赤い帽子の女

静木名鳥

赤い帽子の女

 そこにいたのはひとりの女性だった。

 白髪とそれに負けない白い肌、目元と唇には質素だが化粧が施されている。 

 死に化粧とはこういうものなのかと思わせるシンプルなその顔に反して、衣装はとても凝っている。

 赤い帽子に金色の薔薇の装飾、帽子に合わせてなのかこちらも赤色のスカーフ。お高そうな明るめの茶色いローブまで身に着けている

 「貴婦人」と呼ぶには地味すぎて「平民」と呼ぶには上品すぎる、そんな見た目をしていた。

 いつからそこにいたのか分からない。僕がここに来たときにはもういたかもしれないし、今この瞬間に現れたのかもしれない。そんな気さえする。自分でもよくわからないのだからしょうがない。

 年は一体いくつだろう?

 一人なのかな?

 なぜここに来たのだろう?

 彼女の存在を認識したその時から、色々なことが気になってきて仕方がなくなってくる。

 気になるのならば聞けばいい。そう思いはしたが遠すぎて僕にはそれができない。

 別の誰かがたずねてはくれないものか……。そう考えながらあたりを見回すとそこに一人の男が現れた。

 全身黒いスーツを身にまとい、全体的に細身で、顔のしわの数を見るに推定70歳ほどの御老人。

 御老人だなどと思わず言ってしまったのはただ単に服装や姿勢の良さだけではなく、その男がまとっている品の良さがそうさせたのかもしれない。

 まあそんなことはどうでもいいか……。あらためて男のほうに意識を向けると、迷いもなく赤い帽子の彼女のもとに歩み寄っていた。彼は彼女と知り合いで待ち合わせでもしていたのかもしれない。

 彼と彼女の距離が見る見るうちに縮まり、その距離わずか2メートルほどの場所でその老人は足を止めた。

 まっすぐ彼女の顔を見つめるが何も言わずにただ対面しているだけ。

 知り合いじゃないの?

 何か話しかけないの?

 何かあったのかな?

 時間が経つにつれ疑問がひとつ、またひとつと増えていく。彼女のほうを見ると男が近づいてきたことに気づいていないかのごとく目をつむったまま表情を変えない。

 それから何十分も時間が過ぎたが。二人とも時が止まってしまったみたいにその場を動かなかった。

 せっかく彼女のことをすこしでも知れると思って期待をしたのにこの男は彼女に話しかけもしないなんて、と近づくこともしない自分のことは棚に上げてそう八つ当たりの感情を抱き始めたその瞬間、男がこちらのほうに顔を向けた。

 考えていることがくちにでちゃったのかと内心不安におもっていたのも束の間、男が体もこちらのほうに向けて一直線にちかづいてくる。

 遠くから見ると優しい雰囲気で赤い帽子の彼女と並んでみると絵になるなと、ほのぼの見守っていたが、こちらに向かってくるその真剣なまなざしに一瞬だけ恐怖を覚えた。

 男は少し離れた位置で立ち止まるとこちらのほうを値踏みするような目でにらんできた。

 なんだろう? 

 僕が何かしたのかな?

 そんなことを考えているうちにも御老人は僕の体をなめまわすように上から下、右から左へと視線を走らせる。

 僕はその間何もすることもできずただその時間が終わることを待った。

 そのまま数分が経ち、男の目の動きが止まったかと思うと、急にいままでほとんど無表情だったその顔が優しい笑顔へと変わっていった。

 笑った。

 笑った? なんで?

 何が起こったのか分からないままぼうっとしていたらその男は何事もなかったかのようにどこかへ行ってしまった。

 いったい彼は何だったんだろう。急に現れて赤い帽子の彼女のところに近づいて行ったと思ったら、今度は僕のところまできてじろじろと見ては急に笑顔になって去っていくなんて……。

 彼がいなくなったおかげで、またこの場所にいるのは僕と彼女だけになった。

 彼女の方を見るとどこか寂し気な表情に見えた。気のせいかもしれないけど。

 それからまた数分が経ち、今度は若い男女の二人組が現れた。

 先ほどの黒いスーツの老人に対してこちらは二人ともラフでカジュアルな服装をしている、ファッションについては僕はあまりわからないけど、なんとなくカラフルでおしゃれだなと感じた。僕はカラフルなものをみるのが好きなのだ。

 男女の二人組はさっきの男と同じようにまずは赤い帽子の女のもとへ近づいていく。今度こそ知り合いなのだろうか?

 3人は友達にしてはなんとなくセンスが合わなそうな気がするし、かといって家族かと言われれば全然顔が似ていない。いったいどんな関係なんだろう?

 男と女の二人組はときおり仲良く話しながらローブを羽織った女性に目をやっていた。目をやるといってもそのまま話しかけたりはせず、先ほどの老紳士のように彼女を眺めるだけだった。

 目の前で会話をされたり、ちらちら見られたりしている当の本人はというと、依然として涼し気に目を閉じたままそこに立っているだけだった。

 やっぱり知り合いじゃないのかな。だとしても赤の他人にあんな距離まで詰め寄られて不快にならないんだろうか?パーソナルスペース? だったかが侵されているきがするのだけど。

 最初に現れた男性に続き二回目ともなるとその様子から、ここに現れる人たちより、ずっとそこに立ちっぱなしでいる彼女のほうに違和感を覚えてきた。普通の人間だったらあんなに長時間同じ場所から動かないのはおかしいし、目の前まで人が近づいてきてるのに目もあけて確認もせずに立っているだけなんて変だ。ずっと同じ姿勢で立っていて疲れないのかな?

 本当に生きてる人間なのだろうかと考えてしまうほどだ。

 またまた頭の中に疑問が生まれていく。そのすべてが未だ謎で、でもそれを知ることもできなくて。このままだとストレスでどうにかなっちゃいそうだよ。

 そう思い悩みながら遠くにいる三人の様子を眺めていたら、男と笑いながら話していた女の方がこちらの存在に気がついたようで笑顔のままこちらまで走ってきてそのまま僕を持って男のほうに戻ってきて言った。

 「このお花、とてもきれいじゃない?」


 

 

 僕は美術館に飾られた花だった。

 私は美術館に掛けられた絵画だった。

 近くで見た赤い帽子の彼女はーーーーーだった。

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赤い帽子の女 静木名鳥 @sizukinatori

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