第63話 宿屋

 宿屋はすこし離れた場所にあるみたいなのでアヤメが送ってくれることになった。


「レンヤはん達は大会に参加するんやね」

「ああ、面白そうだしな」

「うちも強かったら一緒に参加したいんやけどな」


 アヤメはそんなことをいう。

 たしかにアヤメのステータスを見る限り冒険者と渡り合うのは厳しい。

 いわゆる一般人と言われる部類だ。


「シーナはんとネネはんは参加できる力があるから羨ましいなぁ」


 たしかにシーナとネネなら問題ないだろう。

 島での修行が活かせそうでよかった。

 二人ともめきめきと力を付けているからな。


「アヤメも参加したいのか?」

「せやね。そしたらレンヤはんと一緒にいられるやんか」


 俺の背中に二人分の視線が突き刺さった感じがするのは、たぶん気のせいだろう。

 

「まあアヤメも風の加護があるからな、鍛えれば強くなるんじゃないか」


 『風寵』という特別スキルがあるので風の力を伸ばせば、すぐに強くなれる気がする。


「ふふ、そうなんかな。でも今は商人として大成せんといかんしね。任されている仕事もあるんよ」


 仕事に責任とプライドを持っているのはいいことだな。


「そうか。機会があれば言ってくれ。ビシビシ鍛えてやるぞ!」

「うわー、なんか凄い訓練とかしそうやな。シーナはんもネネはんも引いとるよ」

 

 シーナとネネの顔が引きつっている。

 何か嫌なことでも思い出したのだろう。

 シーナとネネの時はやり過ぎたような気がしないこともない。


「ま、まあなるべく優しく教えるよ……」

「……うそですわ」

「……無理ですね」


 後ろでぼそぼそ言っている二人は無視しよう。

 しばらくすると宿屋に着いた。

 そんなに遠くはなかったな。


「まあ、素敵な宿ですわね!」

「そうですね!」


 宿屋はおしゃれな外観で大きな建物だ。

 マルティーロさんの商会の系列って言ってたか。

 立派なところを紹介してくれた。


 ドアを開けるとカラカランと音が鳴る。

 オレンジ色の照明が、いい雰囲気だ。


「こんばんは!」

「あっ。アヤメお嬢さんいらっしゃいませ」

「どうもセレスさん。今日からこの人たちを宿に泊まらせて欲しいんよ」

「はい。お話は伺っております。一部屋ご用意しております」


 どうやら俺達が来る前に知らせが来てたみたいだ。

 さすがマルティーロさんだな。


「当店ではすべてのお部屋は朝食付きとなっております。夜食が必要な場合は併設する食堂をご利用ください」


 受付のセレスさんが説明をしてくれる。


「体を拭くなら小銅貨二枚でお湯とタオルをご用意いたします。浄化屋のご利用は小銅貨7枚となります」

「浄化屋?」

「レンヤさん浄化屋は『浄化』スキルで身体を綺麗にしてくれるサービスです」


 ネネが教えてくれる。

 スカーレット王国にも浄化屋あるんだ。


「なるほど。風呂はないんだな」


 『浄化』があるこの世界では風呂という概念は、あまりないのかもしれない。

 風呂に入らなくても綺麗になるし身体も少し温まる。

 便利だし風呂がそれほど必要ではないのかもしれない。

 浄化専門の浄化屋が生まれるのも必然か。


 俺達も浄化は持っているので問題ない。


「今回、マルティーロから料金はいただいておりますので、ご自由におくつろぎください」


 至れり尽くせりだな。

 ありがたく利用させてもらおう。


「部屋は一番上の階の奥になります」


 そういうと鍵を渡された。


「じゃあレンヤはんと、お二人も、ごゆっくりな」

「ああ、案内ありがとうアヤメ」

「どういたしまして。預かった品物の鑑定が終わったら連絡しますわ」


 そういうとアヤメはウインクをして帰っていった。

 そんな仕草が様になるからいいよな。


「……アヤメさん美人な方でしたわ」


 シーナはいう。


「はい。素敵な方でした」


 ネネはいう。


「ああ、そうだな」


 俺は抑揚のないトーンで同意する。

 波風を立てない回答だと思ったけど、シーナとネネにジト目を向けられる。


「……レンヤさんはああいった女性が好みなのですね?」

「ん?」


 アヤメは美人だし面白い性格で魅力的だ。

 でもそれは恋愛感情とかではないと思っている。

 好みか好みじゃないかと言われれば……。


「まあそうだな」


 こういう答えになるよな。


「ネネ! レンヤさん、認めてしまいましたわ……」

「そうですね。仕方がありませんね……」


「なにを落ち込んでいるんだ。好みの話だろう?」

「……」

「……」


「ほら、とりあえず案内の人も待っているし部屋に行こうか」

「そ、そうですわね!」

「す、すみません。行きましょう!」


 その間宿屋の案内係は、特に口を挟まず待っていた。

 客のプライベートには踏み込まない、それがプロなのだろう。

 さすがはマルティーロさんが紹介してくれた宿屋だ。

 教育が行き届いている。


「こちらの部屋でございます。では御用がございましたら何なりとお申し付けください」


 丁寧なお辞儀をすると案内係は戻っていく。

 部屋は言われていたとおり、ツーベッドルームのタイプだ。

 結構広いリビングとダイニング、そして二部屋のベッドルームがある。


 バルコニーから見える街並みが美しい。

 排ガス等がないので空気が綺麗だ。

 夜暗くなれば星が見えるかもしれない。


 朝食はダイニングで食べることも出来るし、食堂に行ってもいいみたいだ。

 いいところを紹介してもらったな。


「ではレンヤさん部屋割りを決めましょうか?」

「ん? 俺が一人で二人は同じ部屋でいいだろう?」

「あら、何を勝手に決めていらっしゃるのですか」


 食って掛かってくるシーナ。


「ここは公平にじゃんけんといたしましょう!」

「ほう」


 答える俺。


 この世界でもじゃんけんはあるんだな。

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