八話 天才軍師は斯く語りき 稲葉山城狂詩曲 終編

稲葉山城狂詩曲(1)

 日の出と同時に、濃姫は宿屋に泊まっている事を一切考慮せずに、全員を叩き起こそうとする。

 頭上で叩き鳴らされようとする鍋を、夏美は寸前で止める。


「忍者に、そんな手段は通用しません」


 同室の月乃とバルバラも、シャキーンと起きる。

 月乃は、更紗が天井にも張り付いていない事を確認し、男部屋の襖を開ける。

 藤吉郎が「む〜ん」と、光秀が「ふ〜む」と布団から起き上がる真ん中で、半蔵が更紗を簀巻きにしていた。


「昨夜の分を、朝に回しただけじゃなイカ」


 更紗の言い訳を相手にせず、半蔵は嗅覚を拡げる。


「赤味噌?」


 出浦盛清が、全員分の朝食を配膳し始める。


「自分だけ、土産なしの相乗りなので」


 白飯・味噌汁(赤味噌・ネギ)・芋煮・大根の漬物・を一セットにした朝食の膳を、盛清は一人で準備していた。

 誰にも気付かれずに。


「手裏剣を投げてくれただけで、構わないよ」


 出浦盛清が、心外そうに半蔵を軽く睨む。


「背中を向けた落ち武者に一投しただけだ。釣り合わない」


 出浦盛清の価値観では、チンピラ武士の命は味噌汁より軽い。



 朝飯を食って身支度を整えるや、濃姫はとっとと稲葉山城へ向かう。


「予約した面談時刻は、未の刻(午後一時)ですよ」

「つまり、早く行けば自由時間がたっぷり余るっって事でしょ」


 光秀のクレームは、濃姫に機能しない。

 まだ午前七時にも達していないが、濃姫は一同を急かす。


「山の上にある二月の城をナメるなよ。霧が出る朝には、登城者が道に迷って遭難する事も…」

「今朝は、朝から快晴です」


 夏美のツッコミに、濃姫は馬上で駄々をこねる。


「いいぃんだよ、細かい事はっっ!! 早くお城に着きたいの! 着きたぁいのぉ!! 着ぅぅきぃぃたぁぁいぃぃのぉぉぉぉ!!!!」


 濃姫にとって、幼少の頃に育った実家である。


「父上が他人に作らせてから、そいつを追い出してまんまと押収した、良い城なのだ」

「濃姫様。その情報は、自慢には…」


 濃姫はツッコミ入れようとする夏美の横に馬を付け、左乳房に指鉄砲を連打する。


「父上の武勇伝にツッコミを入れるな、乳首ブルーめがっ! 非業の死を遂げた偉人の功績にまでツッコミ入れようとしやがって! そんな空気を読まない忍者だから、乳首ブルーって全国区で呼ばれるのだ! 次に父上にツッコミ入れたら、その乳首に鼻くそ付けてやるから覚悟しろ、ごらぁ!」


 夏美は、濃姫のハイテンションに怯んでツッコミを控える。

 稲葉山城への山道入り口の関所を濃姫の顔パスで抜け、一行はサクサク進む。

 標高三百メートルの山頂に建つ城へと続く山道なのに、城門へと近付く程に、濃姫は馬の速度上げる。

 護衛が遅れる訳にはいかないので、半蔵達も馬の速度を上げる。

 距離としてはそれ程でもないが、半蔵はこの旅路で一番緊張感を覚えた。

 何事もなく城門を潜ると、濃姫は大音声で叫ぶ。


「稲葉山城よ! 帰蝶は帰って来た!」




 次の日。

 木下藤吉郎&濃姫with服部半蔵一家が、行きと同じ人数で小牧山城に戻って来たと聞かされたので、信長はてっきり失敗に終わったのだと思い込んだ。


(払いが一千貫で済むか)


 セコい損得勘定をしていると、やや疲れている濃姫が顔を見せる。


「どうした?!」


 信長が、駆け寄って倒れそうな正室を抱き抱えて問い質す。


「難しい話を一遍に聞いてしまって、疲れた」

「なんだ、知恵熱か」


 信長が、小姓に濃姫をワンバウンドパスする。

 後続の藤吉郎が、半蔵より前に出て、信長に帰還の挨拶をと顔を上げる。

 ドヤ顔を隠していない。

 そこそこ長い主従関係なので、信長は藤吉郎が大成功したと気付く。


「いつ合流する?」

「段取りは、既に付けました」


 木下藤吉郎は、性急な主君に合わせて、ほいほい話を進める。


「八月に稲葉山城を斎藤龍興に返却しますので、好きにお攻め下さいとの事。竹中半兵衛は浅井家に身を寄せて、織田家との同盟をし易いよう、根回しを整えておくとの事」

「六角との戦いが条件か?」

「それと、浅井長政には正室がおりませぬので、婚姻の準備も進めよと」

「進める」

「あと、木下藤吉郎には、竹中半兵衛の主人に相応しい給料を与えてやれと」

「東美濃の城を一つ、くれてやるわ。禄高は、最低でも三百貫!」

「ありがとうございます!」


 言って直ぐ、信長は書状を書いて手渡す。

 まだ合併吸収していない土地を、勝手に譲渡&受領する主従だった。

 獲ったり盗られたりの戦国時代でも、かなり悪どい取引が平然と眼前で行われている。

 誰かがツッコミを入れる前に、半蔵が織田主従を弁護する。


「美濃は、既に前々国主が、全面委譲している物件だから」

「それ、引退した国主のだから、効力が…」


 要らん指摘をしようとする夏美の口に、更紗がシマパンを突っ込んで塞ぐ。

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