No,28
「そんな気はしてましたよっ!」
「だろうな。俺も亜子の荷物を発見してそんな気分になってたよ」
二度目の絶叫に相手も慣れたものだった。
ツインベッドの部屋だからまだセーフとも言えなくも無いが、亜子は早々にベッドに横になっている彼を見て何とも言えない気分になる。
着替えを取りに来た時に感じた違和感の正体がこれだ。見覚えのあるバック……柊人の物を見てもっと早くに気づくべきだったのだ。
それにしても、どうして彼はここまでされても動じないのか? 自分ばかり慌てているのが恥ずかしくなって来た。
空いているベッドに腰かけ亜子は横になっている彼を見る。
「柊人さん」
「ん?」
「どうしますか? 先生に言って部屋の移動をして貰いますか?」
「敵はあのクリスだぞ? 今頃酒でも振る舞って潰している可能性すらあるよ」
不思議と納得した。あの姉ならやりかねない。
「ってあの人はわたしたちに何をさせたいんですかっ!」
「R18なエロいことじゃないの?」
「……」
「まあ普段から一緒に暮らしているのに、こんなことをされても突然そんなことをするとか思っているクリスの頭の中がお花畑な気もするけどな」
亜子は何も言えずギュッと膝の上で両手を握った。
彼の言う通りだとすると、自分の頭の中もお花畑になってしまっているからだ。
「なら柊人さんは特別に意識とかしないんですか?」
「ん?」
スマホを操作していた彼がその目を亜子に向ける。
寝間着代わりに学校のジャージを着ている彼女は、ある意味いつも通りだ。
「いつも通りの亜子を見て動じるようだったら、俺は毎晩君を襲っていることだろうよ」
「……」
「何より俺はお爺ちゃんだから、亜子を襲うほどの体力もございません。亜子に襲われるならそう言う可能性もあるけどな」
「……」
ブルブルと亜子は頭を左右に振った。
何かを追い払うかのように。
彼女がそんなことをするような子では無いと信じている柊人は、小さく笑いまた視線をスマホへと戻す。
だが顔を真っ赤にした亜子は……一瞬、『その手があった』と思い慌てて頭を振っただけなのだ。それは良い。機会があれば、では無く意識しないことにする。
「あの……柊人さん」
「ん?」
「わたしってそんなに魅力はありませんか?」
「あるよ。十分に」
「……」
「普通に誘えば大半の男性は釣れるんじゃないかな?」
『だったら何故?』が最初の気持ちだった。
魅力はあっても手出しされないのは、自分では無くて彼の方に問題があると言うことだ。
やはりマイアミ沖で色々な物を捨て過ぎたのだろうか? 具体的には性欲とかをだ。
「逆に質問するけど良いか?」
スマホの画面を消して座り直した柊人は、正面から亜子を見る。
「君は俺に襲われたいの?」
「……」
「たとえそれが仮の夫婦でも犯罪だろう?」
「ですね」
苦笑して亜子は何とも言えない表情を彼に向けた。
「ならわたしが『好きにしてください』って言ったら?」
「しばらく考えるな。でも手は出さないんじゃないか?」
「どうして?」
「俺って基本契約重視の人間なのよ」
確かに彼は何かあれば『契約』という単語を口にする。
糸口が見えた気がした。しいて言えば攻略の道筋だ。
「だったら……契約の変更をしても良いですか?」
「良いけど無茶な話なら契約自体を見直すよ?」
「無茶じゃないはずです」
一度言葉を止めて胸いっぱいに空気を吸い込む。
それでも何故か胸が苦しくて息苦しい。
覚悟を決めて亜子は口を開いた。
「今のままで……わたしは貴方の恋人になりたいです」
告げて一度息を吐く。
「優しくて思いやりのある貴方が大好きです。だからわたしは貴方の本当の彼女になりたいです」
「……旅の恥は搔き捨てか?」
「何とでも言ってください」
覚悟を決めて言った言葉を茶化され亜子は頬を膨らませる。
柊人は何度か頭を掻くと、数度頷いた。
「OK ならこっちも契約に追加条項だ」
「はい?」
立ち上がった彼は亜子の前に来てその手を頬に当てる。
感じる相手の手の温もり以上に亜子の頬は熱くなった。
真っすぐ見つめられ……柊人の顔が近づく。その距離がゼロとなり、唇に温もりを得ながら亜子はその目を見開き驚いた。
短いのか長いのか分からない時を得て彼がゆっくりと離れる。
ぽ~っとする頭でただただ亜子は彼を見つめた。
「こっちが追加する項目は、『卒業するまでエロいことはしない』だ。何よりここには避妊具なんて無いしな」
「……」
『だったら買いに行って来ます』の言葉を亜子は飲み込んだ。彼の言葉は終わっていない。
「それに助けられたクラスメートに恋して結婚とか物語過ぎるだろう? 亜子はもっと良い人と出会えるかもしれないしな。だから卒業するまでは夫婦をしながら恋人でも良いさ。ただし卒業したら一度考え直して欲しいんだ」
「何をですか?」
「爆弾を抱えている俺とずっと一緒に過ごす意味かな? 下手をしたら数年後には寝たきりの可能性だってゼロじゃない。ずっと介護をしながら生きる気か?」
「はい」
迷いは無かった。だから亜子は即答した。
「まだ朧気ですけど、高校を出たら介護のことを学ぼうかと思ってるんです。だから安心して寝たきりになって下さい」
「それもどうかと」
「平気です。柊人さんの貯金はいっぱいありますし、それにお兄さんが何かあったら『人工授精で子供の方はどうにかなるように手配する』って約束してくれてます」
「誰と何て約束してるんだよ」
心底呆れて柊人はベッドに越し掛けた。
自分も裏で色々とするタイプだが、それにも負けないぐらいに彼女も暗躍していたのだ。
「だから安心して寝たきりになって下さい」
「暴走してるぞ」
「……」
「まっ何にしろ、最初の契約通り卒業するまでは契約夫婦のままだ。一応本当の関係は恋人らしいけど」
「分かりました」
2人はそれぞれのベッドに横になると部屋の明かりを消した。
ただ亜子は悶々とした気持ちを抑えられずに口を開いた。
「柊人さん。どうしてそこまで頑なにわたしに手を出さないんですか?」
「……」
返事は無い。どうやら相手は寝ているようだ。
ため息を吐いて亜子は目を閉じ……ぐっすりと眠る。
しばらくして体を起こした柊人は、寝ている亜子の横顔を見つめた。
「お前に溺れたら大変だからだよ」
柊人の本心はそれだった。
(C) 甲斐八雲
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