第12話 作業観察2

 先程までとはうってかわり、速い足取りで冒険者ギルドへと向かう。

 変化点があるとするなら王都からクリオを探しに来たという彼女が一緒になったことだ。

 名前はセリカ。

 彼女ははやる気持ちを抑えきれず、どうしても早足になってしまう。

 俺達が先導しないと、彼女は冒険者ギルドの場所を知らないのだが、ついつい前に出そうになるので、俺とスターレットも歩く速度が早くなるというわけだ。

 守ろう、法廷速度と設定タクト。


 そんな前のめりになるセリカを見ていると、彼女の草行露宿の結末がハッピーエンドになるといいなと願ってしまう。

 クリオとの関係はわからないけど、これだけ必死なのだ。

 バッドエンドでは救いがないだろ。


 冒険者ギルドに戻ると昼の忙しい時間帯を過ぎたので、食堂に客はいない状態であった。

 いつもの昼の喧騒とはうってかわり、厨房から食器を洗う時に、食器同士がぶつかる音が聞こえてくる。


 三人で厨房の方に顔を出す。

 メガーヌが皿を洗っているのが見える。

 あれ以来ちょい置きによる廃棄食材が、誤って客に提供されたという話しは聞かないので、再発は無いのだろう。

 レイアウトも対策時に決めたものが守られており、ゴミ箱が手の届くところに置かれている。

 対策が定着しているようで何より。


「アルトじゃないか。すまねえな、注文を取りに行かなくて。何を注文するんだ?」


 俺に声をかけてきたのは、この食堂の責任者のブレイドだ。

 大柄な中年の男で、鎧を纏えば熊位は簡単に倒しそうな冒険者と言っても信じてくれる人が多いだろう。

 どうやら彼は俺達が注文を取りに来ないことにしびれを切らして、厨房まで着てしまったと勘違いしているようだ。


「違う、違う。注文じゃないんだ。クリオに用があって来たんだよ。なんでも、王都から一人でクリオに会うために旅をして来たっていう女性がいてね」


 俺は右手を顔の前で左右に振って、注文はブレイドの勘違いだと説明した。


「王都ねえ……」


 顎に手を当てるブレイド。

 何か問題でも?


「あの、クリオはこちらにいるのでしょうか?」


 セリカはたまらず俺とスターレットを押し退けてブレイドに迫った。

 旅の終わりが見えたのだから無理もないか。

 ブレイドもセリカの気迫に気圧される。


 そういえば今まで考えたことも無かったが、気圧されるというくらいだから、その圧力の単位はヘクトパスカルで測定すべきなのだろうか?

 などと、つい余計なことを考えてしまった。

 脱線したな。


「あんたは?」


 ブレイドがセリカに訊ねる。


「クリオを探して王都からからやって来たセリカです。厨房を見てもクリオは居ないのですが、クリオという料理人はここにいるのでしょうか?私、どうしても彼の助けが必要なんです!」


 セリカはブレイドに必死に訴える。

 詳しくは聞かなかったが、余程の事情があるのだろうな。

 ブレイドが困った顔をしていると、裏の倉庫から食材を抱えて男が戻ってきた。

 クリオである。


「クリオ!!」


 それを見たセリカがクリオの名前を叫んだ。

 クリオも自分の名前を呼ばれてこちらを見る。

 そして驚いたような表情を見せた。


「お願い、私と一緒に王都に戻って」


 セリカはクリオに懇願した。

 だが、


「セリカすまない。もう王都に戻るつもりはないんだ」


「どうして!?」


「どうしてだって?君はその理由を知っているだろう。知っててなお僕に戻れって言えるのか!!」


 クリオが強い口調でセリカに大きな声を出した。


「………………」


 セリカは黙ってしまった。

 俺もスターレットもブレイドも、二人のやり取りを息をのんで見守っているだけである。

 色々と訊きたいことがあるが、それは今ではないだろう。

 1サイクル終了するまで、声掛けは禁止である。

 1サイクルが何処までだよって言われると回答に困るが。


 沈黙は永遠に続くような感覚が場を支配していたが、それを打ち破ったのはクリオだった。


「ブレイド」


 彼は唐突にブレイドの名前を呼んだ。


「お、おう……」


 ブレイドは突然呼ばれて驚いた。


「今日は早退させてもらう。こんな気分じゃまともな料理も出来ないから」


 クリオはそう言うと、固まったままの俺達の横をずかずかと歩いて、冒険者ギルドから出ていってしまった。

 しばらくの間が空いて、セリカがワッと泣き出した。

 食堂の椅子に座らせて、スターレットが背中をさすって落ち着かせている。


「これでも飲んで落ち着いてくれ」


 ブレイドが暖めたミルクに蜂蜜をたらした飲み物を人数分持ってきてくれた。

 俺は自分の分を受けとると、それを一口飲んでみた。

 甘すぎるような気もするが、暖かい飲み物は心を落ち着かせる。

 不良を流出させたことで、班長から怒られて泣いているパートさんにも飲ませてあげたい。

 いや、飲むべきは死にそうな顔をしている品質管理の担当者かな?


