第56話 商会

「ただいま戻りました!」


 アヤメの声が店内に響く。

 他のお客さんがいるのに大丈夫なのかと思っていたけど、誰も文句を言わないのでこれが日常なのかもしれない。


「お嬢様! お帰りなさいませ。使いの者からお帰りの連絡を受けていませんでしたが?」


 店番らしき男が声をかけてきた。

 通常は船が帰ってきたときには誰かが店に知らせにくるみたいだ。

 荷物を降ろしたりしなくてはならないからだろう。 


「うん、海賊に船をやられてしもうて……」

「ええっ! よ、よくぞご無事で! 大丈夫だったのですか?」

「この人達に助けてもろうて、うちたち二人は平気やったんやけど……」


 アヤメは護衛や船頭たちが海賊に殺されてしまったことを報告する。

 表情には悲しみが浮ぶ。


「そうでしたか。この度はお嬢様を助けていただきありがとうございます。旦那様に伝えて来ますので、あちらの部屋でお待ちいただけますか? ええっと」

「あっ、レンヤといいます」

「レンヤ様ですね。ではこちらの部屋で座ってお待ちください」


 通された部屋は広くテーブルと椅子が備え付けてある。

 たぶん商談用の部屋なのだろう。

 俺たちは言われた通りに座って待つことにした。


 店も大きかったし調度品も豪華なのでかなり儲けているのかもしれない。

 しばらくするとバタバタと部屋の外で走る音が聞こえる。

 ドアがバンっと開く。


「アヤメ! アヤメええ! 大丈夫なのかああ!」


 アヤメを見つけると入ってきた男は、アヤメの肩を両脇からガシっとつかむ。

 そして前後にゆらす。


「け、怪我はないのかああ!」

「だ、だ、大丈夫や、お、おとん……」


 がくがくと揺らされながらも、なんとかアヤメは答える。


「ど、どこも怪我はないのかああ?」

「こ、この人たちが助けてくれたから、へ、平気や」


 そんな扱いで大丈夫なのか?


 するとアヤメから手を離しその男は俺の方にきた。

 俺の両手を握るとブンブンと上下に振りだす。


「ありがとうございます! ありがとうございます! 娘を助けていただいてえええ!」


 手を握りながらぺこぺこと頭を下げる。

 興奮しているのかテンションが高い。


「ええ、無事でよかったですよ……」

「ありがとうございます。私はロード=マルティーロといいます。レンヤさんとおっしゃいましたか? 何とお礼を言ったらいいのやら」


 事前に先程の店員から大体の事情は聞いていたみたいだ。


 この少し小太りの男がアヤメの父親か。

 あまり似ていないな。

 そんな心の声を察したのかマルティーロさんはいう。


「アヤメは母親似でしてね。話し方もあれに似ました。まあ私に似ないで美人に育ったので良かったですよ」


 がっはっはと豪快に笑うマルティーロさん。

 な、何だか面白い人だ。


「ごめん、おとん」


 アヤメは人と船をなくしてしまったことを謝っているようだ。


「いや、他の人たちと船は残念だったがアヤメが無事で良かった」


 複雑そうな表情をしているけど、アヤメが無事でほっとしているといった感じだ。

 人前ではお父様と言いなさいと、アヤメをこっそりとたしなめてた。

 娘を一人前に育てたい父親の愛情が感じられる。


 普段しっかりしている印象のアヤメも色々とあったし、父親に久しぶりに会えたことで素の部分が出てしまったのかもしれない。


「まあ、船と荷物はまた稼いで買えばいいだろう」


 マルティーロさんは極力明るくそういった。

 アヤメに心配させないようにしているのだろう。

 だから俺は言った。


「いや、荷物は全部無事ですよ」

「えっ、そうなのですか? 海賊に盗られたのではないのですか?」


 ああ、なるほど。

 海賊からアヤメたちだけを助けて逃げて来たと思っているみたいだ。

 だから荷物は海賊に盗られてしまったと思っている。


「海賊は倒しました。親分は捕まえて海軍に引き渡しましたよ」

「えっ、た、倒したのですかああ!」


 マルティーロさんは興奮すると語尾がおかしくなるようだ。


「レンヤさんたちは大人数で船旅をしていたのでしょうか?」

「いや、三人ですよ」


 と、従魔二匹だ。

 『ハコニワ』内の従魔はカウントしていない。


「さ、三人で海賊を倒されたのですかああ?」

「いや、レンヤはんは一人で倒しとったよ」


 アヤメがフォローを入れる。


「凄かったんよ」

「ひ、一人でえええ! し、信じられないことだがアヤメが言うならそうなのでしょう……」


 娘の言う事はあっさり信じるんだな。


「いやー、驚きました」

「それで荷物を渡したいのだけど、ここでは狭くないですか?」

「えっ、いまお持ちなのですか?」

「ええ、持っていますよ」


 マルティーロさんはアヤメをちらりと見る。

 アヤメはコクコクとうなずいている。


「しかし全部というとかなりの量なはず。マジックバッグでは無理でしょう」


 やはりこちらでは荷物の持ち運びはマジックバッグがメインみたいだな。


「俺のは少し特別なので容量が多く入ります」


 インベントリがどれぐらいの容量入るのか不明だけど、船が入るぐらいだから荷物ぐらいは余裕だ。


「そうですか……分かりました。隣の倉庫までお越しください。そこで確認させていただきます」


 俺たちは倉庫へと移動して荷物を引き渡すことになった。

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