第13話 作業観察3

 まずは説得するにしても、出ていったクリオを捕まえなくてはならない。

 セリカにはここで待つように伝え、俺とスターレットはクリオを探すために外に出た。


 最初に冒険者ギルドの職員寮で、彼の部屋を訪ねてみたが、中に人の気配は無かった。

 俺の部屋を見たいとスターレットが駄々をこねたが、今はクリオの捜索を優先しようと説得した。

 見ても面白いもんじゃないし。


「聞き込みしかないか」


 日は既に地面と接触しようかというところまで傾いてきていた。

 クリオを見掛けなかったかと、今日の仕事を終えて帰ってくる冒険者達にのべつ幕なしに訊いた。

 しかし、中々目撃情報は無い。

 冒険者でない人は、冒険者ギルドに来ることが少ないので、クリオを知っている人は皆無だろうし困ったな。


「クリオが運斤成風の料理人だったとはな。セリカの思いも成就させてあげたいけど、見つからないことにはなあ」


 ため息をついて赤くなった空を見上げる。

 夕焼け空よ、どうしてお前は不良の色なのだ?

 まるで今の俺達の行動が異常処置だとでも言っている様ではないか。

 などと、ついつい心の中で赤いものに文句を言ってしまう。

 そんな俺の意識を引き戻したのがスターレットだった。


「ねえアルト」


「何?」


「『うんきんせいふう』ってどういう意味?」


 ごめん、この世界では故事だと通じないよね。


「腕のいい職人ってことだよ。俺の育った地域の方言だ」


「そう。いつか二人で行ってみたいわね」


 スターレットはそう言うが、この世界ではなくて前世の世界なので、どうやっても無理だと思う。

 俺は曖昧な笑みで誤魔化した。


 その後も聞き込みをしながら街中の様々な店を覗いてクリオがいないか確認をした。

 メインの通りにはいなかったので、捜索範囲を徐々に裏路地に拡大した。

 それが良くなかった。

 人通りの少ない細い路地を捜索していると、悪人面した男達に前後を挟まれてしまった。

 その内の二人には見覚えがある。

 セリカを連れ去ろうとしていた奴らだ。


「さっきはよくもやってくれたな。このままじゃ俺達の面子に関わる。やられっぱなしって訳にはいかねえからよ」


 成程、仲間をつれて仕返しに来たというわけか。

 前に三人、後ろに三人。

 みんな手には刃物を持っている。

 勿論、俺が追い払った二人は、叩かれたのとは反対の手で持っている。


「お前らが街中を人探しでうろうろしているのはわかったから、こうして狭い路地で待っていたら、まんまとやってきやがって。さっきの礼は倍にして返してやるぜ」


 男は下卑た笑みとはこういうものかと思えるような顔だった。

 性格の悪い検査員が、初物の受け入れ検査をするときの三倍は悪い顔だ。

 それにしても、よくこんなところで待っていたな。

 通らなかったらどうするつもりだったのだろうか?


「こんな奴らに構っている暇は無いのに――」


 そう言うと、スターレットはショートソードを抜いて構えた。

 確かに今は時間が惜しい。


「【振動試験】」


 俺は振動試験のスキルを使う。

 六人の男達は気を失い顔から地面に倒れこんだ。


「何これ?」


 相手が突然倒れてしまい、気の抜けたスターレットは俺の方を見て説明を求めた。


「振動試験っていうスキルで、奴らの脳を揺さぶって脳震盪を起こしてやったんだ。暫くは起きてこれないだろうし、顔から倒れたから、鼻の骨くらいは折れたかもな」


「そんなスキルがあったなんて」


 まあ、振動試験機をそんな風に使うなんて、前世ではあり得ないけどな。

 JIS規格で定められた自動車部品の振動試験の条件だと、振動試験中の製品に手で振れても脳震盪になることはない。

 直接脳に振動を与えたから出来る事だな。

 振動試験中のワークを触るのもどうかと思うが。

 そもそも振動音がうるさいので、試験中は実験室に入りたくはない。


「ところでスターレット、何をしているのかな?」


 スターレットは倒れた男達の懐をごそごそと漁っている。


「二度と襲ってこないように、持っているお金を回収しておこうと思って」


 ニヘへっとバツが悪そうに笑う。

 俺は苦笑するしかなかった。

 所持金と襲撃は関係ないし、構っている暇がないって言ったのは何処の誰だ?

