好き

1

 どうしてこんなことになったのだろう。


 広い馬車の車内で、リリー――遥香はるかは、何度目になるのかわからない自問を繰り返していた。


 隣ではクロードが、馬車が揺れるのをものともせずに本を読んでおり、クロードの真向かいでは、リリックが苦笑を浮かべている。そのリリックの腕にまとわりついて、先ほどから立て板に水状態でしゃべり続けているのは、アリスだった。


 馬車は、湖畔こはん別荘べっそうに向かっている。


 クロードとリリックと三人で向かうはずだった別荘へ、アリスがついていくと言い出したのは、出発の前日のことだった。


 突然遥香の部屋にやってきたアリスは、明日自分もつれて行けと言い出して聞かなかった。父王の許可までもぎ取ってきたと言うのだから遥香に拒否権はない。


 どうして急に別荘に行きたがったのかはさっぱりわからないが、アリスにまとわりつかれているリリックが始終困った顔をしているのがかわいそうだ。


 アリスは昔から我儘わがままだが、特にリリックには輪をかけて我儘を言う。今も、疲れたからどこかで休憩したい、甘いものが食べたいと言ってはリリックを困らせていた。


 城から馬車が出発して、そろそろ三十分ほどだろうか。


 馬車の窓にかかるとばりに指をひっかけて外を見れば、昼前の金色に近い日差しが溢れていた。ちょうど王都を出たところだろうか。田植え前の田畑の奥に新緑が鮮やかな山々が見える。このあたりに休憩ができる店などはなさそうだからと、遥香は手に持ったバスケットを広げた。


 城の料理長が、馬車の中でも食べられるようにとお菓子を持たせてくれているのだ。


「アリス、フルーツケーキがあるわよ」


 遥香がバスケットを差し出せば、アリスは嬉しそうに微笑んだ。


「お姉様、準備いいじゃない!」


 準備がいいのは、途中で甘いものが食べたいと言い出すアリスの性格を見越した料理長だが、言うと面倒なので黙っておく。


 アリスはフルーツケーキを一つ取ると、ナプキンを広げた膝の上で、それを四つに割った。


「リリック、食べさせてあげるわ!」


 アリスはにこにこしながらケーキをリリックの口に近づける。


「え、アリス、僕はおなかがすいていないから、いらないよ」


「なによ! わたしが食べさせてあげるって言っているのよ」


 ぷうっと頬を膨らませたアリスに睨みつけられて、リリックは渋々口を開く。


(大変ねぇ、リリック兄様も……)


 リリックはとにかく優しい。本気で怒ったところなど見たことがないから、アリスも調子に乗るのだろう。


 遥香はちらりとクロードを見た。彼は相変わらず読書に集中しているようだ。


「あの、クロード王子もいかがですか……?」


 いくら読書に集中しているからといって無視するわけにもいかず、遥香がおずおずと声をかけると、彼は本から顔をあげて微笑んだ。


「ありがとう。いただくよ」


 本を閉じると、クロードはバスケットからフルーツケーキを一つ取る。


 暖かい飲み物はないが、ふたのできるボトルにハーブティーを用意していたので、持ってきていた木製の軽い容器に移して差し出した。


 クロードが笑顔で受け取るのを確認すると、「お姉様わたしも!」というアリスの不満そうな声を聞いて、慌ててアリスとリリックにもハーブティーを渡した。


 こうしているとピクニックに出かけているような気分になる。


 この四人での別荘行きは少々不安だが、今のところ仲良くできているようで安心する。


 フルーツケーキを口に運びながら、別荘に滞在する十日間の間、どうか問題が起きませんようにと、遥香は真剣に祈っていた。

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