 セリカもブレイドが持ってきてくれたミルクを飲むと少し落ち着いた。

 客先に提出した対策書が全否定されて、根本からやり直さなければならないことが決定した品質管理担当者の顔から、足りない対策のエビデンスの提出だけで済んだ品質管理担当者の顔くらいには復活した。

 その差は雲泥万里であり、全くの別物だ。

 落ち着いたセリカはやっと言葉を発した。


「私がいけなかったんです。クリオの気持ちも考えないで……」


 それを聞いたブレイドが自分の頭を掻く。


「俺もクリオから詳しいことは訊いてなかったが、雇うときに料理だけやらせて欲しい。人を指導するのは苦手だからって言われたんだよな。それが何か関係あるのか?」


 ブレイドの発言にセリカは首肯した。

 そして、クリオの過去について語り始めた。


「クリオと私は王都にあるさる貴族のお屋敷で働いていました。クリオは若いのにその腕を買われて、将来は料理長になると思われていました。だけど、ある時お屋敷で開催されたパーティーで、彼が指導していた新人が出した料理が大失敗の代物で、来賓達にとても不評だったのです。クリオはその事に責任を感じて職を辞して姿を消してしまいました」


 部下の責任をとって職を辞したのか。

 そんなことしていたら、工場の管理者は一年でみんないなくなるぞ。

 それに、辞職は責任をとる行為ではない。

 ミスをリカバリーして、再発させない為の対策を考えるのが責任というものだ。

 まあ、そのせいでうつ病になったりするので、駄目だと思ったら逃げてもらいたいけど。


「しかし、なんでまた今さらクリオに会いに来たんですか?クリオが冒険者ギルドで働き始めてから、かなり時間が経っているでしょ」


 俺がそう言うと、スターレットがキッと睨んできた。


「アルト、なんて事言うのよ!セリカはクリオの事が好きだから追いかけてきたに決まっているでしょ。じゃなきゃ、王都から一人でステラまで旅をしたりしないわよ!」


 スターレットに大声でそう言われた事で、セリカは顔を赤くして下を向いてしまった。


「クリオに会いたかったのもありますが、それだけじゃないんです……」


 その言葉に俺の胸ぐらを掴んでいたスターレットの手が緩んだ。


「そうだよなあ。クリオと一緒にいたいだけなら、ここで暮らしてもいいんだからな。王都でクリオの腕が必要なんだろう?」


 ブレイドがセリカに訳を話すように促す。

 セリカは話を続けた。


「お父さん、いえ、料理長が腕を怪我してしまい、料理が出来なくなってしまったのです。普段の食事は他の料理人でも問題ないのですが、一ヶ月後にお屋敷で大きなパーティーが開催されることになってしまったのです。今いる料理人では父の代わりが勤まりません。クリオならって父が言っていたのを聞いて、旅の準備を整えて出てきました。クリオがステラにいるっていう噂を聞いていたので、藁にもすがる思いで」


 藁にすがった結果、クリオには会えたというわけか。

 しかし、肝心のクリオの気持ちがなあ。


「ねえ、アルト。なんとかしてあげられないの?」


 スターレットにそう言われるまでもなく、セリカの問題を解決してあげたいのだが。


「料理は俺が料理長に協力してもらいながら、作業標準書を作ればなんとかなるんだけど、それだとセリカの気持ちの問題が解決しないんだよね」


 セリカはコクリと頷くと、口を開いた。


「父はこのパーティーを乗りきることが出来た料理人に私を嫁がせると言ってます」


「それって、アルトが料理を作っちゃったら、セリカはアルトと結婚するってこと?」


 スターレットがセリカの両肩をガシッと掴んで尋問する。

 そう、勢いは尋問だ。

 あとちょっとで拷問だ。


「は、はい」


 セリカは目を白黒させながら、スターレットの質問に答えた。


「駄目よ。アルト、絶対にクリオに料理をさせないと!」


 スターレットの口吻に、その場にいる誰もがそうしなければ、駄目だった時の事を想像して背中に冷たいものが走ったのであった。

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