 スターレットに諦めてもらい、再びクリオを探し始める。

 だが、クリオは見つからない。

 太陽は地平線の下にお隠れになり、人の顔を判別するのが難しくなって来た。

 俺とスターレットは街中を流れる川にかかった橋の上で諦めムードになっていた。


「まさか、街の外に出ちゃったとか?」


 橋の欄干に手を掛けたスターレットが、川面を見ながらそう言う。


「ここにいるのがばれたから逃げ出したか。そんなに早く旅支度は出来ないから、それはないと思うけどな。それに次の街に明るいうちには到着出来ない」


 あの時間にステラを出ると、次の街に着くまでに日が暮れてしまう。

 クリオのジョブでは野宿は辛いだろう。

 モンスターや盗賊に襲われたらひとたまりもない。

 冷静な判断が出来るのなら、街を出るにしても明日の日が昇ってからだろう。


「明日も探してみようか」


 俺はスターレットの隣に並んで橋の欄干から川面を見た。


「おや?」


「どうしたの?」


「あれ、クリオじゃないかな?」


 川岸でしゃがんで川を眺めている人物はクリオのようだった。

 俺が指をさすと、スターレットもそちらを見る。


「確かに似ているわね。行ってみましょう!」


 二人でその人物のところへと走って向かう。

 近づいたらわかったのだが、やはりクリオだった。


「クリオ、探したよ」


 俺が声をかけると、クリオはびくりとしてこちらに振り向いた。


「アルトか」


「戻ろう。セリカも待っているから」


 たが、クリオは首を横に振った。


「セリカには悪いけど、僕は王都には帰らない。彼女が諦めるまでは、冒険者ギルドの食堂にも行かない」


パン――


 乾いた音が響く。

 スターレットが平手でクリオの頬を叩いたのだ。


「どんな理由があるか知らないけど、女の子が一人で王都からステラまで旅してきたのよ!!どうしてその気持ちがわからないの!私とアルトがたまたま通りがからなければ、今頃何処に売られていたかわからないのに!せめて逃げないできちんと話し合ってよ!!」


 スターレットは感情を抑えきれずに、泣きながらクリオを批判した。

 クリオは叩かれた頬を手で抑えながら、黙ってそれを聞いている。


「クリオ、帰ろうか」


 俺が促すと、クリオは無言で首肯した。

 三人で冒険者ギルドに帰ってきた。

 食堂は打ち上げの冒険者で混んでおり、セリカは応接室の方で、俺達の帰りを待っていた。

 俺、クリオ、セリカ、スターレット、ブレイドの五人で応接室で話し合いが始まった。


「クリオ、まずは当時の状況を教えて欲しい」


 クリオは俺に促され、当時の状況を語り始めた。


「自分で言うのもなんですが、当時の僕は料理長に負けないくらいの料理の腕が有りました。料理人のジョブを与えてくれた神に毎日感謝しながら仕事の腕を磨いていたのです。実力を認められ、後輩の指導を任せられたのですが、その後輩に任せた料理をパーティーに出した所、来賓達にとても不評で、私は主人の顔に泥を塗ってしまったのです。罰こそ無かったのですが、私は自分が許せず職を辞して、気がつけばここにいたって訳です。ジョブは料理人ですから、結局どこかで料理をしないと生きてはいけないのですから、ギルドの食堂で雇ってもらえないかとブレイドに頼み込みました」


 加工技術のある作業者が、後輩の育成を出来る訳ではないというやつだな。

 自分が覚えられるということと、他人に指導できるというのはイコールではない。

 職人集団になると、見て覚えろで終わりだからなあ。

 クリオの場合は教えようとしたけど、それが上手くいかなかっただけマシだが。

 聞いた内容では後輩の力量評価に問題がありそうだな。


「さて、クリオの話を聞いていて、判らなかったことがあるのだが、後輩の力量はどうやって確認したんだ?彼は客に料理を出せるレベルだったのか?」


「焼きは問題なかったから、料理人として十分だろうと思ってスープを任せたんだ。それが失敗だった」


 焼きとスープなんて全く違う工程に思えるが、料理の世界ではそれが普通なのかな?


