第78話 人件費の話

「ジャーニー!!」


「パパ」


 冒険者ギルドに帰ってくると、深夜にもかかわらずオーランドは起きていた。

 そして娘の顔を見ると名前を叫んだ。

 ジャーニーもオーランドの胸へと飛び込む。


「よかった」


 スターレットがちょっと涙ぐんで、指で零れ落ちそうな涙をぬぐった。


「スターレット……」


「ほら、私親がいないからちょっと羨ましいのと、会えてよかったなっていう風に思ったら」


 こういうとき、シルビアは流石におちょくったりはしない。


「あたしはギルド長に報告してくるからね」


 と言って部屋を出ていった。


「誘拐犯は神殿でした。でも、神殿は王都とステラでは派閥が違うので、王都の方の暴走だともって下さい。誘拐の実行犯は捕まえましたが、命令を下したと思われる上層部は王都にいますので、そちらまでは何も手が回ってません」


「いいえ、ありがとうございました」


 オーランドが深々と頭を下げる。


「これからどうしますか?神殿がなにか報復してくる可能性もありますけど」


 俺は心配している事を訊いてみた。


「はんざ……いえ、シーマと相談してみます」


「ああ、それがいいかもしれませんね」


 オーランドは犯罪ギルドと言いかけて止まった。

 娘の前で流石にそれは口に出来なかったのだろう。

 犯罪ギルドで保護してもらうのが一番いいのかもしれないな。

 取引材料としてこんかい引き渡した人質もいる事だし。


「じゃあ、俺達はこれで失礼します。冒険者ギルドからはいつでも好きな時に出ていけますので」


「本当にありがとうございました」


 オーランドはもう一度頭を下げる。

 そしてジャーニーもそれにならう。


「さあ、スターレット。俺達は帰ろうか」


 そう言ってスターレットと一緒に部屋を出た。

 深夜で殆ど人のいない冒険者ギルドはとても静かだ。


「ねえアルト」


「何?」


「今夜は一緒にいてもらってもいいかな?」


「いいよ」


 俺はスターレットの手を取って、冒険者ギルドの外へと出た。


「家族っていいよね」


 スターレットは夜空を見上げてそう言った。


「そうだね」


 俺は繋いだ手を少しだけ強く握った。

 そして、誰もいないステラの通りを二人で黙って歩く。


 夜の仕事だったこともあり、起きたら太陽が真上にいた。

 隣で寝ているスターレットを起こして、身支度を整えると冒険者ギルドへと出勤する。

 なお、スターレットも一緒である。

 ジャーニーの救出については、報酬はでないが依頼をこなしたとカウントされるので、昇級試験のための実績となるから、その手続きをするのだ。


 なお、今日は遅刻扱いではなく、前日の仕事の関係で変則勤務という扱いになる。

 こういうところは前世よりもホワイト企業なんだよな。

 対策書を書くのに徹夜しても、翌日というか当日8時から勤務をしなければならなかった前世の方が圧倒的にブラックだ。


 昼の喧騒を掻い潜り、冒険者ギルドへと到着すると、そこにはシルビアが待っていた。


「さあ早くこっちにきなさい」


「どこへ?」


 強引に手を引っ張られる。


「応接よ。客が待ってるわ」


「客?」


 全くもって心当たりがない。

 シルビアは大きなため息をついた。


「はぁ、夜中に捕まえた連中のことでシーマとグレイスが来てるのよ。それとグレイスの護衛でジーニアと神殿騎士団。こちらはもう巻き込まないでもらいたいものね。アルトは毎回トラブルが寄ってくるから疲れるのよ」


「あはは、トラブルが寄ってくるのは品質管理の宿命みたいなもんですからね」


 乾いた笑いが出てしまう。


「あの、私は?」


 スターレットが自分を指差す。


「もう、十分関係者だから一緒に来て」


「はい」


 応接室の前に来ると、2名の神殿騎士が立っていた。

 彼らに会釈して室内へと入る。

 室内にいるのはギルド長、シーマ、グレイス、ジーニア、神殿騎士団長の5人だ。

 シーマは肌の露出が多い黒のロングドレスで、グレイスは対称的に肌が殆んど見えない白い服だ。


「待たせたわね」


 シルビアが空いてるソファーに座り、手を引かれている俺は当然その隣に座る。

 俺を挟んでシルビアの反対側にスターレットが座った。

 昨日とはうってかわり、今日はシルビアがスターレットを煽る。

 座ったあとも俺に腕を絡ませ、そして自分の方へと引っ張る。

 スターレットも負けじと同じようにするので、大岡裁きみたいな状態になってしまった。


「あら、随分と見せつけてくれるわね。でも、よくみたら私の好みの顔ね。あと10年したら考えてあげてもいいわ」


 シーマがクスッと笑う。


「神は姦淫を否定されております。神罰が下らないようにお気をつけ下さい」


 こちらでも対称的に、グレイスは怒りを圧し殺して説教じみた言い方をする。


「用件をうかがいましょうか」


 苦笑いしか出来ないが、なんとか脱線を修正しようとしてみた。

 それを受けてか、シーマは先程までの雰囲気とはガラッと変わり、試験室の-40℃の室温のような冷たい目付きとなった。


「昨日引き渡して貰った連中から得られた情報なんだけど、まずは全員が神殿の所属だったわ。あの家に来ていた連絡員もそう。ただ、ここにいる聖女派ではなく、王都の息のかかった連中ね。事を構えるのが神殿とは、まったく面倒なことになったわ。あいつら自分達は大したことないのに神の威光を笠に着て、あたしらの商売を邪魔してくるのに、余計に目をつけられちゃうじゃない」


 シーマの言葉にグレイスが咳払いをしてから、


「同室に関係者もおりますので、もう少し言葉を選んでいただけますでしょうか」


 と笑顔で釘を刺す。

 シーマはそれをふふんと鼻で笑って受け流す。


 そういえば、どうして同席しているんだ?

 その疑問をシーマにぶつけてみた。


「あたしのところだけじゃ手に負えないと思ったから、神殿内部で派閥対立している聖女様御一行に話を持って行ったの」


 ジーニアがこくりと頷いて、それが本当であると示した。

 シーマに確認が取れたところで話を元に戻す。


「となると、向こうから身柄の返還要求があったら無条件で受けるんですか?」


 俺の質問にシーマは頷く。


「傍から見たら弱腰かもしれないけど、普通に考えたら裏仕事を失敗した暗部の人間がどうなるかなんてわかるでしょう。こちらが手を汚す必要もないわ」


 彼女は自分の首の前で手のひらを真横に動かす。

 首を斬る動作だな。


「今回の誘拐犯のリーダーであるアイゴは神殿のウォリアーモンクの序列10位ですから、そんな簡単に始末してしまうでしょうか?」


 グレイスの疑問に答えたのは神殿騎士団長だった。


「暗部の作戦失敗とは死を意味しますからな。本来であれば情報を吐く前に自決するべきでしょうが、今回こうして生け捕りとなってしまったからには、アイゴの身柄を回収して何をしゃべったのかを確認してから責任をとらせるはずです。そうでないと、他のメンバーも自分が生きるために情報をペラペラと相手にしゃべるようになりますからな」


「自決だなんてそんな。それは神の教えに背く行為ではないですか」


 グレイスの言うように、神殿の教義では自死、自殺、自決は禁止されている。

 が、そもそも暗部とは教義、教典のどこに載っているというのだろうか。

 それは神殿が自分達に都合よく解釈して組織しているに過ぎない。

 そんなものに、教義もなにもないだろう。

 品質マニュアルなら改訂が必要なところだが、生憎と教典はそんなにちょくちょく改訂するようなもんじゃない。

 なにせ、神の言葉が一年に一度の定期見直しがあったとしたら、絶対的な存在であるということに疑問がわくだろう。

 不変であるからこその絶対的な価値観のはずだ。


「私がこういうのもなんですが、組織を運営していくうえで全てを清らかにするのは困難ですな。暗部の存在も、そこの掟も」


「そういうことなら仕方がないですね」


 あっさりと納得したグレイスは、前世の地が出たようだった。

 おそらくだけど、神殿の教義には強い思い入れがあるわけではなく、聖女という役割を演じているだけだろう。


 俺はここでオーランドに襲われる前にしようとしていたことを思い出す。

 デボネアの店に行こうとしていたのだ。

 それは洗濯ばさみを作る事ができるのか確認するためであり、その前にグレイスと話していた神殿が洗濯ばさみを売る理由がなんなのかを確認しなければ。


「あ、そうだ。なんで神殿が洗濯ばさみを売っているのか、身柄を押さえているうちに確認しないとだね」


 グレイスは首を振った。

 そしてシーマが口を開く。


「それは聖女様に言われて尋問してみたけど、捕まえた連中は資金稼ぎ以外の理由はしらなかったわ。ただ、聖女様の推測を聞いたけど、あたしも魔族側が人の社会との関係を作ろうとしているし、なんなら擁護派をつくるつもりじゃないのかって思うわ。麻薬だって体に悪いのに、鎮痛剤として必要だとか疲れが取れるとかいう理由で、取り締まりの緩和を要請する連中がいるのよね。魔族を排斥したら便利な道具が使えなくなるとなったら、彼等を擁護して道具を使い続ける道を探す連中が出てくるはずだわ」


