第2話 新婚宅にやって来た同居人


 帰りが遅い悠大。


 だが和也が初めて家に居候になる事で、今日は早めに帰ってきた。




 20時帰宅。


 嶺亜は既に帰ってきていて夕飯を作ってくれていた。



 キッチンの食卓に美味しそうな煮物と焼き魚が並んでいる。



「わぁ、いい匂いがする」



 和也が嬉しそうに食卓に向かった。



「すげぇ、煮物まである。久しぶりの和食だぜ」



 声がして嶺亜がやって来た。



「おっ、姉ちゃんが社長の新しい奥さん? 俺、社長秘書の澤村和也。今日からここに住み込むから、よろしく」



 気さくな挨拶をされ、嶺亜はそっと微笑んだ。



「初めまして、嶺亜です。ここに住むのですか? 」


「ああ、寝る場所は適当で構わないぜ。2階は邪魔になりそうだから、1階の和室でも使うから俺の事は気を使う必要ないぜ」


「そうですか」


「それよりこれ、食っていいか? 俺、ずげぇ腹減ってるんだ」


「はい、どうぞ。今ご飯つぎますね」



 嶺亜は茶碗を食器棚から取り出して、ご飯をよそった。



「ねぇ、あんたは食べないんだろう? 」



 悠大に向かって和也が言った。



「ああ、いらない」


 

 嶺亜はチラッと、悠大が手にコンビニで買った食材を持っているのが目に入った。



 少し残念そうな顔をした嶺亜だが、特に何も言わなかった。




「ご飯も炊き立て? うまそう。頂きます」



 手を合わせて食べ始める和也。



「うまい! 魚もちょうどいい焼き加減だし、煮物もすげぇ最高! こんな美味しい料理食べないなんて・・・」



 和也は振り向いて悠大を見た。



「あんた最低! さっさとアッチ行けば! 」



 目を座らせてちょっと怖い目で悠大を見た。



 悠大はちょっと複雑そうな目をして、そのまま自分の部屋に向かった。



「めちゃめちゃ美味しい! やっぱ日本人は和食。和食が上手な奥さん、最高だ」




 喜んでご飯を食べている和也の声を耳にしながら、悠大は自分の部屋に向かった。







 机に買ってきた食材を置いて、一息つく悠大。



「まったく、なんなんだ? あいつは。初対面なのに、あの口調に言葉つかい。人の家に来て、私より先に平気な顔して、飯まで食ってやがる! 」



 椅子に座り、食材を見ると悠大は何故か腹が立ってきた。



「この家の主は私だ! 何故私が、こんなものを食べなくてはならないんだ? あいつが良い物を食べているのに、何故私だけが・・・」



 怒りが湧いてきた自分に気づいて、悠大はハッとなった。



「何故、私はこんなに怒っているのだ? いらないと言ったのは、私だ・・・それなのに・・・」


下から和也の嬉しそうな声が聞こえてくる。


 小さめの声で嶺亜が話している声も聞こえる。



 時折り2人で笑っている声も聞こえて・・・。



 悠大はなんだかモヤっとした気持ちが湧いてきた。



 だが、いらないと言った手前。


 今更降りてゆく事も出来ず、仕方なく買ってきた食材を食べる事にした。



「・・・美味しくない・・・」



 一口食べて、悠大が呟いた。



「コンビニ弁当って、こんなに不味かったか? 」



 リビングに入った時、焼き魚の匂いと煮物の良い匂いがした。


 それを嗅いだ時、悠大は正直お腹がグーッとなった。


 お腹が鳴るなんてどのくらいぶりだろう?


 ずっと食べる事もどうでもいいと思って、なんとなくしか食べていなかった。




 朝から顔をも合わせないで仕事に行ったのに、嶺亜は夕飯をきちんと作ってくれた。


 

 悠大の中で少しだけ罪悪感が湧いてきた。








 夜もふけって。



 悠大はお風呂に入る為1階へ降りてきた。



 すると・・・


 お風呂場から出て来た和也がいた。


 和也を見た悠大は。


「??? 」


 声にもならない驚きの表情を浮かべた悠大。


「ん? 」


 和也は悠大を見た。


 悠大は驚きのあまり声も出ないのか、和也を指さした。



「あ? 」



 濡れた髪をタオルで拭きながら現れた和也は・・・


 全裸のままだった。


 

 若くて引き締まった和也の体を見て驚いたのもあるが、人の家にいて全裸で歩いて出てくる事に悠大は驚いているようだ。



 驚いた顔をして指をさしている悠大を見て、和也はふと自分の姿を見た。



「あ、悪りぃ悪りぃ。ちょっと湯船に漬かり過ぎちまってさぁ」


 笑ってごまかしている和也。



すると


 足音が近づいてきた。



 悠大はハッとして、和也を脱衣所に連れ込んだ。



「わぁ、何すんだよ! 」

 

 と、叫ぶ和也の口を悠大は手で塞いだ。





「あれ? 和也君? お風呂まだ入っているの? 」


 嶺亜の声が聞こえてきた。



 悠大は息をひそめて様子を伺っている。




「声がしたから上がったと思ったんだけど、まっ、いいか」



 嶺亜はそのまま去って行った。



 足音で嶺亜が居なくなったのを確認すると、悠大はホッとした。



 手が口から離れると、和也はじっと悠大を見つめた。




「ふーん。もしかして、姉ちゃんに気を使ったのか? 」


「え? 」


「俺が全裸でいたら、姉ちゃんすげぇ驚くだろう? 」


「そ、そうではない。だが、いくら家の中でも真っ裸で歩くものじゃないだろう? 」


「ん、まぁそうだけど。仕方ねぇじゃん、パンツ部屋に忘れてたし」


「だったら、誰かに取ってもらえばいいじゃないか」


「ふーん。姉ちゃんに頼んでいいのか? 俺のパンツ持って来てって」


「はぁ? 」



 悠大はなぜか赤くなった。



「何赤くなってんの? そんなに心配ならさっ、ちゃんと見てやれよ姉ちゃんの事」



 言われて悠大はハッとなった。



 何をこんなに慌てているのだろう? 

