4

 遥香は耳を塞いでうずくまっていた。


 先ほどから繰り返し雷の音が響いており、窓のない小屋では外がどうなっているのかもわからない。叩きつける雨の音と雷の音に恐慌状態きょうこうじょうたいとなって、ぼろぼろと泣きながら、遥香は身を縮こまらせていた。


 夜が明ければ、さすがに誰か助けに来てくれるだろうと思っていたが、明日まで遥香の心が持つかどうか怪しい。


 恐怖と寒さでガタガタと震えながら、「助けて」と小声でつぶやく。


 そこへ、「リリー!」と微かに自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、遥香はハッと顔をあげた。


 木戸のところまで這って行くと、わらにもすがる思いで木戸に耳をつけた。


「リリーっ」


 クロードだ。


 雨の音に交じってクロードの声が聞こえて、遥香は泣きじゃくりながら木戸を叩いた。


「クロード王子っ、助けて、助けてください!」


 ドンドンと力いっぱい木戸を叩いていると、外でガタンと音がした。


「リリー、そこか!?」


 ガタガタと音がして、やがてギィと軋んだ音がして木戸が開く。


 そこには雨でずぶ濡れのクロードが立っていて、遥香の全身から力が抜けた。


「ク、ロード……っ」


 ぼろぼろと泣きじゃくる遥香を、クロードが飛びつくようにして抱きしめる。


「馬鹿! こんなところで何をしているんだっ!」


 耳元で怒鳴られるが、遥香はその声に恐怖を感じなかった。来てくれたという安堵感でいっぱいになって、うまく言葉をつむげない。


 クロードにしがみついてしゃくりあげていると、遥香を抱きしめたクロードが、はあっと大きく息を吐きだした。


「……とにかく、無事でよかった」


 クロードにきつく抱きしめられて、頭を撫でられると、強張っていた体から力が抜けていく。


「俺にあんまりくっつくと、濡れるぞ」


 そう言いながらも抱きしめる腕の力がまったく緩まないことに、遥香は逆に安心した。まだ心細くて、とにかく縋っていたかったのだ。


「リリー、落ち着いたら帰るぞ。増水した湖の水がここまで来ないとも限らない」


 クロードに優しくささやかれて、遥香はこくんと小さくうなずく。


 クロードに支えられるようにして立ち上がると、彼は持ってきていた外套がいとうを遥香にかぶせた。


「外套も濡れているが、ないよりはましだろう?」


 クロードが優しくて、遥香はまた泣きたくなる。


 クロードに支えられるようにして別荘の玄関をくぐった遥香は、泣きながら走ってきたアンヌをぎゅっと抱きしめた。


「心配をかけてごめんなさい」


 アンヌのうしろからやってきたリリックも、遥香の顔を見てホッと安堵の息をつく。


「リリック兄様も、ごめんなさい」


「いいよ。それより、ずぶ濡れだから着替えないと。クロード王子も」


 アンヌとの抱擁ほうようを解いた遥香は、クロードを見上げて、金色の髪が顔に張り付いているのを見ると、申し訳なさそうに目を伏せた。


「ごめんなさい、クロード王子。探しに来てくれてありがとうございました。アンヌ、お風呂の用意はできるかしら。クロード王子が風邪を引いちゃうわ」


「それは君もだろう」


 クロードは苦笑すると、遥香の頭をポンポンと叩く。


 アンヌが慌てて二人分の風呂の用意をしに行くと、リリーは着替えのため、いったん部屋に戻ろうとした。だが、階段を一つ上ったところで、体がカクンと前のめりになり、それに気がついたクロードが慌てて遥香を抱きとめる。


 緊張の糸が切れたのだろうか。遥香はそのまま意識を手放していた。

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