第27話 数間違い

 またスキルが増えた。


品質管理レベル28

スキル

 作業標準書

 作業標準書(改)

 温度測定

 硬度測定

 三次元測定

 重量測定

 照度測定

 ノギス測定

 輪郭測定

 マクロ試験

 塩水噴霧試験

 振動試験

 引張試験

 電子顕微鏡

 温度管理

 照度管理

 レントゲン検査

 蛍光X線分析

 シックネスゲージ作成

 ネジゲージ作成

 ピンゲージ作成

 ブロックゲージ作成

 溶接ゲージ作成

 リングゲージ作成

 ゲージR&R

 品質偽装

 リコール


 照度管理に照度測定を取得。

 これならランタンもトーチもいらないな。

 それに、いつでもどこでも外観検査が出来る。

 照度不足の倉庫での選別にも、このスキルが欲しかった。

 LEDライトを持ち込んで検査したけどね。


 増えたスキルを確認して、シルビアと対峙する。

 ここは冒険者ギルドの訓練所。

 彼女の手にはミスリル銀のショートソードが握られている。

 今までのショートソードと重量が違うので、使い勝手を確認したいのだという。

 変化点管理としては合格だな。

 品質管理のしてんからしたら、前のショートソードも持ってきて、両者を比較するのが望ましいがな。


「手加減はしないわよ」


「訓練ですよね?」


 腰を落として構えるシルビアに、訓練であることを確認するが、返事は無かった。

 来るっ、と思った瞬間飛燕のごとき速度でシルビアが襲いかかってきた。

 慌ててSCM435で出来たブロックゲージを作り出すが、一刀のもとに両断される。


(やはり高周波焼き入れをしていないと柔らかいか……)


 と考えながら後ろに飛び退いてシルビアの間合いから離れる。

 最初に彼女のいた場所には砂利が舞っていた。

 踏み込みの速さが本気過ぎだ。

 殺す気か?


「殺す気で――」


 文句を最後まで言えなかった。

 次の攻撃が来たからだ。

 鋭い突きが俺の喉があったところを通過する。

 これはこちらも本気を出さないとな。


「ブロックゲージ!」


「きゃっ!」


 シルビアの足元にブロックゲージを作り出し、彼女の体勢を崩す。

 その一瞬の隙を逃さず、一気に間合いを詰めてシルビアの首に手刀の一撃を御見舞いした。


「いたたたた」


 俺から距離を取って首をさするシルビア。

 手加減したからダメージが浅かったか。


「もう少し強く打ち込まれていたら死んでたわよ!」


 あれ?

 シルビアからのクレームが来た。

 殺すような攻撃を先にやってきたのはどっちだよ。


「罰として晩御飯はアルトのおごりね」


 そんなわけで、その後はやり過ぎないという協定が結ばれて、命の危険のない訓練が続いた。

 夕方になって相談窓口になると、そこにはスターレットがいた。


「待ってた……」


 暗い雰囲気でそういうスターレット。

 俺とシルビアは顔を見合わせる。


「どうしたの?」


 訊ねてみると、スターレットは待っていた理由を話してくれた。


「討伐の証拠の数が足りなくて、クエスト失敗してしちゃって……」


「なんで?」


 数が足りないのは何故だろうか。

 時間切れっていうほどの遅い時間でもない。

 窓から入る陽射しは、太陽がまだ沈んでいない証拠だ。


「迷宮のゴブリン討伐だったの。30体討伐したはずが、持ち帰った耳が28体分しか無かったの。それで、帰ってきて受付でクエスト失敗になって、パーティーのみんなからお前のせいだって怒られて……」


 ゴブリンの討伐は、その証拠として右耳を切り取ってくるのだ。

 今回は30体という数字の指定があったようだな。


「途中で落としたのか」


「いいえ、数え間違いかな。確かに30数えたとおもったんだけど。袋に穴はあいてなかったし……」


 これで、昇級テストのための条件のうち、失敗が1カウント増えてしまったと肩を落とすスターレット。


「ふん、ちゃんと数えないからよ」


 腰に手を当て、シルビアが指摘する。

 因みに、この世界も普通は10進法である。

 ここでいう30は当然10進法での数字だ。


「シルビア、そうは言ってもちゃんと数えるっていうのは漠然とし過ぎですよ。数え間違いは誰でもやってしまう可能性があるから、間違えない方法を考えないとですね」


 ちゃんとだの、気を付けるだの言ったところで間違いは発生する。

 作業者がいい加減な気持ちだったかというと、必ずしもそうではないのだ。

 対策で「次から気を付ける」って言ったところで、同じミスを再発させてしまうのだ。


「まずは状況の確認かな。スターレット、その時の状況を詳しく話してくれるかな?」


「うん。今回は迷宮じゃなくてステラの近くの村で、ゴブリンが住み着いて目撃情報が多かったから、間引くための依頼を受けたの。どうも拠点が複数あるから、30体以上は討伐して欲しいっていう内容ね。期日は今日までってなっていたわ」


