稲葉山城狂詩曲(2)

「半蔵様。何で近江の浅井まで巻き込むのかが分からないので、説明台詞をお願いします」


 月乃が目前の極悪主従から皆の関心を逸らそうと、解説を求める。

 半蔵は、月乃の意を汲んで解説を始める。


「織田が美濃を吸収合併したら、朝倉と隣国になって戦になる可能性がある。事前にその隣国の浅井家と同盟を結んでおけば、牽制になる。で、浅井家は六角家に苦しめられているから、織田が攻め滅ぼしてくれるなら喜んで同盟を結ぶと」

「浅井って、迂闊なのですか?」


 夏美の代わりに、バルバラが余計な質問をしてきた。

 半蔵は、織田と波風が立たないように言葉を選ぶ。


「浅井の立ち位置は、今の三河と似ている。周囲の老舗大名たちに喰われまいと必死だ。織田が同盟を申し込めば、成る確率は高い」


 奥方ーズが、『あー、三河の殿様と同じで、ロクな選択肢がないんだ』と納得する。


 一方、極悪主従の家臣の方は、書状を貰ったままフリーズしている。

 書状には、木下藤吉郎秀吉と、名前が勝手に改造されていた。


「殿、殿、この名は…」


 藤吉郎は、マジで感涙する五秒前。今時でいうと、MK5。

 信長は、ドヤ顔で教える。


「幼名、日吉を発展させて、秀吉と名付ける。城と軍師を持つ武将に成るのだ。名も出世せい」


 秀吉は、四つん這いになって大泣きし始める。

 捏ち上げの幼名を憶えてくれていたばかりか、秀吉を既に一角の武将として扱っている。

 秀吉が泣き伏しているので、信長は半蔵に話を振る。


「金は、いつ迄に用意すればいい?」

「竹中半兵衛が秀吉に合流するまで。二、三年以内でお願いします」

「よし」


 話は、それで済んだ。

 信長は席を立ち、美濃攻めを秋から再開する準備を始める。



 濃姫は、半蔵たちと別れを惜しむ。


「すぐに発つのね」


 濃姫は、服部半蔵にはもう、武田信玄が死ぬまで休みが無い事を知っている。


「出浦が仕掛けて来ます。迎撃の準備が出来る場所まで、急ぎます」


 半蔵は濃姫に一礼し、秀吉の前に餞別を置いてから、姿を消す。



「さようなら、帰蝶様。旦那様より長生きして下さいね」


 月乃の含みの有る言い草に、濃姫は苦笑する。


「帰蝶は、ノブと一緒に戦さ場で死ぬよ」

「またまたぁ」


 濃姫は、死に方も寿命も出産経歴も、諸説定まらない。んが、生死に関わらず、信長と共に居たのは確実である。それを疑ったら、歴史娯楽小説は書けない。


 月乃が、消える。


「姉御。シマパンは、手揉みで優しく洗ってね」

「こんなか?」


 更紗の気の利かない別れの言葉に、濃姫はアイアンクローで応える。


「生き延びろよ、更紗」

「姉御もな」


 更紗は、濃姫のプロレス技から霞むように消えた。



「濃姫様。キリスト教に入信したくなったら、是非このバルバラに、ご連絡下さい」

「いや、その気なら直接教会に行くよ」

「マージンを取らせて下さいよ! 大名の正室を入信させると、報奨金が…」

「もう行くぞ、駄教徒」


 夏美がバルバラの首根っこを掴んで、お暇する。


「死ぬのは禁止だ、ビッチども」 


 濃姫は、三日だけ同行した仲間の無事を一応祈ってから、奥に去る。

 


 皆が去ってから、秀吉は顔を上げて目の前の餞別を見てみる。

 瓢箪だ。

 振ると、中から将棋の『金』が出た。


「くっ、つまんねえ洒落を仕込みやがって…」


 猿面の武将は、半蔵のセンスに苦笑する。

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