5
顧客の社長とのアポイントを終え、次のアポイントの時間までカフェで仕事をしようと、弘貴はフリーWiFiの環境が整っているカフェの中へ入った。
ホットコーヒーを注文して、窓際の席でノートパソコンを開いた弘貴は、遥香からの社内メールが届いていることに気づき、急いでそれを開封する。
昨日は、ひどいことをしてしまった。
遥香がどうしても欲しくて、そろそろつきあうことを了承してくれるかと淡い期待を抱いていたところへ、遥香と親しく話す男の登場で頭が真っ白になっていた。
怒りと、取られるかもしれないという恐怖と、遥香が微笑みかけている橘への
おそらく、遥香の涙に気がつかなければ、その場に押し倒すことくらいしていたかもしれない。
泣きながら遥香に叩かれた頬はまったく痛くはなかったが、それ以上に心が痛くて、遥香が去ったあと、弘貴はしばらく動けなかった。
すぐに謝りたかったが、遥香の携帯番号を知らない。今日の朝すぐにアポイントが入っていたことも知っていたから、メールだけでもと急いで社内メールを打った。
怖がらせるつもりはなかった。もちろん、泣かせるつもりもなかった。だったら、どうしたかったんだと訊かれると、おそらく何も言い訳は出てこない。感情のまま遥香を責めて、そのまま怯えさせて泣かせてしまったのだ。けれども決して、そうしたかったわけじゃない。
弘貴がほしかったのは、ただ一言、遥香の「好き」だけだ。
あれほど怖がらせて、その言葉が得られるとは思っていなかったが、ほしいのはその一言だけなのである。
それなのに、嫌われるようなことをしてしまった。今まで何事もそつなくこなしてきた自信がある弘貴だが、久しぶりに背水の陣の気持ちを味わっている。謝り倒したところで許してもらえるかわからないが、昨日のようなことはもうしないとは言えない。おそらく感情が高ぶれば、きっとその気持ちをぶつけてしまうだろう。
そのくらい遥香が好きだった。
(たぶん君は……、わからないよね)
どうして弘貴がこれほど遥香を好きなのか。遥香はきっとわからないだろう。わからなくてもいい。けれど、気持ちだけは信じてほしい。
メールを開封すると、昨夜送信した弘貴のメールに返信する形で、叩いてしまってごめんなさいと書かれていた。経理部の橘とは何でもないけど、不快な思いをさせて申し訳なかったとも。
そのメールを読んだ途端、弘貴は無性に遥香に会いたくなった。
今日のスケジュールは五時に社内に戻り、一時間程度の会議を終えれば帰宅できる。
弘貴は急いでそのメールに返信を入れた。
今日の夜、食事に行かないか、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます