第47話 塩水噴霧試験
今は冒険者ギルドの食堂で昼食をとっている。
正面には本日は冒険に行かなかったスターレットがいる。
冒険者といっても、毎日冒険をしているわけではない。
迷宮都市なので、迷宮に出現するモンスターの素材は常時買取をしているが、だからといって毎日迷宮で冒険をする者は余程金に困っている者だけだ。
人間休息が必要だよね。
そんなスターレットと向かい合って座り、食事となったのだ。
「なんか、味が薄くなってない?」
「言われてみればそうかな」
スターレットが目の前に出されたスープを一口飲んで、以前よりも塩気が無くなったというので、俺もそれを一口貰って飲んでみた。
味覚の判断は官能検査といって、感覚的なものであるので、個人差がとても出やすい。
それでも、俺も味が薄くなったと感じたので、やはりこれは味が薄くなっているのだろう。
「塩の値段が上がっているのよ」
後ろからやってきたシルビアが、俺の隣に座るとそう教えてくれた。
シルビアが俺の隣に座ったことがとても気に入らないのか、スターレットがそれだけで伝説の黒龍を殺しそうな視線でシルビアをにらみつける。
シルビアも負けてはおらず、そんなスターレットを鼻で笑った。
席を移動したい……
「なんで塩の値段が上がっているんだ?」
俺は雰囲気を変えるべく、シルビアに塩の値段が上がっている理由を訊ねた。
「ステラに塩を運ぶ商隊が襲われているのよ。まあ、襲われるのはそれだけじゃないけどね」
「でも、商隊だって護衛は雇っているんじゃないの?」
シルビアの答えにスターレットが更に質問した。
俺もそれは気になる。
普通は護衛を雇うもんだよな。
冒険者ギルドで斡旋する仕事ではメインになるぞ。
「そうね。護衛は雇っているのよ。でも、塩を運ぶ商隊だけが積み荷を必ず奪われているの。他の商品を運んでいる商隊は賊を撃退していることもあるのにね。塩の値段が上がるまで、冒険者ギルドもそれに気が付かなかったのよ」
言われてみれば、冒険者ギルドは失敗した依頼の統計なんて取ってないな。
大まかに失敗や成功は記録しているが、どんな護衛任務だったとか、なんの採取依頼だったかなんていうものは記録していない。
後から分析しようにも記録が無いから聞き取りをするくらいだ。
今回は塩の値段が上がるという事象で、何らかの異常があるという事に気が付いたって訳だ。
「塩を足すか」
俺はそういって【塩水噴霧試験】スキルで塩を作り出す。
本来塩水噴霧試験は塩分濃度が決められている。
濃度は5%であり、使用するのは食塩ではない。
しかし、そこはブロックゲージ作成やピンゲージ作成のようなチートスキルで、塩水の濃度は自由に設定できるし、食塩も作り出せるのだ。
取り敢えず、ピンクソルトを一握りつくって、パラパラとスープにまぶす。
「アルト、何してるの?」
突然出現したピンクの物体を、俺がスープに入れたので、怪訝な目をするスターレット。
「塩を足したんだけど」
「「はあ?」」
スターレットとシルビアが間の抜けた声を出した。
「鉄に塩水をかけて、さびが出るか確認する試験があるんだよね。それを行うスキルを取得してあったんだ。だから、塩と水はスキルでいくらでも作り出せるんだ」
塩水噴霧試験をざっくりと説明する。
まあ、理解できないだろうが、詳しく説明しても理解できないと思う。
「あんた、それ黙ってなさいよ」
シルビアが真顔になった。
なんだろうか?