 地球に於いてもとある国家が侵略戦争を行い、国際的に連携してその国に対して制裁を実施したとしても、資源をそこから輸入している場合に、はたしてどれだけの国が実効性のある制裁を実施できるのかという問題がある。

 そうなれば、当然何とかして輸入を続けたいと思い、なんらかの理屈をなべて輸入を継続しようとするはずであるし、実際に歴史がそれを証明している。

 身近なものでいえば、トリクレンやメチクロなどはその高い脱脂能力のおかけで、環境への影響や発がん性があり危険で使用を禁止するといいながらも、未だに使用が出来ているわけだ。

 即座に全面禁止にしたら成り立たなくなる製品があるので、強硬的な措置を取れていないのである。


 知恵の無いモンスターがこんなことを考え付くとは思えないが、知恵のある連中が力押し以外の方法を考え付いたのだろうか?


「まあ、相手がそうやって出てくるなら、こちらも同じようなモノを作って売ればいいじゃないか。替えが効くなら何も連中のものを使わなければならないってこともないだろう?」


 シーマのいう事は尤もだが、そこには大きなハードルがある。


「ちょうどそのことで、知り合いのドワーフに相談しに行こうと思って歩いていたところをオーランドに襲われたので、まだ確認が取れていないのですが、多分問題になるのは加工よりも価格ですね」


「価格?そんなもの相手と同じかそれ以下にすればいいじゃないか」


「製造業原価が違いますよ。相手は大量生産のノウハウをもっている。でも、こちらは手作りになります。そうすると、一日に生産できる数に差が出てしまいます。それがそのまま販売価格に影響しますから」


 製品の価格を決めるときに、材料費に加えて人件費を計算しなければならない。

 1ヶ月に20日稼働日があり、給料が20万円の人だとしたら、1日10,000円稼ぐ必要がある。

 そこに社会保険だったり、福利厚生だったり、会社の取り分だったりが乗るので単純ではないが、仕組みとしてはそうなる。

 デボネアならば、自分と奥さんが生活出来る分だけは稼がなければならない。

 となると、1日に出来る個数が1個ならば、それに1日の生活費をのせなければならない。

 これが1年かかるような製品だと、日本であれば500万円とかになっても不思議ではない。

 ぱっと見高いと思うけど、製作者の生活を考えれば当然の価格だ。


「でも、相手も大量生産するために設備投資しているんじゃないかしら?その償却を考えたら勝負できるかも」


 グレイスがそういう。

 それも確かにあるが、償却という考え方があるかどうかだな。

 リースなどでもそうだけど、設備投資した場合にその設備が1日にいくら稼げば黒字になるのかという計算が出来る。

 その設備投資額が高額になればなるほど、製品のコストは上昇する。

 ただ、


「現在売りに出されている金額を見みてみないと、その考えが通用するかどうかわかりませんね」


 流通を担う行商人たちがいくらでこの洗濯ばさみを販売しているかしだいだ。

 ただし、出来を見る限りでは人の手によるものではなく、機械加工によって作られているので難しいだろうという予感がしている。

 じゃあ、型を作って大量生産で対抗できるかといえば、樹脂成形なんてものがないので鉄の鋳物になってしまう。

 これで洗濯ものに錆がついてしまったら目も当てられない。

 選択肢として木だけなので、手作業だとどうしても価格で負ける。


「それなら物流費を削減できればどうでしょうか?各都市に生産拠点を作れば、現在のように王都からの運搬と比べて物流費が大きく削減できます」


 グレイスの提案には大きな問題がある。


「生産拠点を複数もつ、そのためには製品の規格を統一する必要がありますね。そしてその品質の管理」


 ばねの強さや、製品の合いがどの程度まで許容できるのか。

 そもそもの大きさの公差範囲はどうなのか。

 どこかで粗悪品が出回ってしまうと、魔族の方が良かったという意見が出てきてしまう。

 21世紀ですら地球各地の工場で同一の品質で生産できないのに、こんな中世ヨーロッパ風の世界で品質管理なんて無理だと思う。


「アルトのジョブは品質管理でしょ。なんとか出来ないの?」


 スターレットの疑問にセンブリよりも苦い前世の記憶が蘇る。

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