「ありがちだねえ」


 まあよくあるような依頼だな。

 全滅させようにも、くまなく調べるとなると、依頼者も冒険者を長期間拘束する報酬を払うことになる。

 そこまでは無理なので、ある程度間引いてくれたらいいっていう依頼で妥協しているんだよな。


「カイエン達と一緒に朝から討伐を開始して、ある程度倒したところで私が証拠の耳を数えることになったのよ。数を数えている時に、カイエンに時間を聞かれたので間違ったのだと思います。10個まで数えた時に時間を聞かれて12時と答えて、次に13からカウントアップしていったのかな」


「時そばか!」


「時そば?」


 思わず口にしてしまったが、この世界に時そばっていう落語はないな。

 時そばは今のようにそばの屋台で代金を支払う時に、時間を聞いて代金を誤魔化すという落語の演目だ。


「なんでカイエンはスターレットに時間を聞いたのかな?」


 本人がここにはいないが、スターレットの知っている情報を確認したい。


「時計を持っているのが私だけだったからかな」


 時計はマジックアイテムで、賢者の学院で売っている。

 そこそこの値段なので、駆け出しの冒険者では手が出ない。

 パーティーで一人持っていれば十分なので、全員が持っていないことは珍しくない。

 ただし、これだけが原因とも思えない。


「スターレット、数を数える時はどうやって数えたのかな?例えば5個まとめて荷物袋に入れたとか、1個ずつ荷物袋に入れたとかあるじゃない」


「それは1個ずつね。数えながら入れていったのよ」


 やはりか。

 工場ではカウンターによる数の確認のほかに、並べ検査というものがある。

 5個とか10個のようにキリの良い数字の数で製品を並べて、となり同士で違うものがないのか確認するのだ。

 部品の欠品を確認する他に、数の間違いを防止する役割がある。

 SNPに応じて3の倍数になったりもする。

 今回でいえば、ゴブリンの耳を5個並べて確認してから荷物袋に入れればよかったのかな。

 検査台の代わりになるようなものを治具として用意しよう。


「30なんて数字で止めないで、もっと倒せばよかったのよ。どうせ追加の報酬も出たんでしょ」


 シルビアがスターレットに言うと、スターレットは首を横に振った。


「今日はシエナの誕生日で、ランディが人気のレストランを予約していたんです。どうしても早い時間に帰ってきたくて」


 ありがちだな。

 特別急がされて確認が疎かになる奴か。

 生産管理や営業が飛び込みで持ってくる仕事みたいだ。

 間に合わせても大して感謝もされないくせに、不良が出ると対策書を書かされるのだ。

 そんな仕事は断れ。

 シエナの誕生日じゃ仕方がないだろうけど。

 そんな日にそんな仕事入れるなよと心の中で突っ込んだ。


「スターレット、対策が出来たら連絡するよ。そんなに時間はかからない」


「うん、わかった」


 その日はそれでスターレットとは別れた。

 俺はすぐに売店のジュークの処に行き、治具の構想を伝える。

 多分売れるんじゃないかな?


「この程度の物なら、ドワーフなら一日で何個もつくってくるな。明日には出来ているだろうぜ」


 ジュークは試作に協力してくれるようだ。

 これで条件はクリアー。

 後はこれが普及するのを期待だな。


 治具は翌日の昼に納品された。

 細長い木の箱で、仕切りで10の部屋に区切られている。

 外寸が一緒で5部屋のバージョンもある。

 後はスターレットが来るのを待つだけだな。


 夕方になって彼女はやってきた。

 今日はソロで薬草の採取をしていたようだ。

 ギャランに薬草を渡しているのが見えた。


「スターレット、出来たよ」


 俺は彼女に近づくと、出来た治具を見せた。


「10個並べたら袋に入れるんだよ。それを3回繰り返せば30個だろう。1個ずつ袋に入れるよりも、数え間違いが起こりにくいんだ。それと数を数えている時は、話しかけられても答えちゃ駄目だからね。数え終わってから答えないと」


 作業中の声掛けは禁止だ。

 工程飛びの原因になるからだ。

 必ず1サイクル終わってから会話をするようにしないとね。


「ありがとう。次から気を付けるね」


 昨日から暗かったスターレットの顔に、明るさが戻った。


「ところで――」


 スターレットが真顔になる。

 何か質問だろうか?


「何で昨日はシルビアと仲良さそうにしていたの?」


「そんなこと?」


「そんなことじゃない。とても大切なこと。何してたの!?」


 隠すようなことでもないので、ここは正直に答えた。


「訓練だよ」


「本当に?盟神探湯くかたち出来る?」


「熱湯に手をいれたら誰でも火傷すると思うよ」


「そう、アルトは私のために無罪を証明しようとしないのね」


 スッとスターレットの目のハイライトが消える。

 この娘怖い。


「冗談よ。この後夕食に行きましょう。まさか、シルビアとは一緒に行けて、私とは行けないってことは無いわよね?」


 笑顔じゃない笑顔に睨まれて、俺は冷たい汗を流しながら首肯した。

 その日の夕食は砂を噛むようなもので、味は全くわからなかった。

 官能検査なら大問題だな。


 その後、売店で販売した並べ検査治具はそこそこの売上になった。

 やはり、他の冒険者も時々やらかしていたようだな。

 どこでも起きる不具合だよね。

 俺は転生前の世界にいるはずの同僚たちの顔を思い浮かべて、彼らは今どんな対策をしているのだろうかと苦笑した。

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