「どうして?」
「塩の輸送をしている商人達は輸送費がかからなくなるってわかって、あんたを必死で取り込もうとするでしょうね。逆に輸送の仕事がなくなると、護衛任務を受けていた冒険者から狙われるわよ」
「大袈裟な」
と言ってはみたが、塩の価格が上昇しているいまだと、確かに狙われる可能性はあるな。
「まずいかな?」
俺はシルビアとスターレットの顔を交互に見た。
二人とも頷く。
そのタイミングで丁度肉が運ばれてきた。
「でも、今だけは必要ね。人間塩が無いと死んでしまうもの。もう一度さっきのをお願いね」
シルビアは欲望に負けたようだ。
塩味の足りない料理で我慢する事はせずに、塩をたっぷりとかけて食べるようだ。
ピンクソルト美味しいよね。
一通り食べた後で、シルビアがここに来た用事を思い出す。
「そうそう、ギルド長が呼んでいたわよ。あたしと一緒に執務室に来るようにって」
「思い当たる事がないんだけど……」
思い当たることがないときほど、酷い話が出てくることが多い。
好事魔多しって奴だな。
順調に生産している時の、設計不良による緊急会議みたいなもんだ。
「食べたら行くわよ」
「はい――」
スターレットとはここで別れて、シルビアと一緒にギルド長の執務室を訪れる。
ノックをすると中から返事が帰ってきたので、ドアを開けて中に入った。
この時手のひらにジットリと汗をかいていたのは、前世の記憶によるものだろう。
上司からの呼び出しなんて悪いことしか無かったぞ。
「よくきてくれたね。実は最近塩の輸送が失敗続きでねえ」
ギルド長は穏やかな口調で話し始めたので、俺は拍子抜けしてしまった。
塩の輸送失敗については、何も関わってないから、話題としても俺が怒られるようなものじゃない。
「塩を運んでいる商隊が悉く襲われているんだよ。襲った連中に関する手がかりが掴めなかったので、冒険者の護衛として調査部の人材を送り込んだけど、彼等も賊には勝てず、結局相手の手がかりは無いままになっている」
冒険者ギルドの調査部とは、依頼者の素性を探ったり、依頼が正規の状態で終了したか等を調査する部門である。
また、ごく稀に新規のダンジョンが見つかれば、マッピングを兼ねた調査に乗り出したりもする。
荒事に遭遇する確率が高いため、それなりの実力を持ったメンバーで構成されているのだ。
それが勝てなかったのだとすると、相手は相当手強い。
「で、あたしらを呼んだのは、調査部でも勝てなかった相手と戦うため?」
シルビアは腰に手を当て、相手が上司であるにもかかわらず、ぞんざいな口調で質問した。
ギルド長は怒る様子もなく、静かに頷いた。
「でも、不思議ですよね」
と俺は発言した。
「何が気になる事でもあったかい?」
ギルド長が俺の方を見る。
「奪った塩を闇でもいいから流せば、塩の価格はそんなに上昇しないと思うんですよ。価格の上昇は供給が減ったからなんでしょうけど、塩を奪った連中はそれだとお金を手に入れられないんじゃないですかね」
「確かにそうかもしれないね。売りさばくのに時間がかかるとなると、そんなに旨味もなさそうだね」
ギルド長に俺の言わんとすることが伝わったようだ。
「今塩を売っている中の誰かが、賊を雇っている可能性が高いと思います」
塩を奪って換金するのが目的じゃなく、奪う事を目的として雇われていると考えたら、今回の供給量の減少は説明がつくんじゃないだろうか。
賊がお金持ちで、値上がりするまでは自分達の蓄えて生活できるという可能性もあるが。
「そういうことね。じゃあ商人を片っ端から締め上げれば黒幕にたどり着くんでしょ。今から行くわよ」
相変わらずシルビアは気が早い。
まあ、それが出来れば最速で黒幕にたどり着けるのは否定しない。
無関係な商人から恨みを買ったり、衛兵に捕まったりするリスクは考えてなさそうだな。
常識ある大人はそれを考えるから遠回りするんだぞ。
ま、対驢撫琴ですけどね。
「それこそ、調査部が調べればいいんじゃないかな?暴力に訴えるのはそのあとでいいと思いますよ」
俺はシルビアを諫める。
ギルド長も苦笑しているな。
「君達には隣街の冒険者ギルドで塩の輸送を護衛する仕事を請け負ってもらう事になっている。あちらの冒険者ギルドにも話はしてあるから、他のメンバーとはそこで合流して欲しい。塩が無いと死んでしまうからね。なんとか襲撃している連中を退治、若しくは手掛かりだけでも欲しいんだ」
ギルド長にそう言われる。
「あ、塩なら何とかなると思いますよ」
俺は目の前で塩を作りだした。
「これは自分のスキルで作り出した塩です。食べても問題ありません」
この世界に存在するはずのない真っ白な塩がの手のひらにある。
それをギルド長の目の前に差し出すと、ギルド長は一つまみとって、ぺろりとなめた。
「確かに塩だね。でも、どうしてこんなに真っ白になるんだい?」
そりゃあ、生成する過程で不純物を取り除く仕組みが雑な文明と、神の与えてくれたスキルの違いでしょうね。
とは言えなかった。
「スキルが作り出しているので、俺にもわかりません」
「そうか。でも、これで高騰する塩の価格を抑えられることが出来るよ。もっと作れるかな?」
「限界までやった事がないのですが、どこか広い場所はありますかね?」
「買取部門の倉庫にしようか」
俺とギルド長の会話を聞きながら、シルビアがこちらを睨んできた。
これは「なんでばらしているのよ」って事だろうな。
でも、塩がないと困る人達がいるのなら、やはりスキルは使うべきだろう。
今使わなくて何時使うというのだってやつだな。
お金は冒険者ギルドからしっかりといただきますけどね。
そんなわけで、スキルを限界まで使ってみた結果、一年分に相当する量の塩が出来た。
明日また魔力が回復したら、また一年分出来るのだろうか?
それだと、塩の輸送なんて要らなくなるよな。
俺がいなくなったら元に戻るが。
しかも、これを一気に市場に放出したら、間違いなく価格が暴落する。
誰も輸送コストをペイ出来なくなるだろうな。
やっぱり安易に使うべきじゃないと理解した。
今回の分はギルド長が上手く捌いてくれる事に期待しよう。
「それでは、これで一先ずの供給不安は無くなったので、安心して輸送の護衛任務に行ってきます」
「よろしく頼むよ」
こうして俺とシルビアは塩の輸送を襲う賊のおとり捜査に出かけることとなった。
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