5

 遥香は、ほんの少しばかり寝不足のため、ぼーっとする頭を懸命に集中させながら、カタカタとキーボードを叩いていた。


 昨夜、弘貴にキスされたことが、まだ頭から離れない。


 それに加え、昨日の夢見が悪かったせいで、今朝の寝起きは最悪だった。


 夢の中では幸せな結婚ができるかもと思っていたが、クロードはそれほど紳士ではなさそうだった。夢の中の遥香――リリーも、彼のことが好きではないようである。


 夢でさえうまくいかないという事実に、遥香は憂鬱になった。せめて夢の中では幸せを享受していたかった。


 唯一幸いなことは、今朝は朝から客先に直行している弘貴と、顔を合わせなくてすんでいるということだった。どんな顔をすればいいのかわからないので、今日はこのまま直帰してくれるとうれしい。


(過剰反応なのかもしれないけど……)


 昨夜、弘貴は酔っていた。もしかしたら酩酊した思考回路が引き起こした事故かもしれず、彼は気に留めてもいないかもしれないが、遥香は極力顔を合わせたくなかったのだ。


 お昼を告げるチャイムが鳴り、遥香はデータを保存して手を止める。



 ――まさか、現実と夢とで同じ顔に悩まされることになるとは思わなかった。

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