第4話

「思ってたより小さいな」


俺は目の前にある建物を前に言う。


「校舎なんて大きくしたところで不便なだけよ。それより行くわよ」


そういうもんか。梨奈は俺をおいて先を歩いていく。

俺は梨奈を追いかける。



「俺たち見られすぎじゃないか?」


不躾な視線を先ほどからずっと感じている。


「私が誰かを連れて歩いているからよ。慣れなさい」


周りを見たところ、女子達は盛り上がり、男子達はショックを受けている様子。

反応から察するに俺が梨奈の彼氏と勘違いしているのか?


「もしかして梨奈ってモテるのか?」

「別に普通よ」

「この質問にそう返せるのはモテるやつくらいだ」

「本当に普通よ」


色恋の話にかかわらず梨奈はいつもと変わらない様子。

年頃の女の子ならこういう話は好きではないのか?


「それに男子がショックを受けているのは別の理由だと思うわ」

「別の理由ね、それより告白とかされたことないのか?」

「べつにどうだっていいでしょ。それより空」

「はい?」

「あんまりとやかく言うつもりはないけど、学校では護衛らしくしなさいよ」

「そんなこと言われてもな」


昨夜、俺なりに護衛について調べたが、調べたところで実際に何をすればいいのかよくわかっていない。

もちろん、主人を守るのはわかっているが、そんな事態になることはまず起こらない。

まぁ梨奈との出会いはそういう場面だったがあれは例外。


「とりあえず、私が呼んだときに居てくれればいいわ」

「それ護衛というより召使いになってないか」

「私は学校でも一人の時間が欲しいの。それに空もこのほうが楽でいいでしょ?」

「梨奈がそういうなら、俺は従うまでだ」

「あら、主人を立てるとは感心ね」

「金に見合う働きはするつもりだ」

「昨日さぼろうとしたくせに」


梨奈は呆れながら言う。

その件はほらいっときの迷いだったんだ。


「まぁいいわ。それより空はこれから職員室に行ってね」

「1人で行けると思ってんのか?」

「もちろん案内はするわ」


梨奈の後をついていく。

校舎の中は豪華絢爛というわけでもなく、至って普通。しいてあげるなら薔薇の花が花瓶に複数飾られているくらいだ。


少しして、職員室にたどり着く。


「中に入って転校生と言えばいいわ。色々教えてくれるわ」

「了解」

「またあとで」


そう言い残し梨奈は去っていく。


「すいません、今日転校してきた者です」


扉を開いて、大声を出す。

男性教師が近づいてきた。


「真嶋空君だね、僕は石屋廉、君のクラス担任だよ」


石屋と名乗った男は手を差し出し、そう言った。

初対面でいきなり握手とは馴れ馴れしいやつだな。

俺は一応差し出された手を握る。


「よろしく、です」


ぎこちない敬語で答える。

俺は敬語が苦手だ。これまで必要としていなかったからな、あまり慣れていない。

梨奈に面子を保てと言われているので仕方なく使用しているが、ぶっちゃけ使いたくない。

自分が格下だと認めているみたいであまりいい気分ではない。俺は人の上に立って下の奴らに屁をかましたい。


「ええっと、君は堂本梨奈さんのボディガード登録を済ませているみたいだね」

「ボディガード登録なんだそれ?」

「堂本さんから聞いていないのか?」

「初耳だ。そんなこと」


いかん、普通にタメ口で答えてしまった。

梨奈に敬語くらい最低限使えるようにしろと言われているがまだ慣れていない。


目の前の男に目を向けるがそんなことを気にしている様子はない。

むしろそれ以外のことに気が向けられていた。


「彼女何を考えているんだ?当人に事情を伝えていないなんて」

「俺は梨奈から色々教えてもらえると聞いてい、、、ました」


危ないまた敬語が抜けるところだった。

流石に二回もへまはしない。


「梨奈?護衛対象を呼び捨て?」


やべぇ、ミスった。敬語以外にも罠があったとは!

