No,25
また新幹線だ。
結婚するまでに乗ったのは、中学の広島へ行く修学旅行の時だけだ。
そんなことを考えながら窓の外を見る。
出来るだけ隣を意識したくないからだ。
隣りにはクラスメートが気を遣ってくれて柊人が座っている。
別に彼の横が嫌な訳ではない。ただ時折通路を行き交う男女の視線がこちらを向いては、ニマニマと笑いかけて来るから恥ずかしさが止まらないのだ。
柊人は普段通りタブレットPCを操作するか寝るかの二択だ。
全く動じないその神経が羨ましい。
「柊人さん」
「ん?」
「さっきから何を検索しているんですか?」
「ん~」
画面を触っていた彼がスッとタブレットPCを横に動かして来る。
軽く相手に身を寄せて覗き込むと……納得した。
「こんな報告聞いてませんけど?」
「あれが素直に手の内を晒すものか」
「ですね」
画面には、とある映画の撮影が終わったことが載っていた。
ただ人が演じる部分のみで、これから映像の加工などが始まり映画として上映されるのは1年も2年も先のことになる。
「それでクリスさんは今?」
「普通なら撮影が終わればどこかの保養地で休暇だな」
「その保養地って?」
「あれの気分次第だ」
タブレットを自分の膝の上に戻した柊人は、急いで検索を始める。
絶対に目立つ彼女が極秘に来日するとか不可能なのだ。
だがどれほど検索しても尻尾が掴めない。
「日本には居ないな」
「ですか」
「良かったろ?」
「ん~」
軽く首を傾げ亜子はまだ柊人の腕に体を預けていたことに気づいて、ゆっくりと自然な動きで引き剥がした。
「クリスさんの京都観光の相手を務めるとか拷問ですね。だから出来れば来てない方が良いです」
「だよな。俺もそう思う」
「hello~」
「「……」」
確りと変装をした赤毛の外人に声をかけられ、京都駅で柊人と亜子は何も言えない表情を作った。
顔にはそばかすを浮かべ、赤い髪は染めたのだろうか? 何となく『赤毛のアン』を彷彿させる彼女は、目立たない地味な服装をしていた。
むんずと姉の首根っこを捕まえた柊人は、そのまま隅へと移動して行く。
『どうやって来た?』
『プライベートジェットを買ったのよ。それで関西に直入り』
『無駄に贅沢しやがって……』
『これでもハリウッドでは名の知れた女優よ? それにお金なんてお母様のお陰で増える一方だし』
『……』
何とも言えずに頭を掻くと、柊人はこちらを見ている亜子を手招きした。
「何でしょうか?」
「とりあえずこっちを見てる先生に言い訳して来るから、これの子守をお願い」
『誰が子供ですって?』
『行動がだよ』
英語と日本語を瞬時に切り替え、柊人はため息交じりに教師の下へと向かう。
それを見送った亜子は……ガシッと姉に腕を掴まれた。
「京都って初めてなのよね」
「そうですか」
「だから確りと案内しなさい」
「……はい」
逆らえないと分かっているから素直に応じる。
柊人もどうにか教師を説得したらしく、一緒での行動が許されることとなった。
「クラス単位の移動じゃなくて本当に助かったよな」
「ですね」
タクシーの後部座席、柊人とクリスに挟まれる格好の亜子はそう告げると同時に姉の手によってわき腹を抓られた。
「私が邪魔者の様に聞こえるんだけど?」
「……」
「聞こえると言うのは自覚があるってことだ」
ノーコメントだったのに彼の言葉でまた抓られる。不条理だ。
「別に良いじゃないの。どうせシュウトのことだから、観光なんてしないでさっさと宿に行って寝て過ごそうとか考えてたんでしょ?」
「失礼な。それだと亜子に悪いから京都タワーぐらい寄る予定だった」
言われてクリスはスマホでそれを確認する。
駅前だった。ビックリするぐらいに駅前だ。
『少しはアコに優しくしてあげなさい。毎日色々として貰っているんでしょう?』
『そう言う契約だしな』
『そんな態度だと少しずつご飯に毒とか盛られるわよ?』
『どんなサスペンスだよ』
『今度のテレビドラマでそんな女をするかもしれないの』
『お~怖い』
怯えて見せる柊人に英語の会話だったので内容の理解出来なかった亜子は、慌ててクリスを見る。
何故か彼女は勝ち誇った感じの笑みを浮かべていた。
「まずは観光よ」
「ねえアコ」
「はい」
「あっちは金色だったのに、どうしてこっちは原色なままなの?」
「……」
金閣寺から銀閣寺へ移動し、最初にぶつけられた質問がそれだ。
クリス的には銀閣寺も銀色でなければおかしいと思っているらしい。
言われてみると亜子もそう思う。看板に偽りありだ。何処に訴えれば良いのか?
「諸説あるけど聞くか?」
「簡単な日本語でね」
「はいよ」
どこを観光して回ったかの証拠を撮影していた柊人がスマホをしまう。
「金持ちがすげーの作ったから、『自分だってあれぐらい作れる!』と見栄を張った貧乏人が途中で力尽きたのがこれらしいぞ」
「良く聞く残念な話ね」
亜子の気持ちをクリスが代弁してくれたから良しとする。
「なら次は三十三間堂よ」
「もう少し効率よく回れって」
「知らないわよ。私は行きたい所に行くの!」
先頭を切って歩き出した姉に呆れつつ、終始疲れた感じを見せている亜子の手を掴み柊人も歩き出した。
「頑張れ亜子。あれの相手は君の仕事だ」
「……はい」
握られた手を見つめ、亜子はその頬を真っ赤に染めた。
(C) 甲斐八雲
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