織田信長とお茶を(1)
稲葉山城に買収の話を持ちかけてきた信長の使者を、竹中半兵衛は立て続けに断った。
美濃の領地半分を渡すという条件でも、竹中半兵衛は、お断る。
「斎藤家当主の更生を促すのが、目的です。あしからず」
竹中半兵衛は、まだまだ稲葉山城での読書生活を止める気配がなかった。
「嘘だな」
返事を聞いて、信長は本気にしなかった。
元不良少年の帝王ともいうべき信長がジャッジするに、斎藤龍興に更生の余地はない。
「龍興の不覚は本物だ。代替わりした途端、美濃衆が雪崩を打って信長に付いた。もう美濃衆の半数は信長の傘下に入ったぞ」
茶菓子を食べていた夏美が、一言突っ込む。
「それでも勝てないのですか?」
月乃が、夏美の口を茶菓子特盛りで塞ぐ。
信長は、カラカラと笑う。
政秀寺を茶室代わりに服部一家を持て成す信長は、茶頭を二人も投入して自身も接待係に興じている。
茶を点てつつ茶菓子や珍味の小皿、雑談でのんびり寛がせている。
(桶狭間の礼を含んでいるな、これは)
半蔵は察して、一切断らずに接待を受ける。
接待ついでに、聞いてもらいたい重要事項もあるし。
「周囲が自分の才覚を認めて、美濃の国主に成ってくれませんかと持ち上げてくれるのを待っていたのだろうが、空振りだ。信長への転向者が増えるだけ。思惑の外れた天才軍師は、引っ込みがつかなくて籠城したままだ」
信長は上機嫌のまま、いつもより余計に喋る。
カラフルな改装を済ませた四人の女忍者にデレているようにも見えるが、信長を知る半蔵は警戒を強める。
(その話を此方に振る気じゃなかろうな、この大うつけ)
「領地でダメなら、金銭で話を付けたいのだ。半蔵なら、幾らの値を付ける?」
もう振ってきた。
半蔵は、互いの都合に良い方向に、話を振り返す。
「年に四千五百貫(三億六千万円)。それを二十年間、都合してくれたら、稲葉山城を売ります」
信長の怪訝な視線が、半蔵に食い付く。
「やけに具体的な数字だな」
「武田に対抗する為に、忍者を百五十人、正規雇用したいのです」
藤吉郎経由でその件を知っている信長は、別の点に驚く。
「家康は、金を出さんのか?」
「出せないのです。家来が増え過ぎました」
一向一揆を乗り越えて三河の統一を果たした家康の最大の悩みは、褒美として分け与える領地が、もうない事だった。
三河内部の抵抗勢力から取り上げた土地は、危機を聞きつけて帰参した者達に分け与えて消えた。
今川の領地を吸収する勢いはあるが、武田や北条とも取り合いになるので、家来に大幅加増出来る程ではない。
今後雇用する人材は、金銭契約に限られてしまう。
東海道の流通網から上がってくる税収入は豊富だが、三河全体の予算配分を考えると、服部半蔵にだけ三倍増しの予算をあげる訳にはいかない。
「という訳で、自力で稼ぐ事にしました。先ずは堺の全国販売網の護衛を担当する契約を取りました。これなら、情報網と資金を一挙に手に出来ます」
信長は、縁の下で控えている藤吉郎に身を乗り出して訴えかける。
「聞いたか、猿。活動資金が足りなければ、独立して稼いででも仕事を果たそうとする! これだからな! 俺が家臣に求めているのは、この甲斐性だからな!」
「いや、自分は前からそうしていますよ?」
信長が、キョトンと藤吉郎を見詰める。
「え?」
「自腹で人手を効率よく働かせて結果を出し、殿からのご褒美で黒字にする。その繰り返しで、この藤吉郎は身を立ててまいりました」
信長は、まるで初めて遭遇したかのように藤吉郎を凝視し、七二〇度見回してから、半蔵を振り返る。
「半蔵。猿が武将として働くのに、足りないのは何だ?」
「ぃえ?」
藤吉郎が、話の方向性を察して半蔵に首を振る。
横に。
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