一つ願いが叶うなら
泡盛もろみ
赤い糸
第1話 赤い糸 - 1
ジリリリリリリリ
朝7時を告げる目覚ましの鳴る音で目が覚める。昨今では珍しいベルの鳴る昔ながらのピンク色の目覚まし。小学生の頃から使っていて、二つのベルの間を金槌状のパーツが激しく往復する姿が可愛くて気に入っている。
さて、今日も高校に行かなくては。嫌々ながら覚悟を決めてくるまっていた毛布からもぞもぞと這い出す。ベッドから少し離れた位置に置いた目覚ましを止めると一度鏡を覗き、目の周りが腫れていないことを確認する。
「よし。」
一言気合いを入れてドアへと向かい、部屋を出て左手の階段を目指し歩く。
その足音が聞こえたのか、母親が早く顔を洗えだの早くご飯を食べてしまえだの催促の声をあげる。半年ほど前から少し怒りやすくなった母親を刺激しないよう、スムーズに朝の支度を済ませリビングに向かい朝の挨拶をする。
「おはよう」
しかし返事はない。母親も父親もそこにいるのだが、母親は台所で忙しくしており、父親は新聞を読みながらコーヒーを飲む。挨拶くらいすればいいのに。
誰も見ていないのだから消せばいいのにTVは朝の報道番組を流している。見向きもされないTVを可哀想に思ったわけでもないが、すでにテーブルに並んだご飯を食べる間暇なのでそれを眺めることにする。
「あの異常現象が始まってから、今日で半年になります。混乱の続く国民を他所に、政府は自然現象の一種である、専門家に任せるなどと無責任な発言を続けております。街の声は...」
画面には【突如現れた"赤い糸"】【運命の相手?それとも...】などと、こちらも無責任な煽りが表示されており見ていて呆れる内容だが、チャンネルを変えると母親が怒るために我慢して見続ける。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
父親が誰にともなく…いや、おそらく母親に聞こえるようにだろう、ポツリと呟く。それが聞こえた母親はジロリと父親の方を睨むが、何を言うこともなくまた台所仕事へと戻る。
母親が不機嫌な理由はこれだ。 "赤い糸"。
半年前、世界に突然"赤い糸"が出現した。出現したという表現が正しいかはわからない。もともとあったが見えていなかっただけなのか、その時突然現れたのかは不明だ。とにかく、多くの人の左手小指に"赤い糸"が現れた。
"赤い糸"と言えばギリシャ神話、太平広記、およびそこから発展した"運命の相手"という話が浮かぶが、果たして今見えている"赤い糸"がそれなのかどうかもわからない。もしそうなら、左手小指というのは日本だけと言われているので、これが誰かの意図した現象であれば原因は日本人だろうとも言われている。
そして、『多くの』と述べた通り全人類に付いているわけではない。
私には付いていない。
私も年頃のJKとしては自分に"糸"がないことを悲観してキャーキャーと騒ぎたいところだったのだが、そんなことより重い、重すぎる、父親の"糸"が母親とは別の女性と繋がっていると言う家庭の問題が同時に発生してしまったためにこの話題は全く面白みのないものとなってしまった。
母親の"糸"も他の人と繋がっているくせに、母親は父親だけを責め、父親が弁明すればヒステリックに怒り、最後には泣いて手がつけられなくなる。何度かそういったやりとりを見せられた私がうんざりしているのを気にしてか、父親はその日以降残業を控えて家庭の時間を大切にしはじめた。その当時はまだ父親は私には優しかった。しかし、母親に言わせれば父親のそういう行動は「浮気がバレてやめたからだ」ということになったらしく家庭内は余計に険悪なムードになってしまった。
責められ続け余裕のなくなった父親もついには
「母さんこそ自分が浮気しているからそんなに必死に僕を責めるんじゃないのか。」
と言い出してしまい、今の冷え切った家庭に至る。
毎晩私が自分の部屋で勉強している間にも夫婦喧嘩の声が聞こえる。半年前には楽しかった我が家が今ではなるべく身を置きたくない場所に変貌してしまった。たまにあの頃が懐かしくて寝る前に泣いてしまうことがある。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
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