。もちろん陛下にも御裁可頂いております」
「何?父上もだと!?そんな訳があるはずがない!嘘を言うな!」
「分からないならお教えしましょう。殿下は外患罪に問われています」
「外患罪だと!?王族である私がそんな事をするはずは無いだろう!私は無実だ!」
「まぁ、何も知らないようですね。あなたのマリー嬢は何やら知っていそうですよ?」
エカチェリーナはマリーを見ながら言う。
「まぁ、私にはなんのことやら?何かのお間違いでは?エカチェリーナ様」
「おほほほ。流石に肝が座っていますね。では証拠をお見せしましょう」
そこにマリーの養父であるイモー男爵が連れられてくる。手や足には枷が嵌められて如何にも罪人の扱いだ。
「イモー男爵はすべて白状しましたよ。貴女がフランチェスカ王国の工作員であるということを」
「イモー!貴様!」
マリーはスカートの奥からナイフを取り出そうとしたので即座に狙撃兵がマリーの手と足を撃ち抜いた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
撃たれたマリーは痛みでのた打ち回る。
「マリーには大人しくなって貰った所で説明致しましょう。このマリーは今言ったようにフランチェスカ王国の工作員です。イモー男爵はフランチェスカ王国へ出向いた時にハニートラップに掛かって弱みを握られたようです。後はお決まりの筋書きですね。フランチェスカの言いなりとなり工作員を養女と迎え入れて貴族学院に潜入させたのです」
フランチェスカ王国とはエカチェリーナ達の国であるブリタニア王国がある島の東側にある狭い海峡を挟んだ大陸にある国である。
隣国とは仲良くせよという人も居るが隣国というのは常に利権がぶつかり合うし軍事力もすぐに相手に届く。常に表と裏で戦いが繰り広げられるのも隣国ならではの話ではある。右手で握手しながら左手にナイフを隠し持つなんてことは日常茶飯事である。
これが遠い国同士なら戦争しようとしても戦力を遠方に投射するのも難しく国境も接していないので利権も衝突すらしないので喧嘩すらならないものだ。
話を元に戻すとエカチェリーナが裏社会を掌握した時に、とある孤児院に不自然な資金の流れをエカチェリーナは見つけた。ごく一般的な孤児院なのに他の孤児院と比べても流れ込む資金量が桁違いに違う。その資金の流れを密かに調べさせた所、フランチェスカ王国の諜報機関の隠れ蓑となっている商会に辿り着いた。
そこで孤児院を内偵させた所、判明したのは孤児院はフランチェスカ王国の工作員養成機関だということだった。マリーはその孤児院出身であり孤児院を出た後はフランチェスカ王国工作員として働いていた。もちろんマリーの名前を見つけた時点でエカチェリーナはマリーを密かに監視対象にしていた。
ゲーム知識によりマリーがイモー男爵の養女になることは判明していたのでエカチェリーナはイモー男爵にも密偵を潜り込ませていた。マリーが養女となったことですべての点がつながったのだ。
今回の作戦が発動する前には関係各所には根回し済み。既に国王でさえエカチェリーナの
「喜んで!」と、跪いて陛下に言われた時には「どこの居酒屋だよ」とエカチェリーナは思ったが口に出さないほどの分別はあった。その後にどさくさに紛れてエカチェリーナの靴を陛下が舐めようとしたので蹴り倒してやったら気味が悪いほど喜んでいてドン引きしたのだった。
オペレーション・アルファ発動と同時に孤児院を始めとした関係各所や関係者はエカチェリーナの特殊部隊を使ってすべて制圧粛清済みである。
エドワード王子は急激な事態の変化に付いて行けず呆然としながら聞いていた。
「そして、ご存知のようにマリーは殿下の周囲に取り入り側近達をまず手玉に取りました。そして王子に接近して王子を誑し込んだというわけです。もちろんフランチェスカとの遣り取りした機密暗号文書もすべて押さえてありますわ。殿下、何か質問は?」
「うっ、嘘だろ?嘘だと言ってよ、マリー!」
「……、まだ気が付かないとは本当にバカ王子ですわ。計画は台無しよ!」
そう言うとマリーは口内に仕込んであった毒薬を飲んで自害した。兵士が直ぐに毒を吐かせようとしたが即効性の毒のため間に合わなかった。
「さて、工作員の方は片付きましたが、あなた方の処遇は終わっていません」とエカチェリーナは戦々恐々とするエドワード王子とその側近達を見渡すとピエールが一歩出て懇願するように叫んだ。
「姉上!私は騙されていただけです!助けてください!」
「ピエールを黙らせなさい」エカチェリーナは冷徹な目で弟を見やると当然のように見限った。事が起こる前にモイセーエフ公爵である父からも内々で弟は絶縁されている。モイセーエフ公爵の跡継ぎは二番目の弟が自動的に継ぐことになった。
兵士がピエールを取り押さえて猿轡を噛ませた上で手足を縛って乱雑に床に転がした。姉は裏切った弟には容赦なかった。
エカチェリーナは胸元から羊皮紙を取り出しながらエドワード王子達に宣告する。
「私には陛下から今回の件に関しては勅命が下っています。外患罪は如何なる理由があろうとも死罪と……」
エカチェリーナがニコリと微笑みながら勅命が記された羊皮紙を見せた。陛下の署名に
「殿下には私が自ら手を下して差し上げましょう。最近はすっかり没交渉とは言え一応婚約者でしたもの。殿下は世間的には病死として発表されますのでご心配なく」
エカチェリーナは兵士からAE‐47小銃を受け取ると震えてブツブツ言いながら股間を濡らしているエドワード王子の眉間に狙いをつける。
「グッバイ、婚約者さん」
銃声が大広間に反響すると頭蓋骨を撃ち抜かれたエドワード王子は吹き飛ばされるように後ろに倒れた。少しだけドレスの裾に返り血を浴びたエカチェリーナだったが、深い真紅のドレスでは血痕は目立つことはなかったがエカチェリーナは折角の特注ドレスが台無しだと思っただけであった。この日のために誂えたドレスはこの後ゴミ箱に直行である。
「アルファ作戦終了!総員速やかに撤収せよ!」
こうして悪役令嬢は以後『ブラッディ・ローズ』と恐れられる影の女帝としてブリタニア王国に影から君臨するのであった。
【終】
あなたはまだ本当の悪役令嬢を知らない 椎乃律歌 @shiino_rikka
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