第3話 決心
「アンセルさま…この先一体どうなるんですか?
まだ死にたくないです。
やりたい事が沢山あるのに…美味しい物を食べて…可愛い服を着て…お友達も沢山作って…それにまだ大切な事も言ってないのに…。
いやです…死にたくないです…」
リリィは涙を流しながら体を震わせ、寝室の中を歩き回るアンセルに抱きついた。
その小さな体が助けを求めて怯えているのを感じたアンセルは堪らなくなって、リリィを両腕で優しく包み込んだ。
(俺だって死にたくないよ。
どうしたらいいのか、俺だって…分からないよ)
アンセルは心の中で呟きながら、リリィの頭を撫でた。
いつも笑っているリリィを泣かせた勇者を苦々しく思い、すぐに何も答えてやれない自分にも悔しい気持ちで一杯だった。
(こんな無力な俺なのに…リリィは魔王である俺がなんとかしてくれると思ってくれている。
ならばその思いに応える為にも、俺が…守らなければならない)
アンセルはリリィの涙を見てうちに、そう思うようになっていった。声を上げて泣き続けているリリィの背中を優しく撫でながら、アンセルは気持ちを落ち着かせていった。
(俺は偉大なドラゴンである『かのお方』の血を引く者だ。
ゴロゴロしているだけの魔王だったけれど、俺にはこのダンジョンの仲間を守る責任がある。
魔王である俺が狼狽したまま何もせず、リリィを余計に不安にさせたままでどうする?!
しっかりしろ、俺!
俺がダンジョンを守らなくて、一体誰が守るんだ!)
アンセルは自らを奮い立たせるように心の中でそう叫んだ。
(それにしても…何故遠い遠い最果ての森のダンジョンにいる俺達のせいにされているのだろうか?
魔物が暴れている姿を見たとでもいうのだろうか?俺達は外にも出れないんだぞ。
何故、俺達をまきこむ?何故、俺達のせいにする?)
アンセルは人間の理不尽さにモヤモヤし始めた。
(このままだとダンジョンは、滅茶苦茶にされる。
外の世界の奴等にイイようにされ、一方的に原因を押し付けられて、俺達は全滅させられる。
そうはさせない!絶対に!)
アンセルはついに決心すると、リリィの耳元で真剣な声で囁いた。
「リリィ…よく聞いてくれ」
リリィは今まで聞いたこともないような真剣な声に驚いて体をピクッと震わせた。アンセルの胸に埋めていた顔をゆっくりと上げると、目は赤くなっていて、艶めく涙が頬を止めどなく流れていた。
「アンセル…さま?」
「16階層から19階層の階層主達に、今から3時間後にここに来るように伝えて欲しい。余計な混乱をダンジョン内に引き起こさないように、それ以上の事は言うな。
階層主達に伝え終わったら、ここに戻ってきてくれ。リリィが水晶玉で見た事を、分かる範囲で教えて欲しい。
俺が階層主達に説明してから、これからの方針を決めて、この緊急事態に対処する。
ダンジョンを勇者から守り抜く!」
と、アンセルは威厳を込めた口調で言った。
「アンセルさま…」
リリィがアンセルをまじまじと見つめた。
「本当に大丈夫なんでしょうか?」
リリィは心配そうな声を出した。
「行け!リリィ!」
その言葉は聞かなかったことにして、アンセルはもう一度威厳を込めて言い放った。
「分かりました!アンセルさま!
16階層から19階層の階層主様に伝えてきます」
リリィは涙を拭うと、今出来る最高の笑顔をアンセルに見せてから、パタパタと翼をはためかせて寝室を出て行った。
「緊急事態に対処する?守り抜く?
本当に俺にできんのかよ…」
リリィの翼の音が完全に聞こえなくなってから、アンセルは小さな小さな声で呟いた。
慣れない事を言ったせいもあり、その場に崩れ落ちた。
何度も溜息をついてから、鏡に映っている細い体を眺め、自らの顔をじっと見た。
その瞳は、恐怖の色で染まっていた。
見るからに弱そうで、今にも壊れてしまいそうなほどに打ちひしがれた男が鏡に映っている。
水晶玉に映る勇者とは、何もかもが違っていた。
その差は、歴然だった。
たちまち全てが不可能に思えて、アンセルは蹲りながら頭を抱えた。
「絶対…強いんだろうな…」
アンセルは勇者が手にしている剣と槍と弓を見ると、心からゾッとした。まだ何も始まってもいないのに、胸が斬られたかのように痛んだ。
勇者に対する恐ろしい想像が果てしなく膨らんでいくと、両腕が熱くなってきて小刻みにガタガタと震え出した。
「あぁ…炎ってどうやって吐くんだっけ?
そもそもこの姿で炎なんて吐けるのかな…?
こんな事になるのなら…ミノスさんの言う通り鍛えておけばよかった。今更、強くなれたりするのかな…。
勇者はいつごろ最果ての森について、このダンジョンを見つけるんだろう…」
アンセルは不安を吐露し、震える両手で顔を覆った。
これからの事を思うと、目の前が真っ白になった。
どんな顔をして階層主達に話せばいいのか、どうやってこの難局を乗り越えればよいのか、不安のあまり良い考えが浮かばなかった。
「無様だな…俺…」
先程の決心も何処へやら、アンセルは今後のことを思うと吐き気がした。
現実から逃げるように目を閉じて、さらに小さく小さく蹲った。
「誰か…悪い夢だって言ってくれよ…。
俺の代わりに…誰か…勇者と戦ってくれないかな…。
嫌だよ…俺」
と、アンセルは呟いた。
すると暗闇の中に引き摺り込むかのように薄気味悪い影が漂い出し、アンセルはどんどん黒い影に包まれていったのだった。
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