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 リリーがいない。


 最初にそう言いだしたのは、リリー付きの侍女のアンヌだった。


 リリーを誘って、別荘の周りを少し散策しようと考えていたクロードは「リリー様を見ませんでしたか」と部屋を訪れたアンヌに目を丸くした。


「部屋にいないのか?」


「はい。先ほどまで部屋で本を読まれていたのですが、用事で部屋を開けた一時間ほどの間にお姿が見えなくて……」


 アンヌは心配そうにうつむく。


 子供ではないのだから、少し姿が見えないくらいで騒ぎすぎのような気もするが、クロードもリリーが一人で出かけるとは思えなかった。


「リリックやアリスと一緒に出掛けたのでは?」


 考えられるとしたらこの二人だが、アンヌは首を横に振る。


「お二人とも、ご存じないそうです」


「……おかしいな」


 クロードは顎に手を当てて考え込んだ。もしリリーが一人で出かけたのならば、黙っていくはずはない。少なくともアンヌや、アンヌがいなければ別荘の使用人の誰かに言づけて行くはずだ。


 クロードは嫌な予感を覚えながらも、大きく息を吐きだすことで騒めく心臓を落ち着けると、安心させるようにアンヌに微笑みかけた。


「もう少し待ってみよう。もしかしたら別荘の中を歩き回っているのかもしれない」


 クロードは自分自身にも言い聞かせるようにそう言うと、窓から入り込む風が湿り気を帯びてきたことに気づき眉を顰める。


(……まさか、一人で外には行ってないだろう?)


 少し待てば、ぽやんとしたいつもの顔で、ひょっこり姿を現すはずだ。その時は、黙ってふらふら歩き回るなと少し叱ってやればいい。


 クロードはそう言いながら、アンヌの肩をポンと叩いた。しかし。


 ――リリーは夕食の前になっても、姿を現さなかった。

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