瀬名姫、激おこ?(2)

 一五六二年(永禄五年)。

 鵜殿うどの長照は、上ノ郷かみのごう城の落城寸前に、服部半蔵の訪問を受けた。


「軍使として、来ました。鵜殿長照殿に、話がある」


 ビビって槍衾を作る城内の兵たちを宥めながら、半蔵は両手を広げて武器を持っていない事を晒す。


「怖くないよ。ほら、怖くないからね」


 鬼面を適当に綻ばせて、半蔵は兵たちの緊張を解こうとする。

 みんな、城外へ逃げ出した。

 五年前の再現である。

 つーか、今回はまだ一人も殺していないのに、再現されてしまった。

 門の外では、米津常春が半蔵を指差してゲラゲラ笑っている。


「怖がらせまいと、真昼間に素手で訪問したのに、何て臆病な奴らだ」


『鬼の半蔵』として三河の死神ポジションにいる主人公が、自己評価を控えめにして責任転嫁する。

 半蔵は、腰を抜かしかけている鵜殿長照に話しかける。


「いい話を持って来ました。家族を助けられますぞ」

 


 五年前、この城を織田から取り返す為に活躍した三河衆は、今度は松平家康の為にこの城を攻めている。

 三河のレコンギスタである。

 周囲の武将が今川から松平へと鞍替えする中、鵜殿は三河での利権を手放さずに、居残った。

 撤退も選択肢に有ったが、今川の現当主は離反者の多さに過剰反応し、疑わしき者を粛清し始めている。

 勝手に今川領に引き返したら、親戚でもヤバい。


「辛い立場ですな。今の当主は、最前線の事情を斟酌する余裕が無い」


 半蔵の指摘に、長照は反論しない。

 今川義元が死んでから離反した者より、今川氏真が怒らせて離反した者の方が多い。


「元・元康の子供達が殺されないうちに、わしの子供達と交換する算段か」


 鵜殿長照は、城門脇で末期の酒を煽りながら半蔵の申し出を検討する。


「てっきり、見捨てたのかと思っていた」


 長照の知る限り、駿府にいる正室と二人の子供達へ、家康は何の対応もしていない。


「将軍様の和解勧告も、北条の仲介も無視して、今川と手を切ったではないか」


 今川の姫君に未練がないのは、確かだろう。


(子供達だけを引き取るべきか?)


 半蔵も悩むが、子供達は三歳児と二歳児である。

 母親から引き離すなど、とんでもない。


「これは、某の独断で行う事です」

「なら安心だ」


 人の主君に失礼な物言いだが、半蔵は聞き流す。

 三河衆にとっては生き仏でも、今川にとっては悪性の癌細胞である。

 反面、その下で勇戦する服部半蔵や本多忠勝は名声を上げた。

 今川と縁を切り、親の代から一番の敵だった織田と同盟を結んだ松平家康の不可解さに比べ、半蔵や忠勝の武勇は分かり易い。


「子供達を駿府へ連れて行ってくれ。わしは此処で討ち死にして、当主に誠意を見せる」


 半蔵は、投降の意思確認を喉で詰まらせる。

 鵜殿長照には此処で戦死してもらった方が、人質の価値が上がる。

 どういう立場で戦死するかが、財産になる時代だった。



「という訳で、駿府で交換して参りました」


 岡崎城には到着前に石川数正(外交官)経由で報せておいたので、二年ぶりの『親子の対面』は問題なく進んだ。

 瀬名姫だけは、城外の寺に幽閉したが。


「半蔵、忝ない」


 息子と娘を抱きしめながら、家康は半蔵にマジ泣きで礼を言う。


「この恩は、絶対に忘れない」


 主人のマジ感謝に半蔵は赤面して照れつつ、『この人、本当に子供達を諦めていたのだな』と妙な所に気付いてしまったりする。

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