瀬名姫、激おこ?(1)

 昔々、ある所に、瀬名せなという姫がおりました。

 それはゴージャスでノーブルマインドに溢れた美しい姫でした。

 洗練された流線美の集大成ともいうべきパーフェクトな美貌に、駿府の独身男たちはムラムラしました。

 しかし、高嶺の花。

 母が今川義元の妹なので、瀬名姫は姪に当たります。

 今川プリンセスです。

 瀬名姫があまりに良く出来た物件なので、義元は瀬名姫を養女にしました。

 今川家中では、『こりゃあ、とんでもなくビッグな玉の輿に乗るぞ?』と噂が大爆発。

 でも今川義元は、最初から縁談相手を決めていました。

 駿府城で居候をしている三河の御曹司・松平元康君です。

 周囲の反応は、同情&納得が大爆発。


『まさか宿無しに嫁がせるとは』

『ああ、自分の娘を嫁がせたくないからか』

『三河の子種をキープしたいだけか』

『くっ、このネタで18禁同人誌を書いて、夏コミで販売したるわ』

『早速ツイッターに、合体想像図が!』

『あゝ、凍結された』


 世間の無責任な心象なんぞ、瀬名姫は一切気にしませんでした。少しはイライラしましたが、メリットの方が大きいので、気にしませんでした。

 将来性豊かでハンサムでセックスの上手い婿殿に恵まれて、瀬名姫は大満足です。

 子作りの相性は抜群で、一男一女に恵まれました。年に一人のペースで量産出来そうです。

 ところがどっこい。

 極悪非道な第六天魔王・織田信長が、義父を殺してしまいました。

 ぎゃふん。

 義父が殺された途端に、昨日まで義父を生き仏のように慕っていた連中が、今川家から去って行きました。


「なんて恩知らずな連中なの? 普通は、お父様の仇を討つ為に、一致団結する場面でしょ?」


 瀬名姫は、駿府城で一族と一緒に激おこでした。

 プンプンでした。

 数日後、瀬名姫は薄情者共への義憤に燃えている場合ではなくなりました。

 婿である松平元康が、今川の城である(←ここ重要)岡崎城に入って、駿府に戻って来なくなりました。


「勘違いしないでよね! 元からいた人達が逃げてしまったから、元康様が入ったのですわ。織田に渡さない為です。そうに違いありませんわ」


 微妙な空気になってきたので、瀬名姫は駿府城内で婿殿を弁護するロビー活動を続けます。

 初めは、説得力が有りました。

 何せ美人の奥さんと子供二人が駿府城にいるのです。

 誰が反逆すると考えるでしょうか?

 普通は、しません。

 出来ません。

 普通は。


 婿殿からは、今川家の当主宛に手紙が届きました。


「偉大なる太守様の仇を討つ為に、是非とも兵を進めて下さい。自分が先鋒を務めて、織田信長をぶっ殺します。勝利の栄光を、君に!」


 文面だけを見ると、松平元康は今川の味方であるかのようです。

 けれど今川氏真に、そんな余裕は有りません。

 離反者が多くて、国力が一気に半減してしまいました。お隣の北条・武田との休戦協定を再確認しないと、動けません。

 そういう事情を知った上で、松平元康からの手紙外交が続きます。


「ねえねえ、忙しいのは分かるけどさあ、仇討ち出兵の日取りの目安だけでも、決められないのかな? 急かすようで悪いけど、俺は今現在も織田と戦っている最中なのよ。分かる? 現在進行形で、故・偉大なる太守様の為に戦っているの。で、息子のあんたは、仇討ちする気あるの? あるなら、形で示そうよ?」


 今川氏真だって、父の仇討ちがしたいです。

 でも、守勢にすら満足に回れない状況です。

 桶狭間の戦いで、父のみならず、有能な武将が軒並み殺されてしまいました。

 一番頼りにしている朝比奈さんは生き残りましたが、『仇討ちが最優先です。信長を殺しに行きますから、兵を五千貸して下さい』としか言ってくれません。

 五千も兵を貸したら、駿府城はガラ空き。

 武田や北条が、ムラムラしてしまいます。

 朝比奈さんの暴論を却下していると、松平元康から最後通牒が来ました。


「え? お前、父親が殺されたのに、仇討ちとか出来ないの? マジですか?! この腰抜け! 縁切るわ。二度と話しかけるなよ、チキン」


 三通目が本命でした。

 手紙には、妻子について一言も触れていません。

 瀬名姫は、婿殿が今川を妻子込みで捨てたとのだと、理解しました。

 今川氏真うじざねは、ブチ切れました。


「松平元康は、気が狂っている!!」


 今川氏真は、三河衆から集めた人質を殺し始めました。瀬名姫と子供達には未だ手を出しませんが、時間の問題です。

 祖母の寿桂尼じゅけいにが匿って、瀬名姫は駿府城内から脇の館に移送されました。

 永らく今川の女戦国大名として辣腕を振るってきた寿桂尼は、瀬名姫と二人きりで秘密の話をしました。


「今川と三河の立場は、逆転します。十年と経たずに、今川は三河に吸収されます」


 言われて瀬名姫は、自分の立場がそれほど悪くはないと気付きます。今川では癌細胞の女房として肩身が狭いですが、三河にさえ脱出できれば、国主の奥方様です。

 寿桂尼は、瀬名姫の甘い希望的観測を破壊します。


「今川の姫である其方を、取り戻した後も大切にするとは限りません。元今川勢に侵食されぬよう、むしろ距離を置かれるでしょう」

「…はい?」

「子供達は取り戻しても、瀬名の事は要らないのですよ、今の元康殿は」


 寿桂尼、容赦せず。

 絶望しかける孫娘に、寿桂尼は大事な事を教え始めます。


「美貌。智慧。性技。子供。包容」


 老いても衰えない眼光が、瀬名姫を射抜きます。


「戦いなさい。己に与えられた武器を、余す事なく使いなさい。私は、今川を支配する事に成功しました。瀬名にも出来ようぞ」


 寿桂尼は、孫娘に嫁入り先の乗っ取り方をレクチャーし始めました。

 旦那を骨抜きにする方法や、一国の政務を取り仕切るためのイロハ、邪魔者を政治的に抹殺する方法など、デンジャラスな政治手段を授けました。

 寿桂尼流女子力の免許皆伝を授けられる頃に、寿桂尼は釘を刺しました。


「瀬名には、松平を滅せる智謀を幾つか授けました。しかし、最適なのは、使わずに済ませる事です」

「無理ですね、きっと」


 瀬名姫は、寿桂尼の眼光を見返しながら、宣言しました。


「今や元・元康様は、仇です」


 松平元康は、義元から貰った偏諱を捨てて、家康と名前を変えていた。

 


 桶狭間の戦いから二年が過ぎた。

 今川家は、衰退しました。

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