第37話 面倒から逃げる薬

 エランがマンドラゴラの先入先出をしないで、古いものを腐らせたのは面倒な事をしたくなくなる薬を使ったかららいし事がわかった。

 エランから聞いた薬をくれた人の特徴は、フードを被った女性だということ。

 女性というのも声から判断しての事だ。

 そんな怪しい人からもらった薬を服用しちゃうなんて、秦の始皇帝か白雪姫くらいのもんだ。

 しかし、実際に目の前に服用した人間がいるのだから、他にも服用する人間がいると思わないといけないのが品質管理。

 そこには、個人の問題ではなく、仕組みとしての問題があるはずだ。

 今回でいうならば、薬を配っている奴だ。

 発生源対策をしないと夜も眠れない。

 おっと、それは対策書の提出期限があったからだな。

 それさえなければ、不良が出ても夜は眠れるぞ。


 そうそう、それはそうとレベルがまた上がった。


品質管理レベル30

スキル

 作業標準書

 作業標準書(改)

 温度測定

 硬度測定

 三次元測定

 重量測定

 照度測定

 ノギス測定

 輪郭測定

 マクロ試験

 塩水噴霧試験

 振動試験

 引張試験

 電子顕微鏡

 温度管理

 照度管理

 レントゲン検査

 蛍光X線分析

 シックネスゲージ作成

 テーパーゲージ作成

 ネジゲージ作成

 ピンゲージ作成

 ブロックゲージ作成

 溶接ゲージ作成

 リングゲージ作成

 ゲージR&R

 品質偽装

 リコール

 RPS補正


 三次元測定の派生スキル、【RPS補正】を取得してみた。

 こいつは自分の選んだ要素を任意の座標に固定出来るスキルだ。

 要素っていうととても品質管理的な表現だが、要するに相手の手足を固定するスキルだと思って欲しい。

 ロープなしで相手を拘束出来るのが魅力だな。

 対象は一体だけなので、犯罪組織と戦うには使えないけど。

 これがなんで三次元測定の派生スキルなのかというと、基準面の取りにくい製品を測定するのに使用しているのである。

 他にも【オフセット軸補正】っていうのもあったが、今回は【RPS補正】にしておいた。

 オフセット軸補正は固定ではなく、指定した二次元の座標に近いところに要素を移動するスキルだ。

 この辺は説明で伝えられる自信が無い。

 三次元測定機、しかも某社のインターフェースを使わないと上手く説明出来ないんだよね。

 まあ、それなので相手を固定するっていう説明になってしまうのだが。


 そんな新スキルを使う場面が有るといいなとウキウキしながら、エランが薬をもらったという通り迄やって来た。

 既に日が暮れており、すれ違う人たちの顔は暗くてよくわからない。

 工場の検査ラインなら、まず間違いなく光量不足を指摘される様な暗さだ。

 どのみち今回は顔のわからない相手を探すのだから、これでも構わないのだが。

 エランを探していた時の暑さはいくぶん和らいだが、それでもまだまだ空気は暑い。

 皆薄着の中で、フードを被っているなら、目立たないようにするはずなのに、逆に目立ちそうなものだ。


 あまりキョロキョロと周囲を見るのも怪しいので、それとなくを心掛けて件の人物を探す。

 すると、建物の壁に隠れるようにして立っている、フードを被った細身の人物が見つかった。

 細身といっても、体の線が隠れるローブを着ているので、太くはない程度の認識ではある。

 ごく自然な振る舞いでその近くを通りすぎてみようとすると、あちらから声をかけてきた。


「仕事で悩んでいたりしませんか?」


 声は若い女性である。

 これは前世でも経験したことあるな。

 そのときは宗教の勧誘だったけど。

 綺麗な女性に駅で声をかけられて、逆ナンかと期待したら、突然「この素晴らしい本を読んでください」って教祖様の書いた本を手渡されたんだよな。

 しかも、電車に乗った駅と降りた駅で二回も。

 なんて日だ!

 そして、「あなたの幸せのために祈らせてください」って言われるんだよね。

 この世界にはリアルに神様がいるから、それなら神殿にいくけど。


 でだ。

 俺に話しかけてきた人物は、勿論そんな宗教関係者ではない。

 予想通りなら、ここで例のお薬をゲットできるはずだ。


「実はとても悩んでいるんですよ。他人のミスのせいでお客に頭を下げるのは本当に辛いです。なんでこんなことになっているんだって言われても、全くわかりませんからね。苦情処理なんてやるもんじゃないですよ」


 前世の記憶を思い浮かべ、迫真の演技(自称)をする。

 すると、女性は懐から薬包を取り出した。


「これは?」


 訝しむ表情を作り、訊ねてみた。


「気分が楽になる薬よ」


 フードからかいまみえる唇がうっすらと笑ったのが見えた。


「薬?高いんでしょ」


 ただより高いものは無いからな。

 こんなものをなんの疑いもなく受け取って、しかも服用しちゃうエランはどうかしている。

 もっと他人を疑う心を持った方がいい。

 純粋か!