石屋は訝しい目を俺に向けてくるので慌ててごまかす。


「あれだ、あれです。梨奈からそう呼んで欲しいと言われたんです」

「彼女がそう言うならかまわないが、他の人には気をつけてくれよ」


石屋はしぶしぶ納得した様子だ。


「それでボディガード登録について教えてほしいんですけど」

「ああ、そうだったね」


石屋はこほんと一度咳払いをして続けた。


「ボディガード登録ってのはこの学校にある制度の一環なんだよ。この学校は超がつくお金持ちのお嬢様や御曹司が在学している経済学科のほかにボディーガード学科なるものがある」

「へぇ」

「それで、ボディガード学科の生徒は2年次から同学年の経済学科の生徒の護衛につくんだよ。それがボディーガード登録」

「なるほど」

「二年生からはそのボディガードと仕える主人は同じクラスで授業を受けるんだ。もちろん、授業によっては別で受けるけどね」


てっきりただのボンボンが集まる学校だと思ってたが、ボディガード学科とかやっぱりここは別世界に感じるな。


「思ったんだが、別に同じクラスにする必要ないのでは?ボディガードになるための授業を多くやるほうがいいと思うけど、金持ち連中も自分のことだけ勉強すればいい」

「そこにも理由はあるよ。君の言う金持ちだけで一括りにするのは簡単だけど、その枠だけで物事を捉えたり、金銭感覚の違いをわからなかったり、まぁはっきり言うと世間知らずの子に育つ可能性があるんだ。もちろん、そうならないように僕たちが教育をすればいいのだろうけど、自分で見るものしか信じない子もいる。なら同じ空間にいれば自然と知ることができるんじゃないかって」

「まぁ、そうですね」


言いたいことはわかるが、生徒間で色々問題が起こりそうだ。


「君が今考えてることはわかるよ。価値観の違いなどで問題が起こるかもだろう?そうならないように入試と面接があるんだよ」

「なるほど」


優秀な生徒がたくさんいる理由はふるいにかけているからか。


「それでボディガード登録の話に戻るけど、お嬢様やお坊ちゃんはボディガード学科の中から自分のボディガードを選ばなければならない。それが規則だからね」

「でもおかしくないか?それなら、梨奈にもボディガードの生徒がいるはずだろ」

「彼女にもいたんだよ。彼女が選ばないから、私たちから選んだ生徒を登録させたんだけど、いろいろな理由があって、全員クビだよ」

「なんだよ、その理由って」


もう、敬語を一切使っていないが、石屋はあきらめたように気にしていない様子だ。


「ほとんどがセクハラだよ。着替えを覗かれたとか、体に触れられたとか。やった本人たちは否定してたけど、彼女がそんな人を自分の護衛にしたくないってね」


だから、あいつ出会ったときに俺が手を握ると嫌がってたのか。あれも今の世の中ではセクハラになりかねないから。

ただ、緊急時くらいは許せよな。


「そんなわけで彼女には今、ボディガードがいなかったんだけど、まさか、転校生をボディガードにするなんて思わなかったよ。だから心配でもある」


それはそうだろうな。俺はここにいるボディガード学科の連中と違って、いたって普通の学生だ。ボディガードになるために訓練している奴らとは違って、素人。教師として心配もするだろう。


「護衛としてのスキルはこれから頑張って学んでくれればいいけど、もしかしたらいじめの被害にあうかもしれないんだよ」

「いじめ?」

「堂本梨奈さんはこの学校でも有数の資産のある堂本家のご息女だから、ボディガード学科の生徒は彼女のボディガードをすることを望んでいるんだよ。彼女のボディガードが務まれば、この先、ボディガードとしての評価が上がるからね。だから、いきなり来た転校生が彼女のボディガードと知れば、そりゃあ、嫉妬や妬みがある。僕のほうが彼女にふさわしいのにとか思う人は多いと思う。下手に実力があるから他者を見下す生徒もいる。だからいじめられないか心配してるんだよ」

「なるほど」

「そうならないように教師の僕が目を光らせるけど、届かない時もあるから、何かあったらいつでも相談してくれよ」

「了解」


梨奈と行動しておけば面倒なことに巻き込まれないと信じよう。ボディガードの授業は・・・まぁなんとかなるだろ。


「もうすぐホームルームのチャイムが鳴る。まだ知りたいこともあるだろうけど後で聞いてくれるかな。とりあえず君のクラスに案内するよ」


俺は石屋の後に続いて職員室を出る。

1階だけ階段を登ると角を曲がってすぐに真嶋が止まった。


「ここが君のクラスの2年A組だよ。後で呼ぶからその時に入ってきてくれ」


俺が軽く返事をすると、石屋は教室に入って行く。


廊下に一人俺だけが残される。

周りから声は聞こえるのにこの空間には一人俺が立っているだけ。

転校ってのも久しぶりだな。


しばし感慨に耽ると、教室から真嶋の呼ぶ声が聞こえた。


ここから俺の新しい学園生活が始まる。


「退屈しない日々を期待してるぞ」


一言そう呟いて、教室の扉を開いた。

























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