そして境界線は死んだ。

ray.

第1話#動いた浮世

22xx年、子供の数が異様なまでに減少。気づけば人類は絶滅の危機に立たされていたが、そんな時でもふとしたところで商売だけは続いていく。この時代、新しくできた職業、というべきなのか時代を逆行した職業というべきなのかわからないが、"売り子"という職業がうまれた。

珍しく子どもを望んで、めでたく子宝を授かることができ、そして育てられるような、丁度よい中流家庭にコウノトリがやってきても、いつしか富裕層に高値で売れる、"商品"とみなされるようになった子どもは誘拐にあったり、強姦されたり、何を考えてか反政府組織に殺害されることさえあった。やがて、それでは子どもを守りきることができないと判断した親となった大人たちやその他、政府を見限った官僚たちは"敢えて売る"ことで子どもたちを護ることにする。官僚たちのツテから上等で安全な家を探し、売るのである。子どもが欲しい、と思う夫婦や大人たちはごまんといてもAIとの競争や共同作業に知力を使い果たし、またそうすることでキャリア形成を行ってきた大人には子どもを産み育てるというのは大きすぎるハンデであった。また、産む時間の余裕がある家庭があったとしても、その家庭には育てあげる財力は存在していない。故に、供給量を需要がはるかに上回る。ということは高値で売れる訳である。それに加え、やはり1、2世紀前に比べれば子どもの数が圧倒的に少ないものの、育て上げられない家庭から安く赤子を買えばそのサイクルは保たれる。そういった理屈からいつしか、子を持つ親は"売り子"となった。それとて、苦肉の策であり、ただ、この時代にひとがモノとみなされることはある種の幸せを表していた。売り子自身の子も、売り子が路地裏からコイン1枚で拾い上げてきた子も、それ相応の教育を受け、買われていく。ある意味では子どもの中での差別は減り、ある意味では遺伝子を遺せるか否か、自分を看取ってくれる後継者とも言うべき存在が在るか否かという格差は広がった。

少し前の、AIが生まれたばかり、ヒトもAIたちも、お互いのことをよく知らないでいた頃は人を売り買いすることは違法であったし、そんな奇特な商売をする者は僅かであった。けれども時代は移り変わって行くし、人はやはり強い。自らの子が殺められたりさらわれたりしていったそれを糧に解決の糸口を見いだし、ひいてはそれが職業のひとつとさえ言われるまでになった。

ただ。ただ、である。何処かで、親から売り子へとなった者達の中に、たとえ僅かであろうとも葛藤や迷いはあるのだろう。自分たちが子を望んだせいで、更に濁った世の中が濁って行くのではないか。人道から、倫理から、外れてしまっているのではないか。絶えず、華やかに世の中が移ろうなかで"売り子"たちは頭を悩ませてきた。しかしその悩みは、どこかでできあがった、"店屋に子を売るのではなく譲り渡した者が売り子になる"と言うしきたり故という面もあるだろう。自らの子を手放し、自らの子が売られていくのを見守り、それを終えても尚、仕事を続けていき、育て手となるー。仮に売り買いのサイクルは上手くできていても、すべての人がそれについていける訳でもないのだ。

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