「これは今特別に無料で配っているの」


 そう説明してくる女性。


「どうして?」


 また訊ねた。

 無料で配る意図がわからない。

 まあ、ここで本当の事を言うとも思えないが。


「スポンサーがお金持ちなのよ。庶民の心を少しでも楽にしてあげたいっていう思いからね」


 それが本心なら大したものだな。

 是非ともこの国を治めて欲しい。

 若しくは、日本に転生して経営者になって下さい。


「じゃあ、その人に会ってお礼を言いたいんだけど。駄目かな?」


 配りたい奴がいて、それが目の前の女性でないならば、やはり会うべきだろうな。

 どう考えても、そっちが黒幕だ。


「駄目よ。その人はとても高貴な人で、庶民が会うことなんて出来ないわ」


 そう断られてしまった。

 ならば仕方がない。


「では、貴女で我慢しましょう。一緒に来てもらいましょうか」


 そう言って腕をつかんだ。

 黒幕に繋がる重要人物だ。

 逃がしはしないぞ。


「きゃあああああっっっっっ!!!!!」


 腕をつかまれた女性は闇を切り裂く様な大声で叫んだ。

 流石に、これだけの大声をあげられると注目を浴びてしまう。


「何をしている!」


 タイミング悪く、パトロールをしていた衛兵に見つかる。

 パトロールをしていたといっても、某日系車両メーカーの車の真似をしていた訳ではない。

 見回りという意味でのパトロールだ。

 ここは断っておかないと、混乱を招きそうだよね。


「こいつが女の人を力ずくで拐おうとしていたのを見たぜ」


 外野が余計なことを言う。

 というか、お前いつからそこに居たんだよ。

 衛兵といい、目撃者といいタイミングが良すぎだな。

 グルか?


「そいつは取り調べる必要があるな。一緒に来てもらおうか」


「あ、ちょっと待って」


「待たねえよ」


 俺の腕を掴んで、女性から引き剥がす。

 抵抗してもよかったが本物の衛兵のようだし、彼に怪我をさせた場合は本当の犯罪者にされそうなので自重した。

 その隙に女性には逃げられる。


「さあ来い。抵抗したり逃げたりしたらもっと大変なことになるからな!」


「はいはい」


 諦めて衛兵に従い、取り調べを受けるため、屯所についていく。

 取り調べは当たり障りがなく、本当に俺を捕まえて裁く気がないのがわかった。

 ただ、身元引受人が居ないと釈放できないと言われ、仕方がないのでシルビアの名前を出した。

 なにせ、家出同然でステラに辿り着いたので、家族を引受人にするわけにはいかない。

 そういえば、前世では違法風俗店で警察に踏み込まれ、参考人として連行された人が、身元引受人を家族に出来なかった話を聞いたな。

 気持ちはよくわかるが、そもそもそんなところにいくのが悪い。

 身から出た錆だな。

 塗装や鍍金の前処理でも落ちきれないくらいのな。


 取り調べが終わったのが既に夜中であったので、翌日連絡をして来てもらい、それからの釈放という手順になった。

 朝日が出てからすることもないので牢の中でゴロゴロしていると、シルビアが迎えに来てくれた。

 ここでロウ付けでもしていれば、牢中ロウ付けというギャグを言えたのにと歯噛みするも、炉中ロウ付けがここには存在していないので伝わらないなと思いなおす。

 炉中ロウ付けというのは、炉の中にワークを入れて、全体を加熱してロウ付けする工法だ。

 それに対して、バーナーで局所的に加熱してロウ付けするのがトーチロウ付け。

 そんな説明が必要なギャグを言おうとしていたとは反省だな。


「なにやってるのよ」


「ちょっとロウ付けのことを考えてました」


 不満の口吻のシルビアに、ロウ付けギャグを考えていたことを伝える。


「そうじゃないわよ!どうして牢に入っているのよ!」


「あ、それについては衛兵さんに迷惑がかかるから、出てからにしましょう」


 こんなところで話すと、女性とグルだったかもしれない衛兵に情報が筒抜けになる。


「そうだぞ。痴話喧嘩なら外でやってくれ。でもって、痴話喧嘩くらいで衛兵を呼ぶなよ。夫婦喧嘩や痴話喧嘩で殺すだのなんだの言っても、実際には大した怪我もしないんだからな」


 衛兵は俺達を追っ払いたいようだ。

 こちらとしても長居をするつもりはないので、さっさと退散することにした。

 ただ、ひとつだけ言わせてくれ。

 目の前の女は喧嘩になったら命のやり取りだぞ。

 そう目で訴えたのだが、伝わったのだかは不明だ。


 外に出て、尾行がついていないのを確認してから、シルビアに訳を話す。


「エランが仕事でミスをしたんだけど、どうもその原因っていうのが麻薬のせいなんですよ」


「麻薬!?」


 シルビアがビックリする。

 俺は頷くと、話を続けた。


「で、その麻薬は知らない人からもらったものだというので、エランに麻薬をくれた人を探していました。それで、なんとか見つけて自分も麻薬をもらったのですけど、入手経路や目的を聞き出そうとしたら叫ばれて、そこに衛兵がとおりがかって捕まったというわけです」


「じゃあ、その女はどうしたの?」


「そのままどこかに消えてしまいました」


「おかしいわね。普通なら被害者の方にも聞き取りをするはずだわ。まるで逃がすためにアルトを捕まえたみたいじゃない」


 シルビアもそう判断した。


「さっきの衛兵も仲間だとみて間違いなさそうですね」


「そうよ。きっとそうに決まっているわ。だから、戻ってあいつを締め上げたら、女の居場所を吐くわよ」


 シルビアの意見にのりたくもあるが、それをするなら昨日捕まる時に抵抗している。

 我慢が無駄になるぞ。

 それに、俺には他の手がかりもある。


「ほら、これがその麻薬ですよ」


 そう言って薬包を取り出してシルビアに手渡した。


「これがそうなの」


「はい。これを冒険者ギルドで鑑定してもらえば、原材料がわかると思います。そうすれば、原材料の入手ルートから犯人を探せると思いますよ」


 そう、これが手がかりだ。

 冒険者ギルドに着くと、ギルド長にお願いして麻薬を鑑定してもらうことになった。

 面倒なことはやらなくなるなんていう、品管泣かせな麻薬なんて、この世から根絶してやる。

 まあ、麻薬なんか無くても、面倒なことはやらない作業者ばかりだけどね。

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