第102話 ヴィヴィオビストロ騒動 ~エックスバーアール管理図から導かれる異常~ 8

 落ちた場所の遺体の検分が殆ど終わり、特に手がかりもないので俺たちは移動することにした。


「帰らずの城か」


 オルタネータベルトがボソッと口にした。


「何それ?」


「昔一緒に仕事をした冒険者から聞いたの。ヴィヴィオビストロ公爵の城にはお宝が眠っているけど、それを見て帰ってきた者はいないってね。その冒険者のジョブはシーフだったから、そっちの業界の事にも詳しかったのかもしれない」


「だとしたら、俺達がその一番最初になるのかな」


「大丈夫なのか?」


 ティーガタが怯えながら訊いてくるが、俺とオルタネーターベルトは落ち着いている。

 オーリスとして俺の実力を知っている彼女は、この状況でも俺がいればなんとかなると考えているのだろう。

 それに、怪盗のスキルがあれば脱出できると考えているのかもしれない。


「まあ、邪神が降臨するとかなければ大丈夫じゃないですかね」


「頼むぞ。娘の花嫁姿を見るまでは死ねんからな」


「ふーん、娘さんがいたなんて初耳。花嫁姿になる予定なんてあるの?」


 オルタネータベルトが訊くと、ティーガタは頷いた。


「結婚式は奇しくも伯爵の結婚式と同じ日だ」


「は?じゃあなんでこんなところにいるのよ。結婚式に参加しないの?」


「わしはラパンを捕まえるという仕事で給金をいただいておる。奴が予告状を出した以上は公僕として私事はあとまわしだ」


「何よそれ。娘の事が可愛くないの?」


「そんなわけあるか!どこの親だって子供は可愛いに決まっている。オルタネーターベルトの親だってそのはずだ。だが、公僕としては仕事を優先せねばならん」


 俺はちらっとオルタネーターベルトの顔を見たが、明らかに動揺している。

 オルタネーターベルトの親は彼女の為に命を懸けた。

 彼は領主という立場よりも親であることを選び、犯罪に手を染めて亡くなっている。

 その思いは俺も知っている。

 彼女はその面影をティーガタに重ねたか。

 ティーガタもそれに気づいた。


「気にするな。悪いのはラパンだ。あいつを捕まえたらすぐに娘のところに駆けつける。だから、こんなところで死ぬわけにはいかんのだ」


 そういって優しくオルタネーターベルトの頭に手を乗せた。

 オルタネーターベルトの目じりが光った気がしたが、もう一度みるとそれは無くなっていた。


「先を急ごうか」


 この話題は重たすぎるので、俺は前に進む事を提案した。

 少し歩くと目の前にでかい金属でできた像が出てきた。

 ここでも罠を感知する。

 よく見れば周囲には白骨が転がっている。

 落下をクリアーした侵入者がここで朽ち果てたということだ。


「動きそうだね。ちなみに材質はミスリルだよ」


 俺の予想では像はゴーレムだ。


「ふーん、じゃあミスリルゴーレムね」


「そんなもんが城の地下におるのか。迷宮の奥深くにいるようなモンスターだぞ。うごくまえに引き返そう」


 戻ろうとするティーガタの服を引っ張って止める。


「倒します」


「倒すって、アルトのスキルは魔法だろう。ミスリルには魔法は効かんぞ」


 俺の事を魔法使いと勘違いしているティーガタの目の前で、木刀サイズのオリハルコンのピンゲージを作り出す。


「アルト、それは……」


「ここで見たことは他言無用で。これはオリハルコンで出来た棒です。これで叩けばミスリルだって壊せるでしょう」


 そう言ってかかとで床を蹴った。

 俺が間合いに入るとミスリルゴーレムは動き始める。

 しかし、ゆっくりとした立ち上がりでは、俺の一撃が先にヒットする。

 振りぬいたオリハルコンのピンゲージが、まだ動きの定まらないゴーレムの右腕に当たる。


ガキーーーーン


 金属同士のぶつかる音が周囲に響く。

 石の壁で音は反響した。

 そして、ミスリルゴーレムの右腕は肘から先がなくなった。


「あんまりうるさくすると見つかっちゃうかな」


 一旦距離を取る。

 手ごたえとしてはS50CでSS400を殴った時のような感覚だ。

 それがミスリルとオリハルコンの硬度の違いかな。

 JIS規格では見たことない金属なので、その辺はよくわからない。

 ブリネルでいいのかな?