「それって普通なの?」


「普通はスープスキルを習得してから焼きのスキルを取るんだ。だが、あいつはそうじゃなかった。焼きを習得していたのに、スープは習得していないなんて思いもしなかったよ」


 料理人のジョブにも習得する順番みたいなものがあるのか。

 それが常識ではあるが、必ずしもではない。

 思い込みってやつだな。

 なお、スキルを習得していても、絶対に美味しく出来る訳ではないとのこと。

 その逆もあって、スキルが無くても美味しく料理出来ることもある。

 そうじゃないと、家庭での料理が全部不味くなるからね。

 ゲーム的に説明すると、美味しく作る判定にプラスボーナスが付くってことだ。


 さて、話を戻すか。

 クリオは確かに料理の腕はいいかもしれないが、他人の評価については改善の余地があるな。

 焼きはスープの代用評価とはならない。

 そこを認識させて、力量の評価をすべきだったな。

 どうやって伝わるように言い換えたらよいものやら。


「クリオ、料理人のスキルって何があるのかな?神様からもらうやつじゃなくて、どんな技術が必要っていえばいいのかな?」


「包丁の使い方に、煮る、焼く、蒸す。その他にも出汁の取り方とかあるね」


「じゃあ、それを紙に書き出してみようか」


 俺はクリオに料理人が身に付けるべき技術を書き出させた。


「ブレイド、これで抜けはないかな?」


 クリオからもらった紙をブレイドに確認してもらう。


「そうだな。これで全部だ」


 ブレイドによるチェックも済んだ。

 これが力量評価シートになる。


「よし、クリオ。この紙に書いた項目を四段階で評価していこう。それぞれの得手不得手があるから、それを漏れ無く確認して、適切な仕事をさせればいい。これなら指示を出した人間の力量が把握できるから、前のような失敗もなくなるだろ」


「そうか、これなら大丈夫かも」


 クリオは俺から紙を受けとると、穴が空くんじゃないかという勢いで、自分で書いたスキルの一覧を見ている。


 そして翌日、クリオとセリカは王都に向かって旅立っていった。

 俺はスターレットとブレイドと一緒に、彼らを街の門まで見送りに行った。

 そしてその帰り道である。


「折角腕のいい料理人が見つかったと思っていたら、辞められちまったなあ」


 そうは言いながらも、嬉しそうなブレイド。


「冒険者ギルドの食堂の味が落ちるわね」


 スターレットがニヤニヤとして、ブレイドをからかう。


「今いる連中を鍛えるさ」


 ブレイドは少し真面目な顔で応えた。


「ところで、折角の料理の腕の持ち主がいたもんだから、昨夜のうちに料理の作業標準書を作ってみたんだよね。クリオに教えてもらった通りに料理をしたら、彼の味を再現することが出来たんだ」


「本当か!?」


 ブレイドは俺の両肩を掴んで、ガックンガックンと揺らす。

 脳が揺れてヤバイ。


「今から俺のところで働かないか?」


 食堂のスタッフにならないかと勧誘してくる。

 だが、その手をスターレットが払った。

 そして、俺の体を引き寄せる。


「駄目よ。アルトは私の為に毎日料理を作るんだから」


 初耳ですよ。

 その後は大岡忠相にどちらが本当の母親かを裁いてもらう子供のように、左右の腕を二人に引っ張られながら、クリオとセリカの成功を願って空を眺めた。



用語解説


・振動試験

 JIS規格で定められた試験。指定された振動をかけて、製品が破断しないかを確認する。試験機が稼働するとかなりうるさい。自動車部品メーカーだと、ティア3辺りでも振動試験機を持っている事もあって、比較的メジャーな試験装置です。測定だけにメジャー。

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