 何故、隠そうとしたのだろう?

 何も干渉していないのに、別に何ともない筈なのに・・・。



 複雑な気持ちが込みあがってきて、悠大は自分でも判らなくなった。



「ったく、相変わらず素直じゃないんだな」


 と、立ち上がり和也は脱衣所を出ようとした。



「ちょっと待て! そのまま行くな。私が持って来てやるから、ここにいるんだ」


「あ、そう? じゃあ頼むよ。ちなみに、パンツは一番奥からとってきてくれよっ」


「ったく・・・。分かった」


 

 去ってゆく悠大を見て、和也はニヤッと笑った。



 夜もふけって寝静まる頃。



 嶺亜はお風呂を済ませてもう寝ている。



 ぐっすり眠っている嶺亜は、可愛い寝顔で手をバンザイしている格好で寝ている。


 心地よい嶺亜の寝息が聞こえる中。



 部屋のドアがスーッと開いた。



 入って来たのはパジャマ姿の和也。



 足音を忍ばせえて、嶺亜の近づいてくる和也。



「わぁ、すげぇ可愛い。なんか赤ちゃんみたいだなぁ」



 そっとベッドに腰かけて、和也は嶺亜の寝顔を覗き込んだ。



「あのバカ素直じゃねぇからなぁ。本当は、あんたの事すげぇ好きになってるんだぜ。意地張っててさぁ。・・・俺がもっと生きてたら、きっと姉ちゃんの事好きになってたぜっ」



 和也は愛しそうな目をして嶺亜の寝顔を見つめている。



 

 スーッと和也は嶺亜に顔を近づけてゆく・・・。

 

 嶺亜の唇に和也の唇が重なる寸前・・・。



 グイッと、耳を引っ張られ、そのまま部屋の外に連れてる和也。




「ってぇなぁ! 」


 と、和也が振り向くと悠大が居た。



 悠大はどこか怒った目をして和也を見ている。



「なんだよ、何怒ってんの? 」



 和也にそう言われると悠大はハッとなった。



「別に、怒ってない。ただ、女性が寝ているところに黙って入る事は関心ならん」


「だってしょうがないじゃん。姉ちゃんすげぇ可愛いもん。寝顔なんて、まるで赤ちゃんみたいだぜ。あの寝顔見たら、思わずチューしたくなるって」


「そうゆう問題ではない。お前は、居候だろ? 」


「そうだけど? 」


「寝込みを襲う真似をして、何かあればどうするんだ? 」


「何かって? 」


「だから・・・」



 言葉に詰まって赤くなる悠大を見て、和也はクスッと笑った。



「ねぇ、あんたさぁ。姉ちゃんと、やってないんだろう? 」


「はぁ? 何を言うんだ! 」



 図星を指されて悠大はドキッとした。



「え? 図星だった? 」


「だ、だから・・・」



「そうだよなぁ。部屋も別々だし、寝るのも別々。あんた達、マジで夫婦なのか? 」


「そんな事は、お前に関係ないだろう? 」



「うん、今は関係ねぇよ。でもさぁ、このままアンタが姉ちゃんの事。ずっとほっとくなら、俺がもらっても文句ねぇだろう? 」


「はぁ? 」



 悠大は少し怒った目をして和也を見た。


 和也は余裕の笑みを浮かべて悠大を見ている。



「何怒ってんの? 」


「怒ってなどいない! 」


「怒ってるじゃん、目が」



 悠大はそっと目を反らした。


 

 そんな悠大を見て、和也はフッとため息をついた。



「あんたって、いつまで自分に嘘ついているんだ? 」


「なに? 」



「あんた、なんで姉ちゃんと結婚したんだ? 」


「そ、そんな事。お前に関係ないだろう」


「気になるからさ。俺、本気で姉ちゃんの事好きになっちまったし」


「はぁ? 」


「だって、あんなに美味しいご飯作てくれるし。お風呂だって用意してくれて、洗濯だってしてくれる。とっても優しいし、寝顔も可愛いし。言う事ないじゃねぇかよ」


「そ、そうだが・・・」


「それに、姉ちゃん。あんたが自分が作ったご飯食べずに、コンビニ弁当食べてたって何も言わないし怒る事もしないじゃん。俺だったら、ぶん殴ってたよ。せっかく作ったご飯を食べないなんて、普通の夫婦じゃありえねぇし」



 悠大は何も言えなくなり黙ってしまった。



「俺が食べたらすげぇ喜んでたぜ。あんたがコンビニ弁当買ってきたの、見てたようだし。結構傷ついてる顔してたぜ。このまま続いたら、あんた絶対捨てられる」


 

 捨てられる? 私が? 



 和也の言葉に、悠大は焦りが湧いてきた。




「捨てられる前に、俺が奪っちまうよ。これじゃ、姉ちゃん可哀そうだし」


「そ、そんな事。・・・させない・・・」



 戸惑いの表情を浮かべて、悠大が言った。



「あんたに、そんな事言う権利なんてないと思う。まっ、好きにしなよ。俺は本気だから」



 それだけ言うと、和也は去って行った。



 悠大は複雑な気持ちが込みあがってきた。



 何も干渉しないと言ったのは悠大。


 だが・・・なんでこんな気持ちが込みあがって来るのか。



(あんたまだヤッてないだろう? )


 和也に言われた言葉がグサッと刺さっているのを感じて、悠大は自分の気持ち

がわからなくなっていた。





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