海老すくい(1)

 昔々、尾張という国に、吉法師という少年がいました。

 物心ついた頃から、周囲の人々は戦ばかりしていました。

 いつまでも、いつまでも、戦をしています。

 勝ち戦、負け戦、引き分け、痛み分け、空振り、膠着、撤退、粛清、骨肉の争い、暗殺、暗殺、暗殺、駆け引き、政略結婚、焼き討ち、強奪、首実検、首供養、人質、調略、裏切り、下克上、下克上、下克上。

 吉法師は、父に尋ねてみました。


「戦国時代は、どうやったら終わりますか?」

「分からぬから、戦い通しよ」


 戦でも銭勘定でもクレバーな父にも分からないというので、吉法師は質問相手を替えました。

 室町幕府の征夷大将軍・足利義輝(十三代)に質問しに行きました。


「ごめん。余は人望ないから。つーか、室町時代は、征夷大将軍の命令さえ無視される時代だから。戦で勝った方に『あー、もう、君が国主でいいや。おめでとう』って、事後承諾を与えるだけのグダグダ政府だから。ごめん」


 将軍様は『いいひと』でしたが、斜め下の返答でした。吉法師は質問する相手を替えました。

 今度は、手紙で質問をしました。

 尊敬できる大先輩・武田信玄に、リスペクト大爆発の手紙を書きました。

 武田信玄から、丁寧な答えが返ってきました。


「十分な武力と行政能力を持った戦国大名が京で政権を握れば、天下は安定します。

 その際、気を付ける事は、自軍の統制を完璧にしておく事です。将来裏切りそうな者は、自軍に加えてはいけません。そういう輩は、後々反対勢力と組んで、下克上を謀ります。

 細川家や三好家が京で実権を握っても安定しないのは、初めに自軍の統制を疎かにしていたのが原因です。兵数を頭数だけ揃えても、強い軍は出来ません。絶対に裏切らない者だけを、軍に加えなさい。目先の勝ち負けに惑わされてはいけない。

 信頼できる人こそが、最高の石垣であり、城なのです」


 吉法師は、満足な答えを得ました。

 同時に吉法師は、大先輩よりも先に京を支配しなくちゃと、こっそり決意しました。





 一五六四年(永禄七年)、一月。

 松平家康が正月明けの戦にも大勝した後、本證寺・空誓が漸く和解に応じた。

 誰も罪に問わないし、損害賠償も求めない。

 一揆を止める事そのものが、家康の出した和解の条件だった。

 家康の寛大さに、全米が涙した。

 離反した家臣達も99%戻り、松平傍流は家康の将器を認めて傘下に入った。最後まで家康に抵抗した今川側の武将は、再起不能に追い込んだ。

 ただ一点を除いて、三河は一年前よりも平和になった。

 

 和解が済んだ祝いにと、岡崎城では酒宴が開かれた。

 一年前の正月には敵味方に分かれた一同が、もう忘れたとばかりに酒を飲み交わしている。


「殿っ。退屈ですっ。誰も俺と戦おうとしないっ」


 一年前に『蜻蛉切の本多忠勝』として華々しく暴れまくった忠勝は、それ以後の丸一年間、蜻蛉切で誰も討っていない。相手は皆、本多忠勝を見ると、逃げた。逃げるしかない。逃げる以外の何をしろと?

 ネームバリューが全国規模に広まった上に破損する機会が皆無なので、製作者は喜んだであろうが。

 忠勝の愚痴に、家康はのんびりと笑顔で応じる。


「なら次は、裸一貫で出陣してみろ。誰も平八郎だとは気付かないだろう」

「いやっ、股間の逸物が蜻蛉切にそっくりなのでっ、バレるっ」

「んな訳あるか!」


 皆で馬鹿笑いしている中、亀丸改め榊原康政が、酒に飲まれないように気を張りながら、酒井忠次に質問を繰り返す。


「何で弥八郎(正信)殿は、帰って来ないのですか?」


 非脳筋仲間の未帰還を憂いている若者に、忠次は真面目に答える。


「奴は、宗旨替えをしない男だからだ」

「…替えても、全く問題ないと思えますが」



 家康は、一向宗との和解が済み次第、三河での一向宗を禁止とした。

 三河に住みたければ、他の仏教宗派に変更する事。

 応じない寺は破却し、一向門徒は国外退去となる。

 この禁止令は、なんと上手く機能した。

 住み慣れた土地を離れてまで一向宗に拘る者は殆んどいなかった。

 空誓は流石に改宗せず、本願寺へと亡命。

 他にも、数名の三河武士が宗旨替えを受け入れられずに退去したが、これは例外の部類に入る。

 家康らしい、一見平和裏だが、実は詰んでいる決着だった。


「人によっては、宗教とは人生そのものらしい。伊奈親子も、三河から退去してしまった」


 伊奈親子の息子の方は、忠次と同じ名前が付いているので、酒井忠次は動向を覚えていた。


「まあ、次の大戦で、ひょっこり帰参するかもしれんよ。彼奴らみたいに」


 酒井忠次は、酒宴の中で一番大きい人集りの中心にいる兄弟を徳利で指す。

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