No,24
『良かったじゃないの? 気持ちを伝えられて』
「物凄く恥ずかしかったです」
『大丈夫よ。恥ずかしいだなんて何度か体験してれば感覚が薄れるわ』
「わたしは普通で居たいです」
たまに電話して来る姉に先日あった出来事を報告したら、彼女の第一声は『で、やったの?』だった。
Fで始まるスラング用語を口にし、電話越しに喧嘩をしてから……いつも通りに頼りになる姉に相談する時間となっていた。
『シュウトは恋愛感情が不明だから……まあ頑張りなさい』
「それってアドバイスですか?」
『ええ。それとお兄様に聞いたけど、不能にはなっていないはずだから使えるはずだって』
「今度日本に来たら納豆オクララーメンを食べさせる」
『……悪魔ね。なんて酷い料理を』
電話越しに姉に『うえっ』と言わせたから亜子は満足した。
『でも好きならその気持ちを伝えて行くしかないわよ。日本人はその辺りが奥手とか聞くから本当に頑張りなさい。シュウトの思考は欧米寄りだから』
「そうですね」
つまり恥を忍んで今後は告白して行くしかないらしい。夫婦なのにだ。
『頑張りなさい。そろそろ撮影だから』
「はい」
ブツッと切れて、亜子は何となくスマホの画面を眺めた。
そのまま横倒しでベッドに転がり、亜子は机の上の小箱を見た。
結婚指輪を収めた箱だ。
立ち上がりその箱を手にして蓋を開く。
プラチナのリングの中央にはピンク色のダイヤが納まっている。
可愛らしくてつけるのが怖いくらいだが、亜子はそっと左手の薬指にそれをはめてみる。
自然と吸い付くようにぴったりと収まった。
「ん~。ん~!」
唸ってベッドに飛び乗りコロコロと転がる。
やはり色々な感情が渦巻いて来て、亜子は意味も無く腹筋などをしていた。
普通に学校に来ていれば特にイベントなどは起きない。
学校行事で男女の仲が詰まることはあるが、書類上はその距離0の関係であるから……亜子としては色々と複雑にはなる。
だから昼食でいつも通り2人でお弁当を食べるぐらいだ。ただ最近は遠巻きで観察していたクラスメートから声をかけられるようになって来た。
元々柊人は気さくな人間だ。誰が声をかけて来ても気後れせずに対応する。
そう考えると自分の方がダメダメで気が萎えるくらいだ。それでも女子たちからお弁当のおかずについての質問を受けるので作り方ばかり教えている。
そのお蔭で少しずつだがクラスに馴染んで来たような気もする。
「修学旅行?」
「何故そんな気の抜けた声を出す? 親友よ?」
「お爺ちゃんはのんびり縁側で茶を啜る旅行で良いよ」
「どんな旅行だよ? そもそもそれは旅行じゃないだろ?」
いつもながら夫である彼が気の抜けた会話をしていた。
「そもそもこの時期だっけ?」
「この学校は向かう場所で行く時期が変わるんだとさ」
「それでこの時期か」
納得したらしい柊人が怠そうに机の上に頭を預ける。
「休んだらどうなる?」
「授業に関係無く欠席扱いだな」
「俺の一番痛い所を」
体のこともあって欠席が多い柊人には『欠席』が一番辛い。
「仕方ない。行くか」
「休む気だったのかよ?」
「回避できるならば行きたくはない」
「左様け」
やれやれとアメリカ人のように肩を竦める友人に、柊人はそもそもの質問をした。
「で、何処に行くんだ?」
「ああ。今年は……」
「京都に行って何を学べばよいのでしょうか?」
「それな。昔から思うんだけど……神社仏閣を外から見ても建築の勉強をしている人間以外は何も得ないよな」
修学旅行に備えて買い物に来た2人は、カートを押しながら食料品の買い物へと移行していた。
制服で移動するので服を買う必要も無く、買うのは下着ぐらいだ。
ただ亜子にはアメリカの姉の企業から最新の下着が山のように届く。普通の物から誰かを誘惑するようにという思惑が見える決して外では見せられない下着などもだ。
今回購入したのはちょっとした小物ぐらいだ。
カートを押して野菜をカゴに入れ、次いで鮮魚コーナーに向かう。
「柊人さん」
「ん?」
「京都で世界的に有名な人とかに会う様な事態になったりしないですよね?」
「そこを疑うようになるとは……クリスにでも言われたか?」
「経験からですね」
『あはは』と空笑いをし、亜子はアジの開きをカゴに入れる。
「GWは強制イベントであれだけの人たちに会いましたから」
「まあな。ただしあれはレアケースだ。毎度あれだったら俺の体がもたない」
「ですよね」
精肉コーナーで亜子たちは足を止めた。
ハンバーグと餃子で意見が分かれたからだ。
結局作る人の意見が採用されて今夜はハンバーグになった。
「餃子は餡を包む作業があるから土日なら作りますけど」
「ん~。週末に餃子が食べたいって気分だったらお願い」
「一番困るお願いですよね」
またカートを押してレジへと向かう。
亜子は自分の財布から家族用のクレジットカードを取り出しそれで支払いを済ませる。
「ポイントカードとか凄い量だな」
「はい。節約ってこうした物の積み重ねなんですよ」
「何か済みません。その手のことに無頓着で」
頭を下げて来る彼に笑いかけ、亜子たちはいつも通りスーパーを出た。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます