3
中休みを挟んで歌劇が再開されたが、前半あれほど楽しめたというのに、遥香はまったく集中できなかった。
(わたし……、ひどいことを言った……)
隣に座り、静かに劇を眺めているクロードが気になって仕方がなかったのだ。
――気に入らないのは、あなたの方でしょう?
クロードに、あんなことを言うのではなかった。
勝手にクロードの気持ちを想像して、決めつけて、淋しそうな顔をさせてしまった。
クロードにふさわしくないと、自分なんかと婚約させられて可哀そうだと卑屈になって、勝手な思い込みと感情をぶつけてしまった。
このまま婚約式をむかえていいのかと、不安になる気持ちに、「クロードに気に入られていないから」と理由をつけたかったのかもしれない。心の中で、「それなら仕方がない」と逃げ道を用意していたかったのかもしれない。
(情けない……)
薄暗い劇場の中、しょんぼりとうなだれていると、突然「わ!」と劇場が沸いた。
どうしたのかと顔をあげた遥香の視界に飛び込んできたのは、舞台の上でマリアンヌ役の女優とアンドレア役の男優がきつく抱擁を交わしているシーンだった。
――わたしにふさわしい人が誰かを決めるのは、わたし自身よ! あなたがわたしにふさわしくないなんて、勝手なことを言わないで!
マリアンヌがアンドレアを抱きしめたまま、悲鳴のような声でそう叫ぶ。
遥香はハッと息を呑んだ。
(ふさわしいと決めるのは……)
遥香はクロードの横顔を見上げる。
遥香の視線に気づいたのか、舞台から遥香へ視線を滑らせたクロードが、微苦笑を浮かべた。
(……わたしが、クロード王子にふさわしいかどうかを決めるのは、クロード王子自身)
すとん、とその言葉が胸に落ちる。
クロードに「お前はふさわしくない」と言われていない。
――俺は、お前のことを、それなりに気に入っているんだがな。
クロードはちょっと意地悪だが、きっと嘘でこんなことは言わない。
遥香はクロードの顔を見上げたまま、小さく微笑んだ。
肩の力の抜けたようなその笑みに、クロードが軽く目を見張る。
(大丈夫かもしれない)
不安がなくなったわけではない。だが、クロードが「ふさわしくない」と言わない限り、クロードの婚約者として隣に立っていても大丈夫な気がした。役不足でも、クロードがいいと言ってくれるのならば、きっと大丈夫。
――大丈夫だ。絶対に転ばせないし、失敗しても全部フォローしてやる。お前は安心して俺のそばにいればいい。
別荘でアリスが開いた舞踏会の日、クロードに言われた言葉を思い出す。
(安心して、そばに……)
クロードが相手なら、不安でも立っていられるような気がした。
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