第36話 先入先出 後編
さて、無事にエランを連れ戻すことができたので、ここからいよいよ真因の追求と対策だな。
前世の不良対策も、取り掛かるまでにかなり時間が掛かったものだ。
何せ、まずは選別からなので。
場合によっては、選別前に原因の報告を求められる場合もあるのだが、担当していない製品の不良なんて、ラインすら見たこと無いので、何も説明できない。
客先の偉い人とかもいる会議室で、訊かれたことに全く答えられない経験は二度としたくないな。
あれは辛かった。
今回は組織内部の話だから、吊し上げられる様なことは無いので安心だ。
あっても、エランの吊し上げだろう。
ただ、組織の内部でそれをやっては、問題解決にはならない。
個人が悪いという結論では、人を変更するだけで終わってしまうからだ。
犯罪ならそれでもいいだろう。
しかし、これは不具合対策なのだ。
誰にでも起こりうるミスに対しては、何の解決にもならない。
なので、エランを吊し上げる様なことがあれば、俺は反対するぞ。
さて、いよいよ聞き取りの開始だな。
「これは別にエランの責任を問う訳ではないです。マンドラゴラを腐らせてしまった真の原因を追求するための質問なので、正直に答えてください」
俺ができる限り優しい声と表情で話しかけたのだが、エランはやはり警戒しているようだ。
「そんなことを言っても、俺がミスしたのは変わらないから、後で親方に怒鳴られてクビにされるよね?」
エランの言葉に俺は首を振って否定した。
「レオーネもジュークもまだこの冒険者ギルドで働いていますよね。彼らもミスをしたけど、その後対策して仕事を続けていますよ。大切なのはミスをした後のリカバリーじゃないでしょうか。ミスをしない人なんて存在しませんからね」
そういってあげると、エラン少し表情が緩んだように見えた。
「そんなわけで、事実確認をしながら原因を見つけていきましょう。何故新しいマンドラゴラから使ってしまったのですか?古い物があるのを知らなかったからとか?」
俺の質問にエランが首を振って答える。
「古いのが下にあったんですよ。わかってはいたんだけど、早く材料を持っていきたかったから、まだ大丈夫だと思って上にある新しい物から持ち出しました」
エランの答えだけではわからないので、もう少し詳しく説明をお願いすると、マンドラゴラは箱に入っており、それが積み重なっているのだという。
箱は床に置かれていて、新しい箱を古い箱の上に重ねていたそうだ。
使うときに一番下の箱を取り出すのが暗黙のルールとのこと。
この辺は、識字率が低いからルールを何処かに書いておいても、読めないから口頭指示になるのは仕方ないかな。
なぜなぜ分析が進んだぞ。
マンドラゴラが腐った>古いものが残っていた>上から使っていた>入れ替えが大変だから
こんなところだろうか。
あるよな。
前世でも床に置く事は無かったが、棚やパレットの上に積み重ねちゃう事は良くあった。
置いた作業者は古い物がどちらかわかっているが、他の作業者はそれがわかりにくい。
そして、人間取りやすいところから取るものだ。
わざわざ下から取り出すことはしない。
スーパーなどで主婦が後ろや下から取り出すのを見たりもするが、工場ではまず無いぞ。
だから、古いものが常に前や上にくるような工夫が必要になってくるのだ。
コロコンと呼ばれるローラー式のコンベアに傾斜をつけて、後ろから入れた製品が自重で前に落下してくようにすることが多い。
コンビニの冷たいジュースとかも同じだな。
ひるがえって、今回のエランのやったことはどこでも起こっている問題だ。
作業者にも非があるのだが、そんな環境にしている方にも問題があるな。
改善すべきは作業者の心ではなく、作業環境であるべきだ。
とはいえ、ベアリングが無い時代なので、コロコンを作るわけにもいかない。
ならば、せめて積み重ねをしないようにするか。
「箱のサイズは毎回同じですか?」
俺が訊くと、エランは頷いた。
それならいけそうだな。
「棚を作ってそこにマンドラゴラの入った箱を置きましょう。一段が一箱しかおけないようにすれば、下から取る手間はなくなりますよ。あとはどれが古いのかわかるように、取り出す順番を決めてここから取り出すっていう看板をつくりましょう。文字は読めなくてもいいように、看板には矢印を描いておけば誰でもわかるでしょう」
これはコロコンを設置するだけの広さが無い場所で使ったやりかただ。
棚を用意して、一段に一箱だけしか置けないようにする。
これならどこから取り出せばいいのかを表示しておけばいいだけだ。
まあ、実際には棚の天板の上に重ね置きする奴が出てきて、結局は先入先出が失敗するのだけどね。
どうしてそうやって本来の運用を無視するやり方を見つけてくれるのかね?
