No,37
「護衛はその辺に居るけど一応気を付けてな」
「……何を?」
「突然撃たれたりするかも?」
「どう気を付ければ良いんですか?」
確かにその通りなので柊人は苦笑して誤魔化した。
2人はパリの市街地を歩きながら、一応観光として凱旋門とエッフェルとを見ることにした。本当はもっとのんびりして観光をしたいが、この後のスケジュールが何故かキツキツなのだ。
アメリカ大統領御一行はフランスで2泊するらしい。
つまり今日から明日までに仕事を終えなければいけない。
「仕事って?」
「CIAが紐付けしているはずだから見つかると思ったんだけどな」
「……スパイですか?」
夏のちょっとした家族旅行は、知らない間にハリウッドばりのシナリオだったらしい。
亜子はギュッと夫の腕に抱き付いて、必死に何かを訴える。
少し楽し気に頬を緩ませ柊人は口を開いた。
「人探しだ」
「人ですか」
「そう。俺の叔父さん」
「……」
話しに聞いていたが一度も逢ったことの無い人物である。
彼の"家族"とは違い、本当の意味での家族だ。唯一の肉親だ。
慌てて夫から手を外し、亜子は自分の格好を確認した。
大丈夫のはずだ。姉も『可愛いわよ』と言ってくれた。16なのにそれはどうかと思ったが、日本人はとにかく幼く見られる傾向があるから仕方ないらしい。
「大丈夫です。ちゃんと挨拶しますから」
「ごめん。意気込んでいる所に水を差すが」
「はい?」
「うちの叔父はかなり狂ってるから」
「……」
甥に狂っていると言われるのは叔父としてどうなんだろう?
そんなことを思いながらも亜子は気持ちを立て直す。
狂っていても相手は夫の叔父だ。つまり自分の叔父だ。やはり変な格好は出来ない。
「大丈夫です。どんなに狂っていても笑顔で乗り切ります!」
「君のその暴走気味な感情は、叔父の相手をするのには必要かもな」
呆れながらも柊人たちはまず凱旋門に向かった。
「思っていたより普通ですね」
「だよな。でも50mはあるから昔は大きな建造物だったんだろうな」
映像で見た凱旋門は凄く大きく感じたのだが、実物は普通に見えた。
確かに大きいけど、もっと大きな建物を想像していた。
「それだけ日本は大きな建物が増えたと言うことだ」
「ですね」
「分かりやすく言うと、ゴ〇ラは回数が増えるごとに巨大化したしな」
「建物に合わせたってことですか?」
「そう言うことだな」
確かに大怪獣が建物に埋もれてしまっては情けない。
「こうして観光しに来てるんだから雰囲気を楽しめば良いんじゃないかな?」
「ですね」
ならばと夫の腕に抱き付いて恋人気分を満喫する。
いつも通りに苦笑する彼だが、ふと足を止めて亜子に『あっち』と言って視線を向けさせる。
顔を動かすと、建物の影に隠れた見覚えのある巨躯のマッチョが手を振っていた。
「カメラマンしてくれるってさ」
「そうですか」
だったらとギュッと夫の腕に抱き付いて確りと撮って貰う。
しばらくそのままで居たらカメラマンが親指を立てたから腕を離す。
「写真とか貰えますか?」
「ああ。たぶんあとで纏めて届くだろう」
「ですか」
なら満足だ。
軽く見てから次のエッフェル塔に移動し、こちらでも撮影して貰う。
旅の恥は搔き捨てとばかりに柊人の腕に抱き付いての撮影だ。
護衛のマイクたちに見られるのは恥ずかしいが、何処に行っても付いて来るらしいから諦めるしかない。
と、亜子は自分のスマホが揺れた。
『シュウトと楽しんでるわね。そのまま押し倒しなさい』
送られて来た姉からのメッセージに亜子の思考は緊急停止した。
どうして……と思うよりも先に柊人の顔を見る。彼はいつも通りに楽しそうに笑っていた。
「リアルタイムで家族全員に送られてるに決まっているだろう? 母さんなんて最近は、亜子の日常を流し見しながら仕事をしているとか言ってたぞ?」
「わたしのプライバシーって!」
「あの家族にそんな物が存在していると思ったのか?」
「はうっ!」
胸を押さえて亜子は苦しむ。
確かにその通りだ。無駄に権力と財力を持つ人たちに囲まれていて……完全に自分のミスだ。
「消去を求めます!」
「諦めろ。たぶん兄さん辺りが永久保存用にどこかのサーバーに落としているはずだ。それを消すとなるとプロのハッカーでも頼まないとな」
「ふなぁ~!」
エッフェル塔のたもとで亜子は頭を抱えて悶絶することになった。
「……」
泣きそうだった。
ベンチに腰を掛け、亜子はパリの風を浴びつつ絶望に浸っていた。
夫である彼は何か軽い物を買いに向かってしまい、亜子は1人で待っていた。
全員に見られるのは想定していなかった。
だったらもう少し控えめにして……結局変わらない事実に気づく。
「ふむ。少女よ? 何故このような場所で肩を落としているのかね?」
「はい?」
顔を上げたら変わった人が居た。
ちょび髭に片眼鏡でシルクハットをかぶった紳士だ。時代錯誤も甚だしい。
「えっと……人を待ってて」
「ふむ。人を待っていて肩を落とすとは、喧嘩でもしたのかね?」
「喧嘩はしてないです。少し旅行で張り切り過ぎたと言うか、はっちゃけ過ぎたと言うか……そんな自分の姿を目の当たりにして後悔している感じです」
「ふむ。若いうちは後悔と苦労は面倒でもするべきである」
「苦労だけなら人並み以上にしていると思いますが」
自分の苦労自慢ならそこそこだと亜子は思っていた。
ただ最近は幸せと、苦労が両極端でパンクしそうだけれど。
「それで貴方は?」
「ふむ。あれはいつもながらに説明を先送りにするな」
「はい?」
苦笑し顔を向けて来た紳士然の彼は、何処か誰かの面影を感じた。
「私の名は
『あっ狂った叔父さんだ』と亜子は何故かすんなり納得した。
(C) 甲斐八雲
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