武田信玄の殺し方(4)

「松平が武田に降ればいいだけなのに。武士の意地は厄介ですな。一度は戦ってみないと、気が済まない」


 半蔵の方も、挑発には乗らない。


「武田が他国への侵攻を止めればいいだけですよ。そうすれば、戦は起きない。平和になりますよ、かなり広範囲で」


 悪いのは武田じゃないですかとばかりに、半蔵は持論を打つ。


「今の領地で充分では? 最強の称号も持っているし。わざわざ三河に攻め込んで、寿命を縮める必要はない」

「戦国武将が専守防衛を謳っても、説得力がない」


 出浦盛清が、半蔵の持論を相手にしない。

 明智光秀が、盛清の左から酒杯を渡しながら話に加わる。


「戦の口実は、どうとでもなる。領地が接していれば、戦の危険は常に在る。攻められるより攻める立場を一貫して生きる武田信玄は、真の強者です。末長く長生きしますように」


 この酒宴の最年長者らしく、盛清の主人を褒めて煽てて場を和ませようとする。信玄過労死策に大喜びしたのを知っているので、最後の一言が余計な意味に取れるが。

 木下藤吉郎が、右から盛清の口にカステラを「あ〜〜ん」しようとする。


「うちの殿は、武田の殿様を大いに尊敬していますからね。戦なんてトンデモナイ! 武田が攻めてきたら、何でも♥あ♥げ♥ちゃ♥うぅ♥」


 藤吉郎の半端ないヨイショに、出浦盛清は笑って見せたが総毛立つ。


(どうして、この二人の『おべっか』に、脅威を覚えるのだ、俺は?)


 出浦盛清は、この二人よりは半蔵を信じておこうと判断する。


「明日、同行してよろしいでしょうか? お屋形様からは、竹中半兵衛を中心にした土産話を期待されているのです。半蔵殿に便乗した方が、早く済みます」

「いいですね。まとめて行った方が、時間の節約になる。相手も喜ぶでしょう」 


 半蔵は、明日の同行を快諾し、酒杯を再開しようとする。


 月乃が、半蔵の酒杯を持つ手を止める。

 表から、馬の近付く音が聞こえてくる。

 酒を飲んでいない月乃が、最初に気付いた。

 目を合わせただけで、半蔵と妻たちは行動に移る。

 半蔵が、二階の窓辺から表を覗く。

 上り藤の家紋を付けた老武士が、五人の武士と供に宿屋に馬を寄せる。

 老武士が、半蔵の覗き見を一瞥して返す。


「…舅殿です」


 半蔵は、安藤伊賀守の到来を濃姫に告げる。



 濃姫は、酒のせいで反応速度が一瞬遅れた。

 濃姫が武器を取るより早く、月乃が羽交い締めにして身動きを封じ、バルバラが武器を部屋の隅にまとめて取らせないようにする。


「おいこらおい、おいこら」


 更紗が濃姫の袴を外し、夏美が両足首を結ぶ。

 藤吉郎と光秀は、視界に濃姫の艶姿を入れないように背を向ける。この姿を目に焼き付けようものなら、濃姫か旦那さんにブっ殺される。


「姉御、すみまねえ!」


 酒で回らぬ呂律で、更紗が詫びる。


「わさびに、いや、おわびに、これをあげる」


 更紗は、未使用のシマパン(白と緑のストライプ)を、濃姫の頭に被せる。


「似合ってる。流石は、姉御」

「酔いが醒めたらどう詫びを入れるのか、今から楽しみだね〜」

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