ここでは同じことが起こらないように、親方にエランをはじめポーション製造部の部員たちを厳しく管理してもらおう。
離職率の高さと非正規労働者の多さが一因のような気もするので、ここみたいに全員が正規雇用でジョブによる転職に制限があるような世界だからなんとかなるだろう。
実際、品質の悪化に非正規雇用の影響が出ているという研究結果もあるのだ。
工場に派遣作業者を認めてから、品質が酷くなったという意見の裏付けだな。
「これなら入れ換えの手間が無いから、新しい奴から使って、古い奴が残ることも無いですね」
エランは俺の説明を聞いて理解したようだ。
棚の設置にはもう少し日数がかかるから、その時にでも立ち会って、運用方法をもう一度説明しようかな。
親方にも同じ話をすることにして、棚の完成を待つことになった。
それにしても今回は、聞き取り対象の作業者が逃げ出すとか、前世でも数度しか経験したことのない事が起こったな。
流石に毎年はないのだが、数年に一度は逃げちゃう奴が出る。
逃げても解決などしないのだが、兎に角逃げてしまうのだ。
これはなにも派遣社員だけではない。
正社員も逃げ出して、電話にもでなくなる事がある。
退職届すら出さずに解雇されてしまった人を見た事がある。
それも40代なのだから、今までどんな人生送ってきたんだよって言いたかったな。
別にうつ病とかでもなくて、不良を出してしまった事から逃げただけってね。
エランもそれと同じになるところだったな。
あれ、でもそんなに責任感の無い男だったかな?
もっと、仕事には責任を感じていた気がするが。
気になったので、エランに訊いてみた。
「エラン、ミスは初めてじゃないよね」
「そうだね。何度も迷惑をかけてきた」
しゅんとなってしまったが、それが目的ではない。
「今まで逃げ出さなかったのに、どうして今回は逃げ出したの?」
そう、これが違和感だ。
何かしらの変化点があって、今回は逃げ出してしまったのだ。
この言い方が非常に品管っぽいな……
「言われてみれば、今まで何度も親方に怒鳴られてきたけど、今回みたいに田舎に帰るとか考えたことはなかったな。どうしてだろ?」
「いつもと違った事があるはずだよ。それを思い出してみて」
エランも考え込んでしまった。
さて、どんな答えが帰ってくるだろうか。
「そういえば、街で知らない人に仕事が上手くいく薬だよって言われて、粉薬を手渡されました。飲んだら気が楽になったんですよ。ただ、面倒なことはやらなくていい。辛ければ逃げちゃえって思うようになったのもそのせいかな?」
「いつの話?」
「昨日の帰りだね」
知らない人からもらった薬を飲んじゃうとか、かなり問題ある行動だな。
親が教育しないのか?
いや、ここには毒入りジュース事件とかまだ発生していないんだろうな。
それにしても、面倒な事から逃げる薬か。
そんなものが出回ってくると、品質に影響しそうだな。
人に厳しく、品質に優しいがモットーの俺としては見逃せない。
本当にその薬のせいかも確認したいしね。
「エラン、その人の特徴を詳しく教えて欲しいんだけど」
俺は独自にその薬を調査することにした。
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