 流石に相手の硬度測定をしている余裕もないので、それは後回しにしておこう。


「アルト、こいつも胸にコアがあるわ。それを破壊すれば動かなくなるはず」


 オルタネーターベルトの指示が来て、俺は胸に見える宝石っぽいのを狙う事にした。

 ゴーレムにはコアと呼ばれるものがあり、それが破壊されると活動を停止するのだ。

 ただ、胸に見えるといっても、ミスリルのプレートで覆われており、かすかにその輝くコアが見える程度だ。

 破壊するにしても、ミスリルのプレートを壊さないとならない。


「わしに出来る事はあるか?」


 ティーガタの声が背中から聞こえる。


「範囲攻撃があった場合に、巻き込まれないように離れていて下さい」


「わかった」


 彼の気配が俺の背中から遠ざかるのがわかった。

 これで懸念はなくなった。

 あとは作業標準書どおりに攻撃をするだけ。

 いつもと変わらない。

 そう、変更点は無しだ。


 そんなやり取りをしているうちに、ゴーレムはこちらに迫ってきた。

 痛覚のないゴーレムは生身の人間と違って、腕が無くなっても動きは変わらない。

 左の拳を繰り出してきた。

 それをピンゲージで叩き落す。

 そして胸の前ががら空きになったので、そこに思いっきりピンゲージを叩き込んだ。

 ピシっと音がして胸のプレートにひびが入り、破片がパラパラと床に落ちた。


 ふうっと一息つくと、一気に割れて落ちた。

 むき出しになったコアにもう一度ピンゲージを叩き込むとコアは割れて飛散し、その欠片は輝きを失った。

 勿論、ゴーレムは動かなくなる。

 俺は二人にもう大丈夫と伝えると、二人ともこちらにやって来た。


「もったいないわね。このミスリルを持ち帰ったら一財産なのに、持ち帰る手段がないわ」


「所有者は伯爵だから、持ち帰るのであれば逮捕するぞ」


「固いんだからぁ~。じゃあいい、アルトのオリハルコンの棒を貰うから」


「これは俺のだから収納しちゃうよ」


 さっさと収納魔法でピンゲージを異空間にしまうと、オルタネーターベルトは口吻をとがらせて不満を表す。


「アルト、それは本物のオリハルコンなのか?」


 ティーガタも食いつき気味に迫ってくる。


「本物、だから俺がそれを作り出せることは口外しないで欲しいんだ。こんなことが知れ渡ったら命がいくつあっても足りないからね」


「わ、わかった。しかし、魔法も使えて剣術も出来る。それに鑑定も出来て、オリハルコンも作り出せるとなると、アルトのジョブはなんなんだ?」


「品質管理ですよ」


「品質管理、聞いたこと無いな」


「そうでしょうね。これは世の中が大量生産大量消費時代にならないと意味をなさないジョブですから、俺以外にこんなジョブを持った人物がいるとも思えないですよ」


 生産技術のジョブを持った男がいるのは知っているけど。


「何にしても、娘さんの結婚式に参加できる可能性が残ったから良かったじゃない。生きていればこそよ」


「む、確かにそうだな。先へ進もう」


 オルタネーターベルトが話題を変えてくれて助かった。

 あんまりジョブについて根掘り葉掘り聞かれると、うまく説明が出来ない。

 転生者であると公言してしまえばいいのだろうけど、その影響度合いがわからないのでそれをするつもりにはなれないのだ。


 暫く歩くと水路が出てきた。

 ちょっと臭いがきつい。


「排水路ね。城から出たものを上から捨てて湖に流しているんだわ」


「となると、ここを辿っていけば外に出られるかな」


「そうかもね。でも、この城の秘密を見ないと帰れないわよ」


「うーん、結構な時間が経っちゃったけどなあ」


 遺体の検分にかなり時間が掛かったせいで、おそらく今は夜になっているはずだ。

 お腹がすいたのもあるが、グレイスやパーティーメンバーが心配しているだろう。

 あまりここに長居するのもなあと思っていたら、前方の上部から光が漏れているのが見えた。

 俺はライトの魔法を消して、漏れている光を頼りに進んでいく。


「アルト、姿を消せる?」


 オルタネーターベルトに小声で言われたので無言で首肯して、姿を消す魔法を自分を含めて三人にかけた。

 光が漏れている場所にくると、頭上には鉄格子があった。

 鉄格子の大きさは600ミリ四方である。

 ようやらどこかの部屋の床にある鉄格子みたいで、音も聞こえてくる。

 通路の天井は1.8メートルなので、鉄格子から室内を覗くことが出来た。

 そこにはダークエルフの女性がひとりとゴブリンが多数、それに黒衣の男がいた。

 ゴブリンたちは作業をしているようで、どうやらそれが金貨の鋳造だと会話などからわかる。


 俺は一旦どいて、オルタネーターベルトとティーガタが代わる代わる鉄格子から室内を覗いた。

 そして十分確認が終わったところで鉄格子から遠ざかる。

 こちらの会話が聞かれてしまう可能性があるからだ。


「あれはいったい?」


 ティーガタに訊かれたので、俺は答える。


「どうやら金貨の鋳造をしているみたいですね」


「そりゃ犯罪、しかも重罪じゃないか。ばれたら処刑は確実だ」


「だから見せたくなかったんでしょうね。それに、ゴブリンやダークエルフまで城内に引き込んでいる。国家転覆を狙っていると言われてもおかしくないですね」


「こりゃあ直ぐにでも報告しないと」


「じゃあ帰りましょうか」


 と言ったところで、俺の指にはめている恋人たちの指輪に魔力が流れ始める。


「グレイスからの呼び出しだ。二人とも俺に掴まって」


 指輪の魔法よりも先に転送魔法を使って、宿泊している宿に転送する。

 その後、俺だけ指輪の魔法でもう一度転送されるが、転送先はティーガタとオルタネーターベルトを転送した部屋の隣の部屋だった。

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