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「観劇……、ですか?」
遥香は、部屋を訪れたクロードから、突然観劇に誘われた。
劇場に足を運んだ経験の少ない遥香は、クロードの誘いに戸惑ってしまう。
「春から公演されている歌劇だが、感動作だそうだ」
どこからその情報を仕入れてきたのか、クロードはティーカップをおくと、二つ折りにされた一枚のチラシを差し出した。
チラシを開くと、淡いピンク色のドレスを着たヒロインとよれよれのシャツに薄汚れたズボン姿の男性がきつく抱きしめあっている絵が描かれていた。
「身分違いの恋を描いた作品だそうだ」
「恋物語なんですか……」
クロードに恋愛がテーマの歌劇に誘われたのは意外だった。
興味がないかと問われれば、興味はある。観劇にはめったに行かないが物語は好きだった。クロードと二人きりで出かけるのは緊張するが、最近のクロードはあまり意地悪なことを言わないから、理由を見つけて断ろうとは思わなかった。
午後から予定が空いていると言うクロードと劇場に向かうと、遥香たちは劇場の二階の、個室になっている席へ並んで腰を下ろした。
歌劇はもう何年も前にコレットに誘われて見に行った以来で、遥香はわくわくしながら劇のはじまりを待つ。
やがて幕を開けた歌劇は、伯爵家の令嬢マリアンヌと伯爵家の庭師として働いている青年アンドレアとの身分違いの恋を描いたものだった。
――もう二度とお会いすることはないでしょう。
アンドレアがマリアンヌにそう告げて中休みに入ると、劇に見入っていた遥香はほぅっと息をついて、椅子の背もたれに寄りかかった。
「気に入ったようだな」
「はい、ドキドキします。誘っていただいてありがとうございます」
遥香が目元を紅潮させて微笑むと、クロードは少し驚いたような顔をした。
「珍しいな」
「え?」
「いや……」
クロードは口ごもったが、遥香が首を傾げるのを見て、苦笑して言った。
「お前は、俺の前では滅多に笑わないだろう」
お前が笑うのが珍しいと思ったんだ、とクロードに言われて、遥香はハッと息を呑んだ。確かにクロードのそばにいるときは緊張して顔が強張ってしまうこともしばしばで、笑ったことなどほどんとないかもしれない。
だが、クロードがそれに気づくほど、遥香の表情を見ているとは思わなかった。
(もしかして……、気にして、くれてたの?)
申し訳なさと、少しのくすぐったさを覚えて、遥香はクロードから視線をそらす。
二人の間に沈黙が落ち、やがで、クロードがため息交じりに口を開いた。
「俺と婚約式をすることを、迷っているんじゃないか?」
まるで、遥香の不安な心を見透かしたように言うクロードに、遥香は驚きのあまり弾かれたように顔をあげた。
「ど、どうして……、そう思うんですか?」
「さっきも言っただろう、お前は俺の前では笑わないんだ」
「それは……」
「俺のことが気に入らないんだろう?」
自嘲気味の笑みを口元に浮かべるクロードを見て、遥香は慌てて首を振った。
「違います! そんなことは……。それに、気に入らないのは、あなたの方でしょう? わたしみたいなのを婚約者にさせられて……、不満に思うのは、仕方ないことでしょうけど」
言いながら、遥香はうなだれた。内気で自慢できるような特技もなく、容姿も平々凡々で何一つ特出したもののない自分。気に入らないと思われるのは当然だ。王太子妃になることへの不安も大きいが、それよりも、自分みたいなのを妻にしなければならないクロードへの申し訳なさでいっぱいだった。
「俺がいつ、お前のことを気に入らないと言った?」
「え?」
遥香が視線を上げると、クロードは少し怒ったような顔をしていた。よくわからないが怒らせてしまったと遥香は体を強張らせる。
「俺が一度でも、婚約者がお前なのは気に入らないのだと言ったことがあるか?」
クロードに軽く睨まれて、遥香はぎこちなく首を横に振った。
確かに、クロードに気に入らないと不満を言われたことはない。遥香が「きっと不満に思っているはずだ」と勝手に決めてかかっていただけだ。
クロードは遥香からふいと視線を逸らすと、そろそろ再開しそうな雰囲気の舞台を見下ろして、ぽつんとつぶやいた。
「……俺は、お前のことを、それなりに気に入っているんだがな」
クロードの横顔がどこか淋しそうに見えて、遥香は言葉を失ったまま、劇が再開してもしばらくの間、彼から視線を逸らすことができなかった。
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