第46話 火花試験 後編

 翌日、約束の時間となり、再びデボネアの工房にシルビアとスターレットと3人で伺った。

 俺がスケッチしたものは出来上がって設置されていた。


「これ、試しに動かしても大丈夫ですか?」


「もちろんじゃよ」


 デボネアに確認を取って、砥石の設置された卓上旋盤を動かす。

 卓上旋盤というかグラインダーだな。

 大小二つの歯車が大きな抵抗も無くかみ合い、軸がくるくると回った。

 改めて思うが、ドワーフ凄い。

 まあ、それでも少し音が出るので、研磨用の砂を歯車にまぶして使っていれば、そのうち当る箇所もすり減って馴染むだろう。

 昔の汎用旋盤ってそうやって作っていたしね。


「これなら大丈夫かな」


 動作を確認して問題ないことが判ったので、俺はブロックゲージを作成した。

 ブロックゲージの素材は、あらかじめ確認しておいた以前デボネアが加工していたのと同じ成分のものだ。

 グラインダーを勢い良く動かし、砥石が高速で回転し始めたところでブロックゲージを砥石に当てた。

 線香花火のように火花が飛び散る。


「この火花を覚えておいてください」


 デボネアにそう指示した。


「次に、この前の材料を当てます」


 一旦ブロックゲージを当てるのを止めて、ソレントから預かってきた異材をグラインダーに当てた。

 今度も火花が飛び散る。


「ほら、さっきとは火花が違うでしょ」


「ふむ」


 デボネアは興味深そうに火花を見ている。

 これは火花試験といって、グラインダーによって発生した火花の種類をみて、鋼材の種類を確認する方法である。

 炭素含有量やクロム、モリブデンなどの成分の有無によって火花が様々な形を見せるのだ。

 俺が作ったブロックゲージを基準として、加工前の鋼材の火花を比較すれば、成分分析をしなくても含有物を確認する事が出来るのだ。

 物理法則や元素などが前世と同じ異世界でよかった。

 その前提が崩れていたら、火花試験も使えなかったはずだ。

 厳密にはオリハルコンが存在するので、前世と同じとは言えないが。


「加工前にこれで火花を確認してくださいね」


「それは判ったんじゃが」


「まだ何か?」


 デボネアはグラインダーを指さした。


「これを使って何か加工出来ないもんかのう」


「旋盤やへら絞りっていうのが出来ますよ」


 デボネアは回転するグラインダーに興味を持ったのだ。

 砥石を外して刃物をつけるとか、材料を回転させてそれに刃物を当てれば旋盤として使えるし、ローラーやへらを当てればへら絞りが出来るな。

 それを身振り手振りで説明した。

 現物を見せることが出来ないので、これが精一杯だった。

 ついでに言えば、残念ながら品質管理のスキルでは、それらの条件を決めることはできない。

 回転速度などは試行錯誤しながら見つけてほしい。


「これと同じものを他の鍛冶屋にも作って渡せますかね?」


 俺の質問にデボネアが首を横に振る。


「頑固モンばかりじゃからのう。相談されたらアドバイスするくらいかのう。こっちから言っても駄目じゃろ」


 ドワーフ、なんて面倒な種族。

 なんとなく前世の面倒だった人を思い出す。


「それじゃあ仕方ありませんね。このブロックゲージが摩耗して火花を出しづらくなったら教えてください。また新しいのを作りますから」


「すまんな」


 デボネアが俺に対して頭を下げた。

 ちょっと照れ臭かったので、慌ててデボネアに頭を上げるようにお願いし、代わりに握手をした。


 デボネアの方はこれで解決した。

 流出対策はバッチリだな。

 どちらかというと発生対策になるのかもしれないが。

 ただ、今回の発生原因はソレントが異材を納入したことだろう。

 そっちも決着をつけないとな。


 デボネアへの説明が一通り終わり、することもなくなったので工房を出た。

 シルビアとスターレットと三人で食事でもと誘ったら、冒険者ギルドの食堂にしようと話が決まった。

 太陽がやや西に傾いてはいるが、まだまだ明るい往来を歩いて冒険者ギルドに向かう。


「あとはソレントの所に来ていた連中の黒幕を捕まえれば解決かな」


 俺のその一言を聞いて、シルビアが眉間にしわを寄せた。

 あれ?


「その事なんだけど、冒険者ギルドについたら話すわ」


 いつになく低いトーンで喋るシルビアに、俺とスターレットは否が応でも緊張する。

 冗談でこんな態度をするとも思えないので、なにかとても嫌な予感がした。

 その後は無言で歩いた。

 そして、冒険者ギルドのドアを開けて中に入ると、レオーネがこちらに走り寄って来た。


「今、衛兵隊から連絡があって、昨日捕まえたうちのひとりが、他の3人を殺して逃亡したそうです!」


 レオーネから告げられる。


「逃げたのはラティオかな?」


「そうでしょうね。3人がラティオを殺せるとも思えないし。これから話そうと思っていたんだけど、黒幕はカイロン伯爵よ。昨日尋問して聞き出したの。衛兵が買収されていて、真実がわからない可能性もあるから、縛る時に確認しておいたわ」


「カイロン伯爵が!?相手は貴族じゃないですか!」


 俺はシルビアから伝えられた事実に驚愕した。

 まあ、それなりに資金力を持っている相手だとは思っていたが、貴族それも爵位は伯爵ともなると、俺達が簡単には手を出せない。


「そうね。殺された連中の証言があったとしても、『自分を陥れるための嘘だ』って言われたら、それ以上は調査出来ないでしょうね。直接乗り込んで口を割らせるしかないわ」


「貴族相手に?」


「今のアルトなら大丈夫でしょ。おたずね者になっても、誰も捕まえられはしないわよ」


「アルトとなら、何処までも逃げていくからね。2人の逃避行なら、私たえられるから」


 スターレットも両手の拳をグーで握って、その意気込みを教えてくれた。

 当の本人である俺には、全くそのつもりが無いのだが。


「あまり実力行使に出たくはないなあ。話し合いでなんとかならないかな?」


「仲間でも躊躇なく殺す連中よ。話し合いが出来ると思う方が間違っているわよ。あんた時々押しが弱くなるわよね」


 シルビアの指摘はよくわかる。

 が、前世の記憶から暴力での解決にはなんとなく引っかかるものがある。

 そうは言いながらも、転生してからは結構暴力で解決しているけど。


「それにしても、またラティオと戦わなきゃならないかもしれないのか……」


 できれば白金等級の相手とは二度と戦いたくない。

 作業標準書のスキルもばれているので、対策を考えてきそうだし。


「アルトはまだいいよ。私なんて狙われたらどうにもならないじゃない」


 スターレットが悲痛な声を上げる。


「もう3人で一緒に生活して、ひと時も離れないようにしないとならないわね」


「それだとシルビアが邪魔」


 スターレットが酷いことをいうが、聞かなかったことにして流す。

 でも、2人を守る事は考えないといけないのか。

 気が重い。


 それから数日間は流石に牢破りの事実を隠せず、衛兵が街中を血眼になってラティオを探し回った。

 しかし、ラティオの姿を見つける事は出来ていない。

 カイロン伯爵の邸宅を捜査するわけにもいかないんだろうな。

 街中にいるとも限らないし。


 念のためソレントのところも見回ってみたが、追加の嫌がらせは無いようだ。

 さすがに正体がばれれても嫌がらせをするほどの度胸は無かったか。

 まだ一日しか経ってないから油断は出来ないが。

 何かあったら連絡をくださいとは言ってある。

 見捨てるのは後ろ髪を引かれるというのもあるが、ソレントが助かるために、俺のオリハルコンを作り出せるスキルをばらされても困るしな。


「そういえば、アルトはオリハルコンの他にも金属を作り出せるの?金とか銀とか?」


 スターレットもちょうど俺の金属作成を思い出す。

 ブロックゲージとピンゲージは自由度がかなり高いスキルだ。

 JIS規格が同じでも、メーカーによって硬さや色がかなり違う。

 そのパラメーターを弄ることも出来るし、オリハルコンや金といった金属でゲージを作ることも可能だ。

 正直、このスキルだけあれば、仕事をせずに生きていける。

 生きていけるけど、出処を探られると面倒なので、貴金属はあまり作りたくない。


「命と引き換えになら出来るよ」


「え、じゃあこの前のオリハルコン作ったのも?」


「あれも少し寿命を消費しているんだ」


「どれくらい?」


 少し涙目になるスターレット。


「オリハルコンだと1年かな」


 嘘なんだけど、ホイホイ作れると知られたくないので、スターレットには悪いけどそういう設定にした。


「あんまり使わないでね」


「うん」


 そういわれて頷いたが、シルビアがいつミスリル銀の話題を出すのかドキドキしている。

 あれも寿命が減ったことにしないとだよな。

 ホイホイとオリハルコンやらミスリル銀を作っていたら、とんでもないインフレになっちゃうぞ。

 ミダース王はあれだけ黄金を生み出しておきながら、インフレを起こしたという記録がないのは凄い。

 俺が金を作り出したらこの世界はインフレに襲われるはずだ。

 自重するしかないな。


「スターレット、あたしとアルトはギルド長に報告していくから、先に行って席を確保しておいて」


「わかった」


 シルビアに言われてスターレットが食堂の方に行ってしまった。


「あんたのスキルが寿命を消費するって嘘でしょ。ミスリル銀を作った時も、今回のオリハルコンを作った時も全く躊躇しなかったじゃない」


「ばれましたか……」


 スターレットがいなくなってから、シルビアが俺に耳打ちしてきた。

 シルビアにはばれていたか。


「まあいいわ。あんな能力があったら、誰に狙われるかわかったもんじゃないものね。黙っておいてあげるわよ」


 バンと強めに背中を叩かれた。

 もう少し優しくできないものかと思うが、黙っていてくれるのは助かる。

 ギルド長に今回の事を報告して、俺とシルビアはスターレットが待